第135話 ケビン君が見たシスタージェイニーの正体
「ケビン君」
「あ……は、白面さん」
声をかけると、ケビン君は薄っすらと目を開く。
ひどく衰弱した様子だ。
すぐに病院へ連れて行ってあげるべきだろう。
「大丈夫? すぐに病院へ連れて行ってあげるから」
「す、すいません。うう……」
俺はケビン君を背負う。
「どうして君はここに?」
「わかりません。気付いたらここにいて……」
「……」
嘘を吐いている感じはしない。
それに魔人は大人の姿で女だった。ケビン君とは似ても似つかない。
「君の腕にあるその血文字だけど、それはいつ誰が書いたものなの?」
「これは……わかりません。いつの間にかあったものです」
「……そうか」
恐らく眠っているあいだにでも刻印されたか。
「けど、これを見たシスタージェイニーは聖痕だって」
「聖痕ね」
聖痕などとはまるで別物だ。
「それがあるのは施設で君だけ?」
「いえ、他には何人か……」
だとすれば、施設の誰かが呪術を施したのか。
「あの、白面さん」
「うん? なに?」
辛そうな表情でケビン君は俺を見上げてくる。
「僕、見たんです。シスタージェイニーが……魔人になるところを」
「シスタージェイニーが……?」
ならばこの血文字を刻印したのもシスタージェイニーか。
「シスタージェイニーはすごく怖い人で、言うことを聞かなければ僕らを叩くんです。何度も……」
「そうか。辛かったんだね」
これでようやく理解できた。ケビン君があのときジェイニーに怯えていた理由を。
「はい……。施設のみんながあの人を恐れています。本当はひどい人なのに。けど、2年くらい前から難病を治す奇跡の人なんて言われ始めて……」
「この文字が腕に書かれていたのはジェイニーが難病を治すようになったあと?」
「はい。これが腕に現れてから、今日みたいに気付いたら知らない場所に倒れていることがたまにありました。そういうときはすぐに教会のシスターが迎えに来て、僕を施設に連れ戻したんです。どんなに施設から遠くでも、すぐ連れ戻しに来るので不思議に思いました」
「……」
恐らくこの刻印は彼を魔人に変えてしまうものではないだろうか?
記憶を無くしているあいだにこの子は魔人となり、ジェイニーの思い通りに暴れさせられている。そうだとすれば魔人を見失い、ケビン君がこんなところに倒れていたことに説明がつく。
「シスタージェイニーが魔人になるところを見て、僕、誰かにこのことを伝えて助けてもらわなきゃって、隙を見て施設から逃げたんです。それで……」
「昨日、俺たちと会ったのはそのあとだったんだね」
「はい。あの……」
「大丈夫」
俺はケビン君の手を握る。
「俺が魔人を倒す。だから君は安心してくれていい」
「は、はいっ。ありがとうございます白面さんっ」
嬉しそうに微笑むケビン君の頭を撫で、それから彼を背負ったまま路地を出る。
「コ……白面さんっ」
路地を出ると、コタツを抱いたアカツキスタイルのアカネちゃんと出くわす。
「アカツキちゃん? どうしてここが? あ、動画の配信をしてたんだっけ」
「そうなんだけど、離れ過ぎて仮面のカメラと接続が切れちゃったんだよね。だから配信は終わりにして追って来たの。光の玉に聞いて」
「ああ」
力の一部である光の玉は俺にアカネちゃんの居場所を教えてくれるが、その逆も然りなのだ。
「あれ? その子ってケビン君? どうしてその子がここにいるの? 魔人は?」
「詳しいことはあとで話すよ。まずはケビン君を病院に連れて行かなきゃ」
「わかった。その前にこれ」
「えっ? あ……」
アカネちゃんにズボンを渡されて気付く。
今までずっとパンツ一丁だったことに……。
……ケビン君を病院に預けた俺たちは、そのままジェイニーの教会へと向かう。
あの刻印でジェイニーはケビン君の居場所がわかる。だから魔人から人間の姿に戻ったとき、どこにいてもすぐ連れ戻せたのだろう。
ケビン君が病院にいるのを知られないため結界魔法で居場所を隠したが、いつかは知られる。その前にジェイニーを倒さなければ。
教会へ向かう道すがら、俺はケビン君の腕にあった血文字の刻印と、彼から聞いたことをアカネちゃんに話す。
「じゃあその血文字をあのシスターが書いたせいで、ケビン君は魔人の姿になっちゃってたってこと?」
「恐らくね」
実際に彼が魔人になるところを見たわけではないが、それしか考えられなかった。
「じゃあ魔人の本体はシスタージェイニー? というか、もしかして全部の魔人をシスタージェイニーがスキルで作り出してるってことなのかな?」
「わからない。それは本人に確かめてみないと……」
やがて教会が見えてくる。
その隣には児童養護施設らしき建物もあるが、
「えっ? あれが児童養護施設?」
教会の隣に見える児童養護施設の壁は高く、さながら刑務所のようであった。