第136話 奇跡を起こすシスタージェイニーの謎
本当にここかな?
俺たちは教会の前で児童養護施設を眺める。
「あの……」
と、そのとき誰かに声をかけられてそちらを振り向く。
そこに立っていたのは気弱そうな雰囲気のシスターだ。よく見ると、夕方にケビン君を連れ戻しに来たジェイニーと共にいた中年のシスターであった。
「あっ……あなた方はアカツキさんと白面さん。先ほどはどうも。あ、申し遅れましたが、私はそこの教会に務めるシスターをしておりますミレーラと申します。礼拝にいらしたのですか?」
「ああいえ、夜の散歩がてら近くを通ったので、もしもまだジェイニーさんがいるようでしたらあいさつでもしていこうかと」
「申し訳ありません。シスタージェイニーはすでに本日の務めを終えて帰宅されました。現在は私が教会に務めております」
「そうなんですか」
ここにはいない。ということは……。
「えっと、あの建物は児童養護施設なんですよね? ずいぶん厳重そうですが」
「はい。子供の安全を考えてこのようにしています。中には学校施設もあって、外に出ることなく教育も受けることができます」
「へー。充実した施設なんですね」
「ええ。ですから子供たちが外へ出ることは滅多にないんですよ」
それではまるで刑務所だが、外に出なければ交通事故もないし、事件に巻き込まれることもないので、子供が安全というのは間違いではないと思う。
……しかし目的は子供の安全などではないだろう。ケビン君の話から察するに、この施設では虐待が行われている。子供の逃亡を防止するため、このように厳重な作りになっているのだと思う。
「ジェイニーさんもあそこに住まわれているのですか?」
「はい。住み込みで子供たちのお世話をされています」
「そうですか。わかりました。それじゃあ我々はもう行きますので、ジェイニーさんによろしくお伝えください」
「はい。せっかく足を運んでいただいたのにすいません」
「いいえ。我々も急に来てすいませんでした。それでは」
ミレーラに別れを告げ、俺たちは児童養護施設の門前から離れて路地へ入る。
「ジェイニーは児童養護施設の中か」
「じゃあ」
「うん」
転移ゲートで中へ入る。
壁を飛び越える方法もあるが、誰かに見られて騒ぎになるのも面倒だ。
「もしかすればなにか危険なことが起こるかもしれないから、コタツを手放さないでしっかり抱いていてね」
「うん。今さらだけどコタツ君ってどんな能力があるの? なんかピカピカ光ることがあるけど」
「ああ」
そういえば説明してなかった気がする。
「コタツは攻撃を無効化するんだ」
「攻撃を無効化? どんな攻撃でも?」
「うん。どんな攻撃も無効化できる。ただ、能力は自動で発動するから、コタツの側にいるとこちらからの攻撃も無効化されちゃうんだよね」
「へえ。でもコタツ君の側にいれば絶対に安全なんだ」
「うん。今の俺が全力で攻撃しても、コタツの能力なら無効化できるよ」
「そんなにすごいんだ。こんな小さいのに」
「きゅー」
ポンポンとアカネちゃんが頭を撫でると、コタツは嬉しそうに鳴く。
「コタツを抱いている限りアカネちゃんは絶対に無事だから。例え俺が殺されたとしてもね」
「馬鹿なこと言ってないで早く行こ」
「うん」
周囲に人がいないのを確認してからゲートを開く。
中へ入り、抜けるとそこは屋内であった。
「ここは?」
「施設内にある建物の中だね」
しかしボロい内装だ。
まるで廃墟寸前のようだが、まさかここに子供が住んでいるのだろうか?
「じゃあこの辺から撮影しようかな。ライブ信したら侵入がバレちゃうから録画でね」
「うん」
俺たちは建物の中を進む。
「なんかあっちこっちボロボロ。床とかギシギシいって抜けそうだし」
「そうだね。施設の運営資金が無いのかな?」
「さあ? けど、普通こういう施設って国から助成金とかがもらえると思うけど? 寄付金とかももらえそうだし」
確かにそれもそうだ。
しかし仮に助成金や寄付金があったとしても、この様子ではまともに使われていないのかもしれない。
「ここへ来るあいだにスマホでちょっと調べたんだけど、この児童養護施設って以前は別の神父さんがやってたんだって。その神父さんが亡くなったあとにシスタージェイニーが引き継いだみたい」
「じゃあジェイニーが始めた施設じゃないんだ」
「うん。あとね、2年くらい前にイギリスでは謎の奇病が流行って大勢が亡くなったんだけど、その奇病をシスタージェイニーが奇跡で治したんだって」
「そんなことありえるかな?」
奇跡で病気が治るなど信じ難い話だ。
それに魔人のジェイニーが人の病気を治すというのも不可解であった。
「実際、病気は流行ってたみたいだよ。医者もお手上げ状態だったのを治したとか」
この話が本当ならジェイニーは奇跡的な力を持った善人ということになる。しかし正体は魔人。一体どういうことなのだろう?
「シスタージェイニーがあの教会のシスターになったのが今から40年前なの。行き場が無いところを教会の神父さんに救われたとかで」
「以前はなにしてた人なの?」
「ネットで調べられる限りでは、シスターになる以前のジェイニーがなにをしていたかはわからなかったの。ただ、ジェイニーが神父さんに救われたって時期と近い時期に、教会の近くにある病院で連続殺人事件があったそうなんだよね」
「連続殺人事件?」
「うん。ひとり者の高齢な入院患者の不審な死亡が続いていたみたいで、怪しく思って病院が調べたら、致死量を超える危険な薬物が死亡した患者に投与されていたみたいなの」
「その事件の犯人は捕まったの?」
「ううん。捕まってないみたい。ただ、事件発覚後に病院の看護婦がひとり失踪したみたいなの。その看護婦を警察が調べたら、殺された高齢患者の死亡保険がその看護婦の口座に振り込まれていたそうなんだよね」
「その看護婦がジェイニー?」
「それはわからない。けど、教会の神父さんもジェイニーを救ったあとに不審な形で亡くなっているそうだし、なんか怪しいよね」
「うん……ん?」
なにか声が聞こえる
そこへ近づき、耳をそばだてると、
「あぐっ!」
聞こえたのは子供の呻きだ。
「ぎゃーぎゃーうるさいんだよクソガキどもっ!」
そして聞き覚えのある老人の声。
これは恐らくジェイニーのものだと思った。




