第144話 メルモダーガの焦り(メルモダーガ視点)
――ジェイニーとミレーラが殺された。
その衝撃にメルモダーガは驚き、そして怒りを露わにした。
「クソっ!」
異空間にある教会の円卓でメルモダーガは声を荒げ叫ぶ。
その叫びにドルアンは反応を見せず、智は卑しい表情でニヤついており、そのうしろに立っている夢音は少し驚いたような顔を見せていた。
動画が配信されたせいで社会に魔人の正体が人間であることを知られ、デュカスは魔人との関係を疑われて信用に若干の傷がついた。それはこの世界を裏から支配するという目的を妨げる由々しき事態だが、ジェイニーとミレーラの敗北はメルモダーガにとってそれ以上の衝撃であった。
ジェイニーとミレーラは魔人の中で特に優れた12人の内の2人だ。その中でドルアンがナンバー1として、ジェイニーはナンバー3でミレーラはナンバー5だった。その2人が同時に消された。
これはまったく想定外だ。
魔人の力はブラック級のハンターを凌ぐ。角1本や2本の未熟な魔人が負けることはあったとしても、3本が負けることなどありえないと考えていた。それがあの白面というVTuberのおまけ風情の男に魔人の精鋭があっさり敗北をしたのだ。
この事実は我が子として仕えさせる12人の魔人の力を絶対視し、疑っていなかったメルモダーガに衝撃を与え、同時にわずかな焦りも与えた。
「白面という男がそれなりに強いのは知っていた。しかしまさかジェイニーとミレーラをあっさり倒すほどとは……。あの白面という男は何者なのだ?」
ブラック級を凌ぐ力を持っていることには違いない。
そしてジェイニーとミレーラが敗北したことから考えて、魔人の精鋭である我が子12人にも匹敵する力も持っているだろう。
魔人は容易く倒せる。それほどの脅威ではない。
いずれ実行される世界征服計画のため、そのように世間から魔人の恐怖が薄れてしまうのはまずかった。
あの男をこのままにして置くのは非常に危険だ。
早々に排除をしなければこの世界を手中に収める計画に支障が出ると、メルモダーガは白面の存在を危ぶみ焦った。
「ドルアン、あの場であの男と会って、なぜ排除をしなかった?」
「……」
問いに対して、ドルアンはなにも答えない。
ただ黙ってメルモダーガを見下ろしていた。
「……そうか。奴はそれほどなのか」
奴を始末するには正攻法ではダメだろう。
策を講じなければ……。
「くくっ……」
円卓に座るひとりが低く笑う。
小田原智だ。彼はイスの上で足を組んで横柄な態度でニヤついていた。
「あのババアども、俺を出し抜こうとしやがって馬鹿な連中だ」
「……智君、仲間……いや君にとっては姉になる2人が死んだのだ。そのような言い方はよくない」
「姉だって? はっ、家族ごっこに付き合ってるつもりはないぜ。それに、あんただって連中が殺されて悲しいわけじゃないだろ?」
「むう……」
その通りだ。
世の中にはジェイニーとミレーラほどに下衆な奴らなどいくらでもいる。失ったら補充をすればいいだけで、2人が殺されて悲しいなどということない。
「あんたは気に入らないだけだ。ご自慢のお強い魔人が2人もあっさりと殺されてな。違うか?」
「黙れ小田原智。父上に対してそのような口の利き方は私が許さんぞ」
「仰せのままに。パパ想いのドルアン兄様、くくっ」
ドルアンの睨みに、智はニヤつきながら両手を上げた。
智は白面を殺したがっている。
行かせて始末させるか? ……いや、智は魔人になってから大勢を殺して生命エネルギーで角は2本になったが、まだ角3本ではない未熟な状態だ。角3本の2人を倒す白面を殺すことは恐らくできない。
それに白面の使うスキルも疑問で不可解ゆえ、やはり正攻法で倒しに行かせるのは魔人を無駄に消費する悪手になる可能性がある。
動画を見る限りでは、複数のスキルを使っていた。スキル付きの装備を複数、身に着けているのならばそれは珍しいことではない。もっとも不可解なのは、ジェイニーの『ペイン』が奴には通じなかったこと。スキルを無効にするスキルが存在するなど聞いたことが無い。
確か動画では状態異常無効とか言ってたか。もしもあらゆる状態異常を無効にするとしたら、それはかなり厄介だ。
あらゆる状態異常を無効。
そんなスキルがこの世界には存在するというのか? あらゆる状態異常を無効にしてしまうなど、まるであの……。
「メルモダーガさん、ちょっといいですか?」
白面をどう始末すべきか熟考するメルモダーガへ声をかけてきたのは、毎陽新聞会長の佐野清州だ。
デュカスには世界中の大手マスコミ役員が所属しており、佐野もそのひとりだ。
いずれデュカスが世界を支配する。そのときに世界支配の重要なポジションを得るため、彼を含めた社会の上流階級に属する人間はデュカスへの協力を惜しまない。この佐野という男はその中でも特に積極的な協力していた。
「なんですかな佐野さん?」
「ええ。アカツキと白面を始末したいのならば、私にひとつ考えがあります」
「ほう」
レイカーズやジョー松の件などでマスコミはかなり世間から叩かれた。
それもこれもすべてアカツキの動画が原因であり、佐野を含めたマスコミ関係者は連中をだいぶ恨んでいると聞く。
それゆえ、始末と聞けば喜んで協力をしたくなるのだろう。
「その考えとは?」
「はい。まず、ただ殺してはおもしろくありません。奴らが我々マスメディアを踏みにじって得た社会的地位を失墜させてから殺すのがいいでしょう」
「なるほど」
「なので、白面を卑劣な性犯罪者に仕立て上げます。どんなに好かれていようと、性犯罪を犯せば世間の評価は地に落ちるでしょう。そうなれば性犯罪者と行動をともにしていたアカツキの評判も落ちます」
「その方法は?」
「はい。女を使って白面を誘惑させて、手を出させます。今までの動画を見たところ、奴はかなりの女好きと見ました。それも胸のでかい美女に弱いようで」
「ふん」
男は胸のでかい美女に弱い。
メルモダーガにはわからないが、大抵の男がそうであることは理解できた。
「奴を誘惑するのに適任がおります。誘惑して、白面の犯す性犯罪によって奴らの世間的評価を下げたのち、始末までやってのけることができる適任な女が」
「ああ……」
毎陽新聞の会長で、テレビ局にも強い影響力のある佐野ならば、胸のでかい美女などいくらでも用意できるだろう。しかし始末まで任せることができる女と言えば、心当たりはひとりしかいない。
「あの子ならば白面を誘惑するのは容易いでしょう。しかし始末までできますかな? あの子のスキルはジェイニーより格下です。返り討ちに遭うのでは?」
「前言しました通り、白面は胸のでかい美女に弱い。近づいて隙をつけば、奴のスキルで始末は可能でしょう」
「……ふむ」
うまくいくかはわからないが、やらせてみる価値はあるか。
「わかりました。佐野さんの考えを実行させてみましょう」
「ありがとうございます」
メルモダーガの言葉に、佐野はいかにもな邪悪な笑顔で礼を言った。
「ところで佐野さん、例の……」
「もちろん用意しております。すでにメルモダーガさんの寝室のほうへ。ご希望の通り選りすぐりをご用意いたしましたよ」
「おおっ。ふふ、それはそれは……。ではさっそく様子を見に行きましょう。今日は解散です。皆。あとは好きにしてよろしい」
ドルアンと智、夢音にそう言ってメルモダーガは円卓の間をあとにした。




