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第161話 人造人間開発を巡る大国の争い(末松雪華視点)

 掃除を終えた雪華は、テーブルの前でコーヒーを飲みながらテレビを眺める。

 小太郎はいつの間にかベッドの上で横になって寝息を立てていた。


「まったく」


 腹を出して寝ている小太朗の服を直してやり、肩まで毛布をかけてやる。


「いつまで経っても子供じゃな」


 眠る小太郎の頭を撫でながら、雪華はふふと微笑む。


 こうして息子とともに過ごせるのは嬉しい。

 だがやっぱり、この関係が歪であることもわかっていた。


「こんななりで、母親は難しいのう」


 小太郎は自分のことを本当の母親のように扱ってくれる。

 それは嬉しいが、いつまでもこんな歪な関係が続くとは思っていない。こんなチビが母親面して居座るのは、小太郎の負担になっているような気もした。


 所詮は作られた存在。本当の母親にはなれない。本来はここにいるべきではないし、いっそ姿を消したほうが小太郎にとってあるべき状態に戻って良いのでは……?


 雪華としての人生。

 さっきはそんな話と一蹴したが、末松冬華の記憶と決別して普通の子供として生きていくのも選択肢としてはありかもしれない。


「そのほうが小太郎にとって良いのかもしれんのう」


 寂しい思いはあるが、これも所詮は末松冬華の記憶からくる寂しさで、雪華としてのものではないだろう。小太郎を想う心もすべて、頭の中にある末松冬華の記憶で、雪華としてではない。


「小太郎……」


 雪華としては、小太郎……彼をどう思っているのか?

 考えても、末松冬華の記憶が邪魔をして雪華としての想いが見えてこなかった。


「わしは……む、誰じゃ?」


 ベランダに人の気配が。

 開けて出てみると、そこには黒づくめの怪しい男が立っていた。


「何者じゃ?」

「これを」


 白い封筒を差し出されてそれを受け取る。


「ラブレターか? わしもまだまだ捨てたものではないのう」

「……外でお待ちしております」


 そう言い残して男は去って行く。


「無粋な男じゃ」


 ピリピリと封書を開いて中を開く。

 入っていたのは文字がタイプされた紙だった。


「なんじゃ?」


 それをを読み、雪華は次第に表情を険しくする。


「……あの馬鹿者どもめ」


 手紙を読んだ雪華は呟き、ベランダから部屋へ戻ると寝ている小太朗へ目をやる。

 そして近づいて手を伸ばすも、触れる寸前でその手を引く。


「……いや」


 あいつらのことでこれ以上、小太郎の心に負担はかけたくない。

 そう考えた雪華は玄関から外へ出る。


 外には黒塗りの高級外車が停まっており、開かれた後部座席へ雪華は乗り込む。 中には先ほどの男が座席に座っていた。


「さて、お前が何者か聞かせてもらおうかの」

「失礼。私はアメリカ機密情報局に務めるマーティという者です」

「アメリカの機密情報局? ふん。ならばマーティという名は偽名じゃろうな」

「察してくださると助かります」


 男は抑揚の無い声で答える。


「それで、わしになにをさせたいのじゃ?」

「はい。あなたのことは調べさせていただきました。あなたが人造人間であること。そして人造人間開発の第一人者である末松冬華氏の記憶をお持ちなことも」

「かつては第一人者じゃった。今では埃を被っておる」


 とはいえ、雪華としても人造人間開発には携わってきた。

 この分野においては最先端の知識はあると思っている。


「お伝えした通り、日本で保釈された末松上一郎と末松忠次が人造人間開発の研究データとともにロシアへ亡命します。我々は研究データの奪取と、研究データへアクセスするのに必要なパスワードを知る彼らを拉致し、その後アメリカでの人造人間開発をあなたへ託したいと考えております」

「わしみたいな古株を使わんでも、以前にジョー松の研究所で働いていた者を使えばよいとおもうがの」

「ロシアは研究を独占するため、元研究員の大半を自国の研究所に雇い入れています。我々も元研究員を確保するため、接触を試みましたが一歩遅く、すでにロシアへ行ったか、不審死を遂げていました。恐らく雇い入れを拒んだ元研究員はロシアによって始末されたのでしょう」

「なるほどの。ならばわしも殺されるかもしれんのう」

「あなたは実験中に死んだことになっているので、それは無いと思います。あなたの生存を知ることができた点においては我々が勝ったということです」

「ふむ」


 自分の知らないところで、人造人間開発を巡ってとんでもないことが起きていたようだと、雪華は嘆息する。


「わしが人造人間開発への協力を拒んだらどうする?」

「あなたが協力を拒まれても、我々は研究データを元に人造人間を開発します。あなたが関わるか関わらないかは、開発速度の問題でしか無いでしょう」

「……」


 人造人間開発はこの世界の邪悪な研究者である末松冬華が始めたものだ。自分には関係無いと思うものの、記憶がある以上、決着はつけなければとも考えていた。


「いいじゃろう」

「ありがとうございます」

「しかし拉致して役目を終えた上一郎と忠次はどうするつもりじゃ?」

「我々の計画を知ってしまった以上、日本へ送り返すわけにもいきません。隔離された施設で一生を終えてもらうことになるでしょう」

「ふん。わしもそうなるんじゃろうな」

「申し訳ありませんが、近い扱いにはなると思います。しかしそうでなくともあなたの言葉を信じる人間はいないでしょう。あなたは素晴らしい頭脳をお持ちだが、子供の言うことを真に受ける人はいません」

「まったくじゃ。わしもそう思う」


 こうも安易に接触してきて、重要機密をペラペラしゃべるのもそれが理由だろう。大人の姿であったならば、もっと慎重になっていたはずである。


「では研究データの奪取と2人の拉致が完了したのち、ふたたびお迎えに上がりますので……」

「待て。協力するには条件がある」


 むしろこの条件を飲ませるのが、この男と話すためにここへ来た目的のすべてと言っていい。


「その奪取と拉致にわしも連れて行け。それが人造人間開発に協力してやるわしの条件じゃ」

「研究データの奪取と2人の拉致にあなたをですか? 作戦は特殊工作員2名で実行します。失礼ですが、足手まといになるかと」

「ならばこの話は無かったことにしてもらおうかの」

「……随行を希望する理由を伺っても?」

「失敗をされて勤務の予定が無くなっては困るからの。万が一のときのための戦闘要員として手伝ってやろうということじゃ」

「戦闘要員? あなたがですか?」

「そうじゃ」


 訝し気に見てくる男の前で、雪華は自分の腕を魔物の剛腕へ変える。


「わしのことは調べてあるのじゃろう? 能力は健在じゃ。その特殊工作員とやらよりもよっぽどわしは戦えるのじゃ」


 小太郎の吸収により、取り込んだ魔粒子を一時は失って能力も無くなっていたが、もしものことを考えてダンジョンで異形種の吸収をしておいた。

 異形種を取り込めば以前のような怪物になってしまうかもしれない。しかしもしものときに少しでも戦えるようにしておいたほうが、小太郎の負担を減らせると考えて気をつけながら少しずつ力を戻しておいたのだ。


「……わかりました。ではこのまま私とともに来ていただけますか?」

「なんじゃ? 早速、作戦を決行するのかの?」

「いえ、末松上一郎と末松忠次は現在、都内のホテルに滞在していますが、奪取と拉致は彼らがロシアに到着して、現地の人間と接触して以降に行います」

「どういうことじゃ?」


 まだ日本にいて居場所がわかっているならば、そこを狙って作戦を実行したほうがよいだろう。ロシアに到着してからというリスクを負う理由が不明だった。


「末松上一郎と末松忠次の保釈と移送にはある組織が関わっています。移送途中で作戦を決行すれば、その組織に対して敵対行動をとったことになります。我々はその組織と敵対するつもりはありません。なので作戦の決行はその組織が移送の役割を終えた段階で実行されます」

「大国が一組織との敵対を恐れるというのかの?」

「どのように考えていただいても結構です。ただ、その組織との敵対は避けなければならないというのが我々の考えです」

「その組織とは?」

「お答えできません」


 ここまで人造人間開発についてペラペラとしゃべっておきながら、その保釈と移送に関わっている組織の名前は出せないとは。

 それは一体どんな組織なのか? 大国が敵対を恐れる組織の存在は気になるが、しかし今はそれを知ったところで意味は無い。


「では行きましょう。あなたにはこれから作戦の詳細を説明致します。そののち、作戦を行う者らとの合流をしていただきます」

「うむ」


 発車する車の窓から小太郎の部屋を見つめる。


 もうここへは戻って来ないかもしれない。

 だがそれでいい。元々いなかった者がいなくなるだけ。小太郎が失うものはなにも無い。


(これでいいんじゃ)


 家族ごっこは終わり。

 母親もどきのまがい物は消え、すべては元へ戻る。


(さらばじゃ小太郎)


 そう心の中で別れを告げる雪華だが、気持ちとしては後ろ髪を引かれるような思いであり、小太郎のことが頭から離れなかった。

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