第166話 人造人間研究施設(末松雪華視点)
分かれ道も雪華は迷うことなく進んで行く。
……最初の部屋を出て5分ほど歩き進んだとき、
「……」
曲がり角の手前で雪華は足を止める。
その隣を工作員の男がゆっくりと進み出る。そして、
「っ!?」
飛び出した男は一瞬で兵士の首を掴んでへし折った。
「ようやく仕事ができたぜ。このままお嬢ちゃんに任せっぱなしじゃ税金ドロボーになっちまうからな」
「国民は人造人間開発になんか税金を使ってほしくはないじゃろうがの」
「それを人造人間のお嬢ちゃんが言うのは皮肉だな。ま、議事堂で議員様の座るイスを新しくするのに使うよりはいいだろ」
ジョークを言って鼻で笑う男へ向かって肩をすくめた雪華は、角を曲がって匂いのする方向へと進む。
……やがて大きな扉の前で歩を止め、じっと睨み上げる。
「ここか?」
「うむ」
雪華の見上げる先には先ほどのエレベーターと同じく、1~9の番号が刻印されたボタンとカードーリーダーがあった。
雪華は頭に生えた耳、尖った鼻で中の様子を探る。
「扉の近くにはいない。入っても大丈夫じゃろう」
「なら、まずは俺の出番だな」
工作員の男がエレベーターのときと同じく機器を使って操作する。
そして扉の鍵が開錠された。
「では行くかの」
「どうぞ。レディーファーストだ。お姫様」
扉をそっと開き、中へと入る。
匂いを感じるほうへと歩いて行き、やがて足を止めて柱へ身を隠す。
「誰かいるな。人数は……見える限りでは3人か」
2人は上一郎と忠次。もうひとりは白衣を着た男だった。
3人は十数個ほど並ぶ円柱型の水槽を前になにかを話している。
会話の内容も気になるが、それよりも雪華は円柱型の水槽が気にかかった。
「なんだありゃあ? まさかここがロシアの水族館ってことはないだろうな?」
「あれは……もしかして」
雪華は視力に特化した異形種の目で円柱型の水槽を凝視する。
……見えたのは水中に漂う無数の粒子。その正体がなにかは考えるまでもない。
「あれは恐らく魔粒子じゃ」
「魔粒子? あの、ダンジョンで魔物を殺すと出てくるってやつか?」
「うむ。しかしまさかあれを採取して保存できる技術があるとはの」
「そんなものがあるってことは、ここはロシアの研究施設ってことか? お嬢ちゃん?」
「じゃろうな」
研究データが渡れば自分のような人造人間がここで大量に生産されるのだろう。
それをさせないためには、なんとしてもあれを奪って破棄しなければならない。
今ここで奪って破棄してしまうか。……しかしあれを破棄されたら上一郎と忠次はどうなる? 用無しとなって殺されるかもしれない。
(そうなったとしても自業自得じゃ)
そう思うも、しかし身体は動かない。あんな連中でも、小太郎にとっては血の繋がった家族だ。それを思うと無慈悲にはなれなかった。
「おいお嬢ちゃん、あいつらなにを話しているんだ? お嬢ちゃんならその長い耳で聞けるだろ」
「ん……うむ」
会話を聞き取るため、頭に生やした長い耳に意識を集中する。
「……これがあればすぐにでも強力な人造人間を作ることができる」
上一郎の声だ。
これとは恐らく水槽に入っている大量の魔粒子のことだろう。
「ええ。あとはこれを活かすことのできる人造人間の作りかたがわかれば……。そちらのアタッシュケースにあるのですね? 例の研究データは?」
「ああ。忠次」
「はい」
アタッシュケースを忠次へ持たせ、上一郎はそれを開く。
中から取り出されたのはフラッシュメモリであった。
「これは渡す。ただし約束は守ってもらうぞ」
「もちろんです。ではさっそくデータを拝見させていただきましょうか」
「わかった」
3人が側にあるコンピューターへ向かおうとしたとき、
「おおっと待ちな」
工作員のひとりは飛び出して行って3人へ銃を向ける。
「な、なんだお前はっ!? どうやってここへ……」」
ダンっ! と、工作員は白衣の男の足元へ銃弾を放つ。
「質問には答えない。そのデータと2人を渡してもらう」
「2人と研究データを? まさか米国の工作員か?」
「想像は自由にしな。2人はデータを持ってこちらへ来い。妙な真似はするなよ。怪我人を運ぶのは面倒だからな」
「と、父さん……」
「しかたない」
研究データの入ったメモリを手に、2人は工作員のほうへ歩いて行く。
……こちらへ来るあの研究データを破棄すればここへ来た目的は終わる。
工作員らには悪いが、あの中に入っているデータを使われるわけにはいかない。
2人が工作員へと近づき、もうすぐ目の前に……。
「ん? あれは……なんじゃ?」
工作員の上空からなにかが落下してくる。
人間? いや、あの形は……まさか。
「避けろっ! 上からなにか来るっ!」
雪華の背後で工作員の男が叫ぶ。
「えっ? な……」
尋常では無いほどに大口を開けて落下してきたそれに、工作員はそのまま飲み込まれてしまう。