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第149話 かつての同級生、花森優愛(鹿田無未視点)

 イギリスから帰って来て、幾日か経つ。

 無未は虚空を見つめながら、街中をぼーっと歩いていた。


 頭にある事柄はひとつだけ。小太郎のことだけだった。


 どうして?


 なぜ小太郎は他の女……あんな小娘にたぶらかされてしまうのか?

 自分のほうが絶対に魅力的で、小太郎に相応しい女性なのに。


「どうして?」


 小さく呟くも、疑問に答える声は無い。


 あの子のほうが若いから?

 ……違う。そんな理由じゃない。もっと別のなにか。自分には無いなにかを、あの子は持っているのだと思う。


 それがなんなのか? 考えても答えは出なかった。


 しかしそれがなんであれ、小太郎を渡す気は無い。

 どんな手を使ってでも、小太郎を自分のものに……。


「――あれ? もしかして鹿田さんじゃない?」

「えっ?」


 不意に声をかけられてそちらへ振り向く。

 そこにいたのは自分と同じくらいの年齢だろう、サングラスをかけた女性だった。


「えっと……すいません。どちら様ですか?」

「あーやっぱ覚えてないかー。中学のとき同じクラスだったんだけど」

「中学……」


 女の顔をじっと見る。

 見覚えがあるような無いような、はっきりとは思い出せない。


花森優愛はなもりゆあ。ぜんぜん覚えてない?」

「ああ……うーん、ぼんやりと」


 そんな名前のクラスメイトがいたかもしれない。

 しかし少なくとも親しくはなかったと思う。


 中学時代に親しかった友人は何人かいた。そして特に仲が良かった親友がひとり。だがその親友はもういない。


「懐かしー。確か鹿田さんって、探索者やってるんだよね? 漆黒の女王様って、なんかすごい強いって有名な」

「まあ……」


 暗い返事を返す。


 今は誰かと楽しく話したい気分じゃない。

 ただ、せっかく話しかけてくれたのに無下にするのも悪いと思って、最低限の相槌だけは打った。


「なんか元気ないね? なんかあった?」

「ちょっとね」

「当てようか。男がらみだ」

「……」


 なぜわかったのか?

 ズバリであった。


「図星でしょ。二十歳過ぎた女の悩みなんて仕事か男がだいたいだからね。確率50%。さらに当てると、その男はあの白面だ。アカツキに白面が取られそうで悩んでるって感じかなー」

「ちょっと……」


 言い当てられ過ぎて不愉快だ。


 黙らせようと花森を睨む。


「ごめんごめん、そんな怖い顔しないでよ。動画とか見てたからさ。鹿田さんが白面のこと好きだって知ってたの。ねえ、ちょっとお茶でも飲んで行かない? せっかくだしさ」

「ごめんなさい。そんな気分じゃなくて……」

「もしかしたら鹿田さんの悩みを解決してあげられるかもよ?」

「えっ?」

「こんなところフラフラ歩いてるくらいだし、暇なんでしょ? 話を聞くだけでも損は無いと思うけど?」

「……」


 もしも小太郎を自分だけのものにできるヒントでも得られるなら。

 そんな気持ちで、無未は花森に付き合うことにした。


 近くの喫茶店へ入り、無未はコーヒーを飲む。

 花森はオレンジジュースを飲んでいた。


「黒き女王だからやっぱりコーヒー好きなの?」

「そういうわけじゃ……というか、その黒き女王って呼ぶのやめてよ。今はプライベートだから」

「ああ、そうだね。ごめん」


 ニッと笑いながら謝って花森はオレンジジュースを飲む。


「それにしても懐かしいなー。クラス一緒だったのは中二のときだから12、3年ぶりくらい? まああんまり話した記憶無いけどさ。ほら、鹿田さんって美人で男子に人気あったからすごいよく覚えてるんだよね」

「そうだったかな? 男子から好きとか言われたことないし、勘違いじゃない?」

「鹿田さん、目つきが怖いから告白できなかったんだよ。あのときから探索者やっててむちゃくちゃ強かったしさ」


 そうかもしれない。

 しかし好きだと告白されても、付き合ったりはしなかっただろうけど。


「そういえばさ、二見さんのことって覚えてる?」

「……っ」


 二見和恵にみかずえ

 その名を忘れたことは無い。


「いや、覚えてるよね。鹿田さん、二見さんと仲良かったし」


 二見和恵は中学時代、特に仲が良かった親友だ。


 和恵とは卒業してもずっと友達。

 そう思っていた……。


「どうして二見さん、あんなことしたんだろうね?」

「……」


 あの日、呼び出されて校舎の屋上に行くと、端に立っていた和恵が一瞬だけこちらを振り返り、泣き顔を見せてそのまま飛び降りた。


 様子がおかしいのは知っていた。何度も理由を聞いたが和恵はなにも教えてくれず、あの日に呼び出されて目の前で突然……。


 なぜ自殺なんか? あのときなぜ自分を呼び出したのか?


 あの日からずっと疑問に思っており、心のしこりとなっていた。


「鹿田さん、仲良かったし、もしかしてなにか理由を聞いてるんじゃ……」

「知らないよ。なんで和恵がなんて……」

「そっか。親友の鹿田さんにも言えないような事情があったんだね」

「……なんでそんな話を?」

「気を悪くしたならごめん。ずっと気になっててさ。鹿田さんなら理由を知ってるかなと思って」

「……」

「っと、じゃあ本題に入ろうか」


 飲み終えたオレンジジュースのグラスを横へずらして、花森はテーブルの上で腕を組む。


「実はあたしさ、グラビアアイドルやってんの」

「へー」


 ぜんぜん興味は無い。

 そのことと本題になんの関係があるのだろうか?


「ははっ、ぜんぜん興味無いって感じ。じゃあ椿遊杏つばきゆあんって知ってる? 超人気タレントで女優もやってるグラビアアイドルの」

「知らない」


 テレビはまったく見ないし、グラビアアイドルになど微塵も興味が無いので知るはずがなかった。


「それがあたしなの」


 サングラスをはずす花森。

 しかし無未はなんとも思わない。椿遊杏など知らないから、花森がその人物でもそれがなんだという心地であった。


「反応薄いなー。ちょっと傷つくかも。まあいいけど」

「それで、そのことが本題となんの関係があるの?」

「ああ、実はさ。今度、番組で白面、アカツキと共演することになってさ。いや、まだ出演の承諾は得てないんだけど、プロデューサーは絶対に承諾を得るからってすごい息巻いてんの」

「そう」


 今や白面とアカツキは有名人だ。

 テレビ出演の話くらいはあるだろう。


 しかしそのことと、自分の悩みを解消することになんの関係があるのか? まだ話が見えてこなかった。


「その番組でさ、白面をあたしが誘惑してあげる」

「は?」


 なにを言ってるんだこの女?

 まさかこの女も小太郎おにいちゃんのことを……っ。


「ああ、勘違いしないで。あたしは白面に興味無いから」

「じゃあ……」

「あたしが白面を誘惑してさ、アカツキと仲違いさせてあげる。そのあとにあたしが白面をフッて、鹿田さんが慰めて付き合えばいいでしょ」

「そ、そんなこと……」

「うまくいくって。あたし超人気グラビアアイドルだよ? 落とせない男なんてこの世に存在しないし」


 ……確かに花森のビジュアルは小太郎好みだ。

 彼女が本気で迫ればもしかしたら。


「じゃあ決まりね。うまくいったら連絡するから電話番号を教えて」

「ちょ、ちょっと。なんでそんなことしてくれるの? わたしたち別に仲良くなかったし、さっき再会したばかりなのに……」

「黒き女王に貸しを作って置けば、いつか役に立つときがくるかもしれないでしょ? それとも悩んでる同級生を助けたいとでも言ったほうが美しいかな?」

「……」


 自分に貸しを。

 それは納得できる理由だ。ブラック級への依頼は内容によって数千万、数億になることもある。その依頼が1回でも無料になることを花森が望んでいるとしたら、理解はできた。


 花森の提案はひどく下衆なものだ。うまくいったとしても、それは小太郎を騙し、傷つけることになる。

 こんなことしてはいけない。しかしこのままだと恐らく小太郎はあの小娘に取られてしまうかもしれない。だったら……。


「……わかった」


 どんな手を使ってでも。


 悪いことだとわかりつつも無未は花森の提案に乗り、電話番号を教えるのだった。

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