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第165話 ロシアの秘密施設へ潜入(末松雪華視点)

 ……2人を乗せた車が発車してしばらく経ったのち、雪華と工作員1名を荷台へ乗せたトラックは出発する。


 上一郎と忠次の2人を乗せた車には発信機が仕掛けられており、それを追って行けばいずれ連中の目的地がわかるとのことだ。


「おいお嬢ちゃん、先に行っておくが俺たちの邪魔はするなよ。あんたが普通の子供じゃないってのはわかってるが、これは俺たちの仕事なんだ。上の命令だからしかたなくお守はしてやるってことを忘れるな」

「わかっておる。こんなに逞しい勇敢なナイトがいるならば、姫の出番など無いじゃろうしのう」

「その通りだ。言うこと聞いておとなしくしてりゃ、あとで飴でも買ってやるぜ」

「それは楽しみじゃのう」


 男の言葉に雪華は肩をすくめて荷台の端へ寄りかかる。


 この連中について来たのは、研究データと2人の奪取に協力するためではない。研究データの破棄が目的だ。


 この世界の末松冬華が生み出した負の遺産。それを秘密裏に手に入れようとするロシアとアメリカがどのような目的で人造人間を利用するかは定かでないが、恐らくは軍事利用であろう。


 自分のような戦うためだけに生まれてくる不幸な人間など作らせてはならない。

 なんとかタイミングを見計らい、研究データを奪って破棄しなければ。


 ……しかしそんなことをすれば、この先ずっとここにいる工作員のような連中から命を狙われるかもしれない。一緒にいれば小太郎にも迷惑がかかる。本当にもう、会えなくなってしまうのでは……。


 そんな不安が頭に浮かぶも、雪華は頭を振って思いを断ち切る。


 所詮、彼にとって自分は母親もどき。

 一緒にいる必要は無い。一緒にいるべきでは無いのだと自分に言い聞かせる。


 しかし小太郎のことは頭から離れてくれない。

 それは末松冬華の記憶が自分の中で大きな存在だからか、それとも……。


 ……出発をしてからどれほどの時間が経っただろうか。

 やがてトラックは止まる。運転役の工作員から伝えられた情報によれば、ここは森の中だそうだが……。


 工作員の男が先に降りて周囲を探る。

 続いて雪華も降り、薄暗い森の中を見回した。


「本当にここでいいのか? なにも無いぞ?」

「発信はここを示している。間違いない」


 運転をしていた工作員の男が周囲を探りながら冷静な声で答える。


 しかしなにも無い。

 あるのは木だけで、人工物は見当たらなかった。


「発信機が見つかって森に捨てられたのかもしれないな」

「おいおい、ロシア野郎は鷹の目か? 最新の超小型発信機だぜ? 特殊なゴーグルが無ければ目視できないくらいのさ」

「だが実際、ここにはなにも無い。発信機が見つかったとしか……」

「いや待つのじゃ」


 雪華は聴覚に優れた異形種の耳を頭部に生やして周囲の音へ集中する。


「こ、こいつ頭から魔物みたいな耳を……。本当に化け物かよ」

「しっ、黙れ。……下からなにか音がする。この下じゃ。なにかあるのかもしれん」

「この下だと? お嬢ちゃん、俺たちはモグラのパーティにご招待されたんじゃねーんだぞ」

「待て。この近くに崖がある。そこから下に降りてみよう。なにかあるかもしれない」

「時間の無駄だと思うがな」

「ここでこうしているほうが無駄だ。行くぞ」


 工作員2人と雪華はその場から歩いて移動し、降りれそうなところを通って崖の下へと向かう。

 やがて降り立った崖下にも森が広がっており、人工物らしきものは見当たらない。


「だから時間の無駄だって言っただろ。しかしどうする? 見失いましたじゃ済まねーぞ。クソっ、おいお嬢ちゃん。お前が余計なことを言うから無駄な時間を食ったじゃねーか。すぐにあの辺を探しておけば今ごろロシア野郎の痕跡くらいは見つかったかもしれねーのによぉ。腹が立つぜ」」

「いい歳をした男がヒステリックに喚くな。少しは冷静に周囲を見れんのか?」

「な、なんだとこのクソガキっ! 俺のどこがヒステリック……」

「あそこ」


 雪華は指を差す。

 その方向には崖があり、下には洞窟が見えた。


「あの洞窟、怪しいのう」

「あそこに連中の車が入って行ったってのか? お嬢ちゃん、よく考えな。車にはタイヤがあるんだ。地面を見ろ。どこにタイヤ痕がある?」

「入り口があそこひとつだという根拠はあるか? 疑うならよい。わしがひとりで行って確認をしてくるのじゃ」

「好きにしろ。上にはクマに食われたとでも報告してやるぜ」


 そんな言葉を背に受けつつ、雪華は洞窟へ向かう。


「おい待て。俺も行こう」


 それを追ってひとりの工作員がついて来る。


「マジかよ。クソっ、俺は反対したからな」


 もうひとりの工作員もしぶしぶとついて来た。


 ……2人は暗視ゴーグル、雪華は目を暗闇に強い異形種のものへと変えて洞窟を進んで行く。


「クマさんのおうちにお邪魔だ。失礼が無いようにな」


 警戒をしながらゆっくりと進んで行き、やがて行き止まりへとたどり着く。


「終点だぜ化け物のお嬢ちゃん。クマさんに会えなくて残念か?」

「まあ待つのじゃ」


 雪華は頭から生えた長い耳を澄ませる。


 ……この下から音がする。

 人工物のような音……。間違いない。この下になにかある。


 這いつくばった雪華は目を見開き、ごつごつとした岩肌へ視線を凝らす。


「いいかげんにしろ。ガキの遊びに付き合うのはもうたくさんだ」

「……む、これは」


 岩肌に不自然な細い溝を見つける。

 巧妙に周囲の岩と同化しており、光を当てても見つけることは難しそうなほどに細い溝だ。その溝を辿ると、直径2メートルほどの円になった。


「なにかあったのか?」

「不自然な溝じゃ。やはりただの洞窟では無さそうじゃ」

「ああ? 溝がなんだってんだ? 溝にロシア野郎が挟まってウオッカでもかっくらってたか? あん?」

「ふむ……これはもしかして」


 雪華はさらに地面を注意深く探る。


「これか」


 縦横数センチほどの四角い溝を見つけて、それを開く。


「なんだそれは?」

「エレベーターの起動スイッチじゃろう」

「エレベーター? おいおいここはデパートじゃないんだぜ?」

「デパートのエレベーターならボタンを押すだけで動かせるんじゃがの。ふむ。どうやら起動にはパスワードとカードキーが必要なようじゃ」


 開いた中には電卓のような0~9の数字が刻印されたボタンと、カードーリーダーがあった。


「そういうのは得意だ。任せろ」


 工作員のひとりが手持ちの鞄から機器の繋がったカードを取り出し、それをカードーリーダーに収めて機器を操作していく。


「……9……6……5……5……7……7……」


 機器のディスプレイに表示された番号を入力していく。


 最悪、地面を破壊して進もうと思ったが、さすがはアメリカの工作員だ。

 これなら穏便に先へ進めそうであった。


「……よし。これでいいはずだ。動かすぞ」

「待て。下のほうでかすかに人の声がする。ガスマスクはあるかの?」

「ガスマスク? あるがどうしてだ?」

「つけておけ。役に立つ」

「いつからお嬢ちゃんが俺たちのリーダーになった? 立場をわきまえろ」

「もちろん、わしはお前らのリーダーではないので命令はしない。これは忠告じゃ。判断は好きにしたらよい」

「生意気なガキだ」

「俺は忠告に従おう。お前はどうする?」

「アメリカは民主主義の国だ。多数決には従うよ。結果がとうあれな」


 2人がガスマスクをつけ、エレベーターの起動スイッチが押される。


 円形な溝に沿って岩肌が下降し、地下へと移動していく。


「このまま地獄まで直通のご招待は勘弁だぜ」


 サプレッサー付きの拳銃を下へ構えて工作員の男は呟く。

 やがてエレベーターは停止し、隙間に光を帯びつつ目の前の扉が開く。


「マ、マジかよ……」


 扉の先に見えたのは白い壁に囲まれた建物内の風景。暗い洞窟の下にこんな建造物があるなど、通常ならば誰も気付かないだろう。


「なんだ貴様らっ!?」


 銃を持った兵士らしき者たちがわらわらと周囲へ群がってくる。


「こいつは……やっぱり地獄へご招待かよ」

「諦めるのはまだ早い」


 そう言った雪華の全身からガスが噴出する。そのガスはまたたく間に部屋中へ広がり、兵士たちはバタバタと倒れていった。


「な、なんだ? おいお嬢ちゃん、お前がなにかしたのか?」

「即効性の睡眠ガスを散布したのじゃ。ガスマスクが無ければお前らも今頃は夢の中じゃ」


 倒れている兵士らを避けて雪華は部屋の出口へと歩いていく。


「ひゅー……やっぱり多数決は正しいな。民主主義万歳だ」


 工作員2人は雪華を追う。


 部屋の外には左右へ伸びる長い廊下があった。

 右を向き、次に左を向いた雪華はふたたび右を向いてそちらへ歩を進める。


「そっちでいいのかお嬢ちゃん? 迷子になってもここにゃ迷子センターなんてないんだぜ?」

「匂いでわかるのじゃ」


 雪華は尖った形に変化した鼻を指差す。


「2人の匂いがこっちからする。間違いない」

「たいしたもんだ。ご主人様に吠えるうちのバカ犬を躾けてほしいね」


 と、歩く雪華に工作員の2人はついて行った。

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