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第160話 雪華のこれから

 ……朝、自室のベッドで眠っていると耳に妙な感触があった。


「……うん?」


 なんだろう?


 くすぐったいような、なにやらもにょもにょとした心地良い感触が耳にまとわりついている。


 やや寝惚けていた俺はまどろみながらしばらくその感触に浸っていたが、じょじょに覚醒して耳に触れるものがなんなのか気になり確認した。


「えっ? ゆ、雪華?」


 隣で寝ている雪華が俺の耳をはむはむと甘噛みしていたのだ。

 まだ眠っているらしく寝息を立てながら、俺の耳を甘くかじっていた。


「そういえば……」


 子供のころに母さんが俺の耳を甘噛みし、それがくすぐったくてケラケラと笑っていた幼い自分を思い出す。


「やっぱりこの子の中には母さんがいるんだな」


 ずっとそうは思っている。

 だけどやっぱりこの子は雪華というひとりの人間で、母さんではない。


「はむはむ……小太郎……今度は……ずっと一緒じゃからのう……はむ」

「雪華……」


 俺の母さんとしていつまでもこの子を扱うわけにはいかない。この子には……雪華には、末松冬華ではない人生を歩ませるのが正しいのだ。


 ずっと俺の母さんとして側にいてほしいという気持ちはある。けどそれは俺のわがままだ。すぐにでなくとも、いつかは雪華を末松冬華の記憶から解放してやらなければと以前から考えていた。


「今日ちょっと話してみるか」


 今日は仕事も休みだ。

 朝食を食べたあとにでも、ゆっくり今後のことを雪華に話そうと思った。


 ……


 朝食を終え、話すタイミングを見計らいつつ雪華をチラ見する。


 雪華は完全に俺の母親なつもりでおり、それを喜んでいる風でもある。いつまでも俺の母さんでいてもらうわけにはいかないなんて話をすれば、ひどく傷つけてしまうかもしれない。


 なんと切り出すべきか思いつかず、時間だけが過ぎていく。


 うーん……。


 テレビゲームをやりながら考える。


 雪華は頭が良い。

 どんな風に言っても、俺の意図は理解してくれるはず。


 そう考えた俺が話をしようと思ったとき、


「なんじゃハミコンやっとるのか?」


 背後に掃除機を持った雪華が立っていた。


「えっ? ハ、ハミコン? いやこれハミコンじゃなくて……」

「そんなもんピコピコやっとらんで勉強でもしたらどうじゃ? なんか学校に行きたいんじゃろ? 遊んどってよいのか?」

「いやまあ、そうなんだけど……」


 親に勉強しろなんて言われたのは何十年ぶりだ?

 ……いや、親ではないし、そういう話を今からしようと思っているのだ。


「掃除をするからベッドの上にでも行ってやっとれ」

「掃除はいいよ。昨日やってたじゃん」

「掃除は毎日するんじゃ馬鹿者」


 そう言って雪華は掃除を始める。


 俺はコントローラーを持ってベッドの上へ移動し、テレビのゲーム画面を眺めながら横目で雪華を見る。


「朝からチラチラと見とるが、なにか言いたいことでもあるのかの?」

「あ、いやその……」


 どうやら俺の視線は雪華にバレていたようだ。


「なんじゃ? やっぱり筆おろしを頼みたいのかの? しょうがないのう。掃除が終わったら相手をしてやるのじゃ」

「い、いやそうじゃなくて」


 話がとんでもない方向へいってしまわないうちに、俺は話を切り出すことにした。


「雪華の今後のことを話そうと思って……」

「わしの今後? なんじゃそれ?」


 掃除機の電源を切った雪華がじっと俺を見る。


「うん。雪華が俺の母さんとして一緒にいてくれるのは嬉しいんだけど、君は雪華というひとりの人間でもあるんだ。ずっと俺の母さんでいさせるわけにもいかないだろうと思ってさ」

「なんじゃそんな話か」


 雪華の反応を考え、ずいぶん悩んでから切り出した話だったが、返ってきた言葉は想像よりも軽いものだった。


「わしは好きでこうしてお前の母でいるのじゃ。なにも無理はしておらんし、やめるつもりもない」

「けど……」

「わしのことよりも、自分の心配でもしとれ。無未ちゃんアカネちゃんとは仲直りしたのかの?」

「えっ? あ、まあ無未ちゃんとはしたけど……」

「そうか。アカネちゃんとも仲直りできるとよいのう」

「うん。けど謝って済む話じゃないから難しくて……って、いや、俺の話はよくてさ、雪華のこと……」

「わしの話は終わりじゃ」


 そう言い放って雪華は掃除を再開する。


 雪華自身にこう言われては、話を続けるのは難しい。

 だがかしこい子だ。俺が言わなくても自分のことはしっかり考えているのだろう。


 もしも雪華が今後どうしたいかを言ってきたら、俺はそれに応えることにすればいい。


 そう考え、俺は今後を雪華自身へ任せることにした。


「ゲームはもういっか」


 コントローラーをベッドへ置いて、俺はリモコンでテレビの画面を映す。

 テレビではニュースがやっており、話題はジョー松のことであった。


「……」


 あれからそれほどは経っていない。

 雪華の考えに依れば、この世界は本来の世界が変異してしまったもので、人々は以前の記憶を封じられている状態らしい。つまりあの邪悪な父さんと兄さんの中には、俺の知っている2人もいるということだ。


「父さんと兄さん、これからどうなるんだろう?」

「……2人が心配なのかの? 連中はお前を殺そうともしたのに」

「うん。けど、あの中にはやさしい父さんと兄さんもいるはずなんだろ? それを知ったら、やっぱり心配になって……」

「すまんの。余計な話をしたかもしれん」

「いや、雪華の話は聞くべき大切なものだったよ。ごめん。俺が変なこと言ったな。忘れてくれ。もう考えないようにするから」


 そうだ。考えてもしかたがない。

 ……そう自分に言い聞かせるも、やはり父さんと兄さんのことは気掛かりで、2人のことを思うとどうしても気持ちが落ち込んでしまうのだった。

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