第129話 ケビン君の怯え
魔人を倒しに。
正確には違うが、状況によってはそうなるだろう。
「そうだね。だからまずは正体を調べているというか……」
「正体……」
わずかに明るくなっていた彼の表情がふたたび曇る。
「もしよかったら、ここを襲った魔人について教えてくれるかな? いや、無理にとは言わないよ。襲われた人には辛い記憶だろうしね」
「あ、いえ、大丈夫です。僕でわかることでしたら……」
「そう? けど無理しなくてもいいよ?」
「いいえ。僕でよければ白面さんの役に立ちたいです」
真剣な眼差しでそう言われ、ならばと聞いてみることにした。
「あ、じゃあ、どんな魔人だったか教えてくれる?」
「はい。えっと……僕は魔人を直接は見ていないんですけど、町の人たちが魔人は3人だったって言ってました。男の魔人がひとりに、女の魔人が2人って。男の魔人が死ねって叫ぶだけで人が死んだそうです」
「叫ぶだけで?」
そういうスキルか?
しかし死ねと叫ぶだけで殺せるなんて、ひどく危険なスキルだ。
「女のひとりは車や瓦礫を空中に浮かせて飛ばしたりしていて、もうひとりの女魔人はものすごい力であっちこっちを破壊したり、人を殺したりって……」
「そうか……」
町を見れば魔人がどれだけひどく破壊活動をして行ったかがわかる。
「討伐に来たハンターもたくさん殺されたと聞きました。そのうちに魔人はどこかに去って行ったそうなのですが……けど」
「うん? けど?」
「魔人はまだ……」
「――ケビン」
そのとき背後から声をかけられる。
振り返ると、そこには老齢のシスターと中年ほどのシスターが立っていた。
「あ、ああ……」
老齢のシスターを目にしたケビン君の顔が蒼白となる。
なんだ?
そのシスターは穏やかそうな人で、やさしい声でケビン君を呼んだ。
それなのになぜケビン君はシスターを見てこんな顔をしているのか……?
「あなたは……シスターさんですか?」
アカネちゃんの問いにシスターは頷く。
「私はこの近くの教会でシスターをしております、ジェイニーと申します。その子は私が管理しております児童養護施設の子供で、施設内に見当たらないのでどこに行ったのか捜していたのです」
「あ、そうだったんですね。わたしはえっと……VTuberってご存知ですか?」
「ええ」
シスタージェイニーは笑顔で答える。
「VTuberのアカツキさんと白面さんですよね。有名な方たちなので存じておりますよ」
「わ、知ってるって。教会のシスターさんにも知られているなんて、なんかすごくない?」
「う、うん」
アカネちゃんの言葉に相槌を打ちながら、俺はケビン君の様子を見る。
面倒を見てくれているシスターが迎えに来たというのに、嬉しそうではない。むしろ怯えているようであった。
「暗くなってきましたし私たちはこれで。ケビン、帰りましょうか」
「は、はい……シスタージェイニー……」
声を震わせてケビン君は答える。
このまま行かせてしまってもいいのか? しかしこのシスタージェイニーという女性がケビン君の保護者であることは違いないようだし、連れて行くのを留める権限は俺たちに無い。
「あ、すいませんシスターさん。このあたりで活動している慈善団体のデュカスの職員に会いたいのですが、どこに行けば会えるかわかりますか?」
ふと思い出した俺は、去ろうとするシスタージェイニーに問いかける。
「デュカスですか? それでしたら私も活動に協力させていただいておりますので、わかることでしたら私がお答えしますよ」
「そうなんですか? じゃあ……」
俺はスマホを操作してシスタージェイニーに小田原の画像を見せる。
「職員にこの男性を見かけませんでしたか?」
「……ええ。見かけました」
「えっ? い、今どこにいるかわかりますか?」
「もうこの国にはいません。別の被害地域に行ったそうで」
「どこに行ったのですか?」
「申し訳ありませんが、それは伺っておりません」
「……そうですか」
しかしあのテレビに映っていた男が小田原であることは確定した。
なぜあいつが慈善活動なんてしているかは知らないが、なにかしらの企みがあるはず。その企みは捕まえてみればわかることだ。
「すいません、お力になれず」
「いえ、ありがとうございます。またな、ケビン君」
「はい……」
「では失礼しますね」
微笑みの表情で別れのあいさつを述べて去って行くシスタージェイニーと、暗い様子のケビン君を見送る。
あのシスターは悪い人に見えない。
しかしケビン君のあの怯えようはなにかあるような気がする。
去って行く2人の背を見つめながら、俺は不安を覚えていた。




