第168話 魔粒子を取り込むが……(末松雪華視点)
その力は雪華と同じ。魔物を取り込んでその力を使う人造人間のものだった。
「俺はお前のことを知ってるぜぇ。魔物を身体に取り込んで自分の力にするんだよなぁ。俺は人間も食ったがよ、異形種や魔物もたくさん食ってよぉ。奴らの能力も使えるから、お前みたいな玩具は簡単に作れるんだぜぇ」
「むう……」
この男は身体の中で生物を作り出せるというのか?
しかもただの生物ではない。人間と魔物を組み合わせた、自分のような怪物を作り出せるのかと、雪華は魔人の能力に戦慄した。
「さあてよぉ、どっちの人造人間が強いか試そうぜぇ!」
「こいつは厄介じゃ」
3体の人造人間が一斉に襲い掛かって来る。
その攻撃をかわしつつ、3体の人造人間を注視する。
動きの素早さからして、身体能力はこちらと恐らくほぼ同じ。
だとすれば、3対1で勝てるはずはない。勝つには異形種か魔粒子そのものを取り込んで身体を強化するしかないが……。
「がはっ!?」
魔物化した足に蹴られて雪華は地面を転がる。
「おおっとぉ、もう終わりかいぃ? それじゃあ獲物はいただくとするぜぇ」
と、痩せた魔人が上一郎へ近づく。
「ひ、ひいっ……」
「ま、待て。まだ終わってはおらん」
雪華は立ち上がり、痩せた魔人を睨む。
ここに異形種はいない。
ならば肉体を強化するには……。
「むんっ!」
手近な水槽を破壊し、雪華は魔粒子を取り込む。
「ぐ……うっ」
一体どれほどの魔粒子がこの中に貯蔵されていたのか?
水槽ひとつぶんの魔粒子を取り込んだけで、意識を失いそうなほど肉体が魔粒子によって犯される。
「なるほどぉ。その水槽にゃあ魔粒子が入ってんだったかぁ。確かにそうすりゃおめえは今より強くなれるなぁ。けど知ってるぜぇ。魔粒子を取り込み過ぎればてめえは化け物になっちまうんだよなぁ。てめえのその苦しそうな様子からしてよぉ。その水槽ひとつぶんでぎりぎりってとこじゃねえのかぁ?」
「……っ」
ぎりぎり……いや、水槽もうひとつぶんくらいはいけるか。しかしどんなに持ってもそこが間違いなく限界だ、限界を超えればまた魔物の姿になってしまう。
「さーてぇ、続きだぁ。もう少し楽しませろよぉ。クソガキぃ」
3体の人造人間がふたたび襲い掛かって来る。
「ふっ」
「ごっ……!」
「がっ!?」
「ぐっ……」
攻撃を避けると同時に、3体の身体を一瞬で切り裂いて始末する。
身体能力は飛躍的に向上している。これなら……。
「やるじゃねぇかぁ。だけどお楽しみはこれからなんだよなぁ……ごぼっ」
「!?」
痩せた魔人がさらに10体の人造人間を吐き出す。
「……10体1。へへぇ、難易度アップだなぁ」
「くっ……」
10体を始末するのはさすがに辛い。しかしやるしかなかった。
一斉に、なんの迷いも見せずに無表情で攻撃を仕掛けてくる10体の人造人間たち。なんとか攻撃をかわしつつ、反撃の機会を窺うが……。
「はあ……はあ……」
数が多い。避けるだけで精一杯だ。
しかしいつまでも避け続けてはいられない。
「んんぅ……このままじゃ死ぬぜぇ。もうひとつくらい水槽をぶっ壊して、パワーアップをしてみるかぁ? けけけぇ」
「……っ」
この状況から生き延びて勝つにはそれしかない。
あの水槽に入っている分の魔粒子。耐えられるか……。
飛び退った雪華は、その勢いのままに魔粒子の入った水槽を破壊する。そして……。
「ぐうう……っ」
さらに魔粒子を体内に取り込む。
身体の中で膨れ上がる力。これを抑え込まなければまたあの魔物姿になってしまうと、雪華は力を制御して身体が変化しないように耐えた。
「おおぅ、まだ魔物化に耐えるかぁ。しかしそこが限界だなぁ。その様子からして次は絶対に耐えられねぇ。もうひとつ水槽を壊して魔粒子を取り込めば、てめえは確実に魔物になっちまうぜぇ。ひゃひゃひゃひゃひゃっ」
「そ、そうじゃろうな」
間違いない。これ以上はもう耐えられない。
あとほんの少しでも魔粒子を取り込めば、肉体を維持できないという自覚があった。
「だが……これで終わりじゃっ!」
身体から竜の腕を6本生やした雪華は高速で移動し、一瞬で2体の人造人間を真っ二つに切断する。向かって来た残り8体の攻撃をかわし、竜の腕を振り回して鋭い爪で相手を切り刻み、全員を無力化した。
「はあ……はあ……。あとはお前らだけじゃな」
「思ったよりがんばるねぇ」
痩せた魔人は余裕の表情で雪華を見下ろす。
残りの敵は魔人2体。
こちらは疲労しているが、怪我らしい怪我はしていない。ただ、力を抑え込むのが辛過ぎる。少しでも気を抜けば一気に魔物化しそうな状態だった。
早く倒してしまわなければ。
そして魔物化する前に自分自身も……。
(小太郎……)
死を覚悟した自分の頭に小太郎の顔が浮かぶ。
もっとたくさん話したかった。
もっと一緒にいたかった。
明確に死が迫ったこのときにこんなことを思うのは、やはり自分の頭に末松冬華の記憶があるからだろうか? ……いや違う。
雪華の中には、母親である末松冬華ではありえない、小太郎への想いがあった。
「今さらこんな想いに気付いたところで、すべてが遅いのう」
フッと自嘲気味に笑って、雪華は魔人らを見据える。
「ふぅん。そいつぁ、俺たちに勝てるって目だなぁ」
「そのつもりじゃ」
「けっけ、だったら力の違いを見せてやっかぁ。なあ弟ぉ」
「うん。にいちゃん」
太ったほうの魔人が痩せた魔人の隣に並ぶ。
なにをする気か?
不穏なものを感じつつ、雪華は2人の動きに注視した。
「『カニバル・ユニオン』」
「『ハングリー・ユニオン』」
そう言った2人は横へスライドするように近づいていき……
「!?」
グニャリ
まるで粘土のように身体を歪ませた2体の魔人が、グニャリと合わさる。やがてそれは人の形へと形成されていく。
「これは……」
そして現れたのは角を6本持つ筋骨隆々の大柄な魔人であった。




