第154話 魔人スキル『ボイド』の脅威(鹿田無未視点)
花森が指定してきた日に件の高級レストランへ赴く。
ウエイターに伝えると、8畳ほどの部屋にテーブルとイス2つだけが置かれた個室へと案内された。
「……なーんで鹿田さんが来るかな? わたしは白面を呼び出せって言ったはずなんだけど?」
「それは断るって言った。わたしが来たのはあのときに電話で言った言葉が気になったから」
「ふん」
不機嫌そうに鼻を鳴らし、花森はワインを呷る。
「言葉通りの意味だけど?」
「白面を殺すと?」
「首が落ちて死なない人間がいるなら違うかもね」
「なぜ?」
なぜ花森が白面の命を狙うのか?
理由には見当もつかなかった。
「知りたい?」
「だから聞いているの」
「そう。ふふ、ふ」
花森は不気味に笑い、そしてこちらを睨む。
「けど、それを知ったらお前はもうわたしに逆らえなくなるよ。生涯、わたしに怯えて生きることになる」
「意味がわからない」
「教えてあげるよ。けけ、けけけっ!」
「っ!?」
花森の姿が変わっていく。
額に角が。そして両肩に1本ずつ角が生え伸び、肌は紫へと変色する。
「お前っ! まじ……はっ!?」
なんだ?
一瞬にして周囲の景色が変わる。
なにも無い。真っ白な空間。テーブルもイスも消え、白一色のなにも無い場所だった。
「どこ……ここ?」
「ここはわたしが虚空に作り出した空間だよ」
「花森っ!」
目の前には魔人化した花森が立っていた。
「魔人だったのかっ!」
「ご覧の通り。けけ、ビビった?」
「くっ……」
地面から伸びた黒い手が花森を襲う。
「無駄だよ」
「なっ!?」
そこに花森の姿は無い。
振り返ると、そこには笑顔の花森が立っていた。
「いつの間に……?」
移動したようには見えなかったが……。
「魔人スキル『ボイド』。わたしは虚空を自在に操れる。今のは虚空と虚空を繋げて移動をしたの」
「虚空と……虚空を」
つまりは瞬間移動が可能ということか。
「こういうことも」
「え、がはっ!?」
不意に腹部へ丸いなにかが抉り込んだ感覚。
その衝撃に無未は数歩うしろへ退く。
「今のは虚空を丸い球にして放って当てたんだよ。ふふ、形が鋭利なら子供の産めない身体になってたかもねぇ」
「このっ……」
周囲に黒い手を生えさせて防御態勢を取る。
「まあ待ちなよ。あんたを殺す気は無い。ただ言うことを聞いてほしいだけ」
「……っ」
「相変わらず怖い顔。けど、いつまでそんな顔ができるかな?」
余裕の表情で花森が笑う。
この場の強者は自分。そう確信している顔だった。
「白面をわたしの前に呼び出せ。殺されたくなければね」
「どうして白面を……?」
「ああ、教えてやるって言ったっけ。いいよ。まず、あいつはわたしが呼んでも来なかった。超人気グラビアアイドルが誘ってるのに来ないとか、あいつインポかなんかじゃないの? けひゃひゃひゃひゃっ」
「このっ!」
小太郎を笑われたことで無未の心に怒りが湧く。
「まあ待ちなって。話は途中だよ。直接、わたしが会いに行ってもいいんだけど、なんだか嫌われたみたいでね。収録後に話し掛けようとしても逃げられるんだ」
「……」
花森がどんなに誘惑してもなびかない。
小太郎はやはり、あの子が言った通りの……。
「だからあんたを使うんだ。個室に入れちゃえば目的は達せられるからね」
「お前が魔人でも、白面を殺せるとは思わない」
「けけ、殺すのはあとさ。肉体的にはね」
「どういうことだ?」
「まず社会的に殺す。超人気グラビアアイドルへの性犯罪という形でね」
「なっ……」
この女っ!
そんなことに自分を協力させようとしていることにますます怒りが湧く。しかし、
「……なぜ? なぜそんなことをしようとする?」
この女が白面を社会的に殺したい理由がまだ不明だった。
「白面の人気を気に入らない奴がいてね。そのためだよ。面倒くさいけど、殺すのはそのあと」
「殺すのもその白面が気に入らない奴の命令か?」
「それは少し違うかも。まあ似たようなもんかな」
「……まあいい。なんにしてもそんなことは許さない」
「許さない? けけけ……それってもしかして、わたしをここで殺すということかなぁ?」
花森の目がカッと見開かれる。
今までは微かにあった人間の雰囲気は消え、魔人の悍ましい気配を放つ。
「けけけ、まだわたしの恐ろしさ、圧倒的な力の差に気付いていないようだね。いいよ。少しわからせてあげる」」
花森の右手が虚空へと沈み込む。
そしてふたたび現れたとき、その手には拳銃が握られていた。
「『ボイド・ボックス』。わたしはどんなものでも無限に虚空へとしまい込むことができる」
「だが、そんなものでわたしは殺せない」
「けっけっけ。だろうね」
そして拳銃の引き金が引かれる。
「っ!?」
花森の意図に気付いた無未は背後を黒い手で防御する。
瞬間、その黒い手に弾丸が着弾した。
「よく気付いたね。そう。弾丸も虚空から虚空へ移動できる。どこから来るかわからない弾丸を避け続けることはできるかな?」
「避ける必要など無い」
そう言って無未は身体を黒い手で覆わせて姿を消した。




