第155話 邪悪な怪物、椿遊杏(鹿田無未視点)
姿が見えなければ狙いようも無い。
このまま近づき、奴の首を……。
「があっ!?」
足首に激しい痛み。
なにかに貫かれたような痛みだった。
ここは異次元空間のようなものだ。
攻撃を当てられるはずは……。
「がはっ!」
反対の足首にも同じ痛み。
この空間では黒い手を出して守ることができない。
しかたなく無未は姿を現す。
「けはは、出てきた。かくれんぼしたって無駄だよ」
「な、なにをした?」
「わたしはなにも。やったのは優秀なマネージャー」
「マ、マネージャー……?」
背後から気配。
振り向くと、そこには花森と同じく身体に角を3本生やした男の魔人が立っており、冷たい目でこちらを見下ろして人差し指を向けてきていた。
「逃げるのは無駄。その人の魔人スキル『レーザー』からは逃げられないよ」
「レーザー……」
恐らく、あの指から発射されたそれがレーザーなのだろう。
しかし異次元空間で被弾した理由が不明だ。
「あなたの能力を詳細には知りません。しかし私の『レーザー・スナイパー』はどこへ隠れても必ず思い通りの場所へ当てることができます。彼女の言った通り、逃げるのは不可能です」
「そう言うこと」
「くっ、だったらっ!」
男のほうを黒い手が襲う。
「無駄です」
男の五指から射出されたレーザーが周囲を囲んで男を守り、黒い手の攻撃は無効化されてしまう。
「『レーザー・シールド』。この程度の攻撃は通りません」
「ぐ、うう……」
攻撃は通じない。
そして両足首を貫かれて動くことはできない。
絶体絶命。
ここからどうやれば勝てるのか無未には考えられなかった。
……いや、ひとつだけ可能性はある。
少し前から身体に感じる強い力。あれを使えばもしかしたら……。
しかし未知の力だ。使えば自分がどうなってしまうかわからない。
それを考えると、力を使うことに躊躇してしまう。
「けけけ、わかった? 圧倒的な差ってやつが」
「うう……」
「もう心折れちゃったよね? だったらわたしの言う通り動いてくれる? 言うことを聞いてくれないなら、死なない程度に苦しめてあげるけど? この『ボイド・ボックス』には拷問道具もいーっぱいあるからねぇ、けけけ」
「くっ」
こいつらは邪悪な魔人だ。
きっと想像もできないような拷問を自分に施すだろう。だが、言うことを聞くわけにはいかない。それだけは絶対に。
「それ、自分はどうなってもいいって目だ。そう。そんなにあの男が大切なんだ。ふふん。だったらあの男をお前の前で殺してやろうかな。あのときみたいに」
「あ、あのとき?」
「けけ、二見和恵。あいつを自殺に追い込んだのはわたしだよ」
「なっ……」
こいつ今なんて言った?
和恵を……自殺に追い込んだ、と?
「けはは、わあ、すっごい驚いてる。その顔が演技だったらタレントのわたしより俳優向きかもね、けははっ」
「お、お前……今言ったことはどういう意味だっ!」
「聞きたい? いいよ。教えてあ・げ・る」
両足首を撃たれて立てない無未の額を指で突き、それから花森は輝くような作り笑いを見せる。
「けけ、実は和恵ちゃんねぇ、すごくエッチだったの」
「エ……なに……?」
「親友の無未ちゃんは知らないよねぇ。大の親友が男とヤリまくってる下半身ガバガバの淫乱だったなんてぇ」
「お前、なにを言ってる?」
「けはは、わたしね、和恵ちゃんに気持ち良いことを知ってもらおうとしたの。だからね、学校の男子とかホームレスのおじさんにお金を渡して和恵ちゃんに気持ち良いことしてあげてって頼んだの」
「なっ……」
「最初はすごい抵抗して嫌がってたけどぉ、だんだん慣れてきたのかなぁ。色っぽい声を上げるようになってねぇ。すごく気持ち良さそうだったぁ。男の人たちも楽しそうでぇ、あーわたし良いことしたなぁって……けけ」
「貴様っ!」
こいつが和恵をっ!
頭に血が上った無未は黒い手で花森を攻撃しようとする。……が、
「がっ!?」
額に激痛。
滴る血が目に入り前が見えなくなる。
「『ボイド・タッチ』。触れた部分に虚空を発生させる。さっきあんたの額に触れたよね? そこへパチンコ玉くらいの虚空を発生させたの」
「こ、この……っ」
「話はまだ途中。最後まで聞きたいでしょ?」
もう聞きたくはない。
これ以上聞けば、怒りでどうにかなりそうだった。
この女への怒りは当然ある。しかし気付いてあげられなかった自分にも腹が立つ。和恵は明らかに様子がおかしかった。気付くことはできたはずなのに……。
「和恵ちゃんねぇ、気持ち良くて楽しいことをしているはずなのに、いつも死にたい死にたいって言ってたの。変だよね? 楽しいことしてるのに」
楽しそうに話す花森。
魔人の姿になっても元は人間。しかしこの醜悪な女が血の通った人間とは、無未には思えなかった。
「けど死にたいならそれもいいかなって、望みを叶えてあげることにしたの」
「これ以上、一体なにを……」
「和恵ちゃんが楽しんでる動画をネットにバラまいたって言ったの。そしたら和恵ちゃん真っ青になっちゃってぇ……けはは。あとは知っての通り」
「貴様……っ」
「あー安心して。実際はネットにバラまいてないから。本当にバラまいたら上級探索者の無未ちゃんにバレて殺されるかもしれないもんねー。怖い怖いぃ」
実際、知っていれば殺していたかもしれない。
いやきっと殺していた。こんな奴が生きていていいはずはない。
「けどよかった。死ぬ寸前に二見があんたを呼び出したって先公が話してるのを聞いて、もしかして全部バラしたんじゃないかってハラハラしたよ。言い訳もいくつか考えてたんだけど、なにもなかったし、あんたも落ち込むだけでなにも言ってこなかった。それを見て、ああ、二見の奴なにも言わずにくたばってくれたんだなって安心したよ。けはははっ!」
「ど……」
「あーん?」
「どうして和恵を? お前が和恵にどんな恨みを持ってたって言うんだ?」
「恨み? ないよそんなの」
「ならどうしてだっ!」
和恵は明るくて人当たりも良く、すごくやさしい良い子だった。そんな和恵をどうしてこの女は……。
「理由は単純。あんたの親友だから」
「な……に?」
「知ってた? わたしね、あんたのこと大大大だーいっ嫌いだったの。ブスのくせに乳がわたしよりでかいだけで男子の人気が圧倒的でさ。あんたがいたせいでわたしはずっと2番だったの? わかるこの屈辱? 最高にかわいくて美しいわたしがブスの下にいた屈辱がさっ!」
「だったらわたしを狙えばよかったっ! どうして和恵がっ!」
「あんた強過ぎるんだよ。なんども男に襲わせたけど、触れることさえできずにみんなやられちゃうんだもの」
そういえば何度か襲撃を受けたことはあった。
あれはこいつの差し金だったのか。
「だから親友の二見を代わりにやってやったの。楽しかったぁ。日に日に男の経験人数を増やしていく二見が、必死にそれを隠して明るく振舞ってるのに、あんたはなにも知らずにニコニコ話してる。それを見てたらもう吹き出しそうになってあぶなかったよ」
「は、花森……」
「二見が死んだときはあんたも死んだような顔しててさ、あれはあぶなかった。マジ吹き出しそうになって、帰ってから爆笑しちゃったもん。あ、今も同じような顔してるかも。けはははははっ!」
……瞬間、無未の中でなにかが切れた。
身体のどこかからものすごい力が湧き上がってくるのを感じる。
少し前から感じていた自分のものではないような強い力。正体がわからず、全開にするのは危険と考え、できる限りセーブをしていたが……。
「けははははっ! ねえその顔もっと見せてよ。あ、二見がどんな風にヤラれてたか見せてあげようか? スマホに動画があるからさー。けけ、いつかあんたに見せてあげようと大事にとっておいたんだー。見せてあげるよー。パパとかママとか叫んでんの。超笑えるからさー。けははははっ!」
もう抑える必要は無い。
どうにでもなれ。そしてなにがあろうと……こいつだけはぶち殺す。
そう思った瞬間、すべてが黒に包まれた。




