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第163話 100人を超える襲撃者(末松上一郎視点)

「大変ですっ!」


 機内スタッフの女が声を上げてファーストクラスの座席へ駆け込んで来る。


「はて、なにかありましたかな?」


 慌てた声の女とは対照的に、渡会が温和な声で問いかける。


「は、はい。ビジネスクラスとエコノミークラスのお客様がその……末松上一郎様と末松忠次様をお呼びするように騒いでおりまして……」

「な、なんだとっ!?」


 それを聞いて上一郎は叫ぶ。


「ほう。その客は何人ほどで?」

「そ、それが……全員」


 スタッフの女は困惑した表情でそう答える。


 全員? それはなにかの冗談だろうか?


 しかしスタッフがこんな冗談を言うはずはない。


 一体なにが起こっているのか困惑する上一郎だが、渡会のほうは落ち着いた表情を崩さずに平静な様子でスタッフの報告を聞いていた。


「全員ですか。それはそれは。思い切ったことをしてきましたな」

「な、なんだ? なにが起こっているんだ?」

「いやぁ、ははは。どうやら航空会社か空港スタッフに裏切者がいたようですね。お2人がロシアへ向かう日に乗る機体の情報が知られていたようです」

「し、知られていた?」

「あなたがたを恨む者たちにですよ」


 襲撃者がいる可能性は事前に聞いていたが、まさか他の座席すべてを押さえて乗り込んでくるとは。


「裏切者がいたなら飛行機へ乗る前に私たちを止めて警察を呼ぶはずだっ! なぜ奴らはそうしなかったっ!」

「警察を呼んで拘置所へ戻すなんて甘いことを考えていないからでしょう。彼らの目的はあなたがたを殺すことでしょうからね。飛び立ってしまえばもう逃げ場はありません。呼び出しに応じなければこちらへなだれ込んで来るでしょう」

「ど、どうするんだっ!」


 全員なら100人以上はここへなだれ込んで来るんじゃないのか?

 それに対して護衛はこの不気味な2人のみだ。


「大丈夫ですよ。さすがに武器は持ち込めて……いや、空港のスタッフに裏切者がいたならば小さな拳銃やアクセサリー型のスキル付き装備の持ち込みはできているかもしれませんね」

「な、なにを呑気に……」

「どこかから逃げられないのかっ! おいっ!」


 そう忠次が叫んだとき……


 ドゴンっ!


 と、扉を強く叩く音。

 一体どれだけ強い力で叩かれたのか、破壊された扉の破片が通路へと飛び散る。


「うぉーい。末松上一郎と末松忠次はまだかよ? 待ちくたびれてこっちから来てやったぜ」


 見ると、破壊された扉を潜り抜けて巨漢の男が現れた。


「そこにいたのか。へへ。俺個人はあんたらに恨みはねーけど、依頼を受けたんでな。悪いけど死んでもらうぜ」


 あれはハンターだ。拳には筋力強化スキルを使用できるグローブをはめており、扉を破壊できた理由に納得する。


「う、うわぁっ! と、父さんっ!」

「おい渡会っ!」

「大丈夫ですよ」


 微塵も焦りを感じさせない声で答えた渡会が立ち上がり、ポタニャコフ兄弟が座る座席へ目をやる。


「ネイラフ様、ソルベニア様、お食事の時間です」


 渡会がそう言うと、前の座席に座っている痩せたほうの男がぬぅーっと通路へ出て来て、今だ上一郎を見下ろしているソルベニアへ手を伸ばす。


「弟よぉ、飯の時間だぁ。いっぱい食えよぉ。たらふくなぁ」


 その手がソルベニアの吸う葉巻の先端を摘まんで火を消した。


「メシ? 食べていいのかにいちゃん? 俺、いっぱい食べていいのか?」

「ああ。食っていいぞ。飯はあそこだ」


 痩せた男、ネイラフが指差したのは扉を破壊した巨漢のハンター。

 そちらへ目をやったソルベニアが不気味にニィーっと笑う。


「メシ、メシ……やっだーああああああっ!!!」


 咆哮するソルベニアの肌が紫へと変わり、額と左右の肩へ角を生やす。そして肥満体だった身体が急激に引き締まった。


「な、なんだっ!? こいつ……まさか魔人っ!?」


 ソルベニアの変化に臆したのか、巨漢のハンターがあとずさる。


「おいしそーうぅぅ」

「えっ? はっ? なっ……!?」


 大きく口を開けるソルベニア。その口はまるで巨大なワニのように開く。


「こ、このっ!」


 拳を振りかぶって巨漢のハンターが近付き、ソルベニアの頭を殴る。……が、効いていないのかソルベニアは平気な様子でそのまま口を開け続け、


「いただきまーすっ!」

「う、うわああああっ!?」


 巨漢のハンターを丸呑む。

 そして口を閉じたソルベニアの身体の中へ消えていった。


「ど、どうなっているんだこの男の身体は?」

「ソルベニア様は魔人スキル『ハングリー』をお使いになります」

「ハングリー?」

「ソルベニア様は特殊な葉巻を吸うことで空腹を抑えております。葉巻をやめることで飢餓状態となって『ハングリー・グリード』が発動して身体能力が向上します。そして欲望のままに食事を続けるのです」

「食事とは……食人、か?」

「ご覧になられた通りです」


 問う必要などなかった。

 目の前でこの男は人を丸呑みしたのだから……。


「ああ……うまかった」

「な、なんだ?」


 ソルベニアの身体が蠢いて少しでかくなったような気がする。


「『ハングリー・エナジー』。ソルベニア様は食べた人間の身体能力をそのまま自分のものにできるのです」

「つまり人間を食べれば食べるほど無限に強くなっていくということか……」


 化け物だ。

 悍ましい奴だが、しかし味方にいれば心強かった。


「足りない足りない……ああああああっ!」


 喚き出すソルベニア。

 まさかこちらへ襲い掛かって来るんじゃないかと上一郎は警戒するが、


「弟よぉ、あっちに飯はいっぱいあるぜぇ。たらふく食ってこいよぉ」

「ああ、にいちゃん。にいちゃん俺、いっぱい食べてくるよーっ!」


 ドタドタと地面を踏み鳴らして走り出したソルベニアは部屋を出て行く。

 それからすぐに大勢の悲鳴が聞こえた。


「あいつ……向こうの座席にいる人間を食べているのか?」

「はい。ふむ……10分もあれば食べ尽くしてお戻りになるでしょう」


 100人以上はいるだろう人間を10分ほどで食い尽くすというのか?

 にわかには信じられなかった。


「ポ、ポタニャコフ兄弟……って、まさか」


 忠次が引きつった表情で痩せ型の男、ネイラフに目をやる。


「モスクワの食人兄弟、ポタニャコフ兄弟か……?」

「モ、モスクワの食人兄弟?」

「ああ。人間を食べて捕まった兄弟だよ。500人は食べたってことになってるけど、実際に食べた人数は1000人とも2000人とも言われてるとか……」


 そういえばニュースで見たことがあるような気もした。


「な、なんでそんな危険な連中がここに……?」

「それはお2人が知る必要の無いことです」


 視線を向けると、首を振って渡会はそう答えた。


「さて、そろそろソルベニア様がお戻りになりますね」


 まだ悲鳴は聞こえるが、声はだいぶ小さくなったように思う。

 つまり数が減っているということだ。


「客がいなくなったら、ロシアの空港で変に思われるんじゃないか?」

「変に思われたとしても、まさかひとりの人間が食べたとは考えないでしょう。それに向こうの空港スタッフもデュカスの関係者です。どうとでもなりますよ」

「そ、そうか」


 どうなるにせよ、向こうで食人を続けるあれを止めることなどできない。

 なるようにしかならないと、少し投げやりな気持ちであった。


「はあ……。ん?」


 目の前を虫が飛んでいる。

 その虫は少しずつこちらへ近づいてきて……。


「うおっ!?」


 瞬間、ネイラスに突き飛ばされてイスから転げ落ちる。


「な、なにを……」


 するんだ。

 そう叫ぼうと思ったとき、


 ボンっ!


 さっきまでいた場所で小さな爆発が起こった。

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