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第157話 花森を始末してその後(鹿田無未視点)

 足首を負傷して立てない無未は、車椅子に乗って自宅の窓から外を眺めていた。


 花森を始末したのち、白い空間は消滅して元いたレストランへと戻った。それから救急車を呼んでもらい、足首の治療を終えて現在に至るわけだ。


「和恵……」


 親友を自殺に追い込んだクズは始末した。

 しかし親友を救えなかった後悔は残る。


 様子がおかしかった理由をもっと深く考えていれば。

 自分を襲って来た連中から黒幕を聞き出しておけば。

 屋上へ呼び出されたとき、もっと早く行っていれば。


 あの日、あのとき、ああしていれば。


 いくつもの後悔が頭に浮かび、気持ちは落ち込んだ。


「あのとき和恵がわたしを屋上へ呼び出した理由って……」


 飛び降りる前に一瞬だけ振り返って見せた悲しそうな表情。

 なにかを言いたそうであったその顔を思い出す。


 自分がされたことを話したかったのか。

 花森を殺してほしいと、そう頼みたかったのか。それとも……。


「自殺を……止めてもらいたかったのかも」


 確かなことはわからない。

 けどなんとなく、そんな気がした。


 ――ピンポーン


 と、そのとき訪問者を知らせる音が聞こえた。


 無未は車椅子で移動して、カメラ付きインターホンで応答をする。


「あっ」


 インターホンのカメラに映っていたのは小太郎だ。連絡しようか迷ったが、やはり魔人のことは黙っているわけにはいかないと、つい先ほど電話をしたのだが。


 玄関へ向かった無未は扉を開く。

 そこには心配そうに表情を焦らせた小太郎の姿があった。


「な、無未ちゃんっ。えっ? 車椅子? って、もしかして怪我してるの?」

「あ、う、うん。両の足首をやられちゃって……」

「ちょっとごめん」


 その場で屈んだ小太郎は、包帯で巻かれた無未の足首に手をかざす。


「……うん。もう大丈夫。治したから立てるよ」

「あ、ありがとう小太郎おにいちゃん」


 車椅子から立ち上がるも痛みはまったく無い。受けた怪我は完全に治っていた。


「あ、それで魔人に襲われたって……」

「うん。と、とりあえず入って」


 小太郎を居間へ案内して座ってもらう。

 お茶を用意し、それから無未は向かいのイスへと腰掛ける。


「仕事中みたいだったけど大丈夫? なんかすごい早く来てくれたけど」

「うん。仕事はきりの良いところで終わらせて転移ゲートで急いで来たんだ。魔人に襲われたって聞いて、もしかして怪我をしてるんじゃないかって心配になって」

「う、うん。ありがとう。そんなに心配してくれて」

「当然だよ。本当、無事でよかったけど、どうして魔人が無未ちゃんを……」

「それは……ちょっと事情があって……」


 数日前、花森こと椿遊杏に会い、のちに魔人化した彼女と戦って始末したことを話す。

 この話をするということは、花森に小太郎の誘惑を頼んだことも話さなければならない。連絡を躊躇ったのはこれが理由だ。


 嫌われてしまったかもしれない。


 話を終えた無未は、聞いた小太郎がどんな反応をするのかが怖くてずっと俯いていた。


「無未ちゃん……」


 小太郎に名を呼ばれる。


 はたしてどんな罵りを受けるのか? 絶縁を言い渡されてしまうのではないか?


 怖くてしかたないが、すべては自分で蒔いた種。なにを言われても受け入れるしか……。


「ごめん」


 しかし小太郎から発せられたのは予想外の言葉であった。


「無未ちゃんがそこまで俺のことで辛い思いをしていたなんて知らなくて……。本当にごめん」

「えっ? いやその……」


 まさか謝罪をされるとは思っていなかった無未は、戸惑ってしまう。


「わ、悪いのはわたしだから。小太郎おにいちゃんを花森に誘惑させて、フラれたところをわたしが……なんて、本当にどうかしてた。小太郎おにいちゃんはそんなに軽い男の人じゃないって、考えればわかることだったのに」

「いや、悪いのはぜんぶ俺だよ。無未ちゃんや、アカネちゃんをすごく傷つけている。けど、どっちもすごく大切な女性で……どうしたらいいかわからない。本当にどうしようも男で、我ながら呆れ果てるというか……」

「小太郎おにいちゃん……」


 すごく真剣に悩んでくれている。

 自分やあの子のことを本気で想ってくれる小太郎を前に、花森を使って騙そうとしていた己がひどくみっともなく、恥ずかしい存在に思えてならなかった。


「本当のことを言うと、あのとき雪華から電話がかかってこなかったら、俺はアカネちゃんとキスをしていた。たぶん、そのまま男女の関係になっていたと思う」

「……」

「そうなったら、もう無未ちゃんの想いに答えることはできない。結局、アカネちゃんとは男女の関係にはならなかったけど、俺……その」

「わかってる」

「えっ?」


 言いかけた小太郎の言葉を無未は遮る。


「小太郎おにいちゃんは、わたしよりもあの子のことを強く想ってる。そうでしょ?」

「そ、それは……」

「悔しいけど、あの子……アカネちゃんはわたしよりも小太郎おにいちゃんのことをよく理解してるし、強く想ってる。わたしの負けだね。でもそれは今だけ」

「えっ? 今だけって……?」

「すぐにあの子よりも小太郎おにいちゃんのことを理解する。強く想う。だから待ってて。わたし、すぐにあの子のことを追い抜くから」

「無未ちゃん……」

「雪華ちゃんが電話してくれてラッキーだった。おかげで小太郎おにいちゃんとあの子が男女の関係にならずに済んで、わたしが追い抜くチャンスができたもんね」


 大袈裟に言えばこれは奇跡だ。

 まだまだ自分にもチャンスはあると、前向きに考えた。


「ごめんね。もう少し小太郎おにいちゃんを悩ませることになっちゃいそう」

「いや、俺なんかをそこまで想ってくれてくれて嬉しいよ」


 そう言って微笑みを見せる小太郎おにいちゃん。


 ……きっと小太郎の中で答えは決まっている。

 それでもわずかに望みがあるのならば、足掻いてみたいと無未は思う。

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