第126話 ロンドンへ出発
「どういうこと?」
「魔粒子を吸収して、俺は前より強くなっているんだ。前までは肉体が脆くて使えなかった高位の魔法が今なら……」
うつ伏せ状態のまま、俺は右手を前にかざして集中する……。
「よしっ」
やがて虚空が大きな円形に歪み、その先にどこかの景色が浮かぶ。
「えっ? なにこれ?」
「転移魔法だよ」
出発地点と目的地を繋げて、瞬時の移動を可能にする魔法だ。
この魔法を使えるのは異世界でも、魔王であった俺か高位の魔族、もしくは魔法を極めた人間の魔法使いしか使用できない。しかし人間がこの魔法を一度でも使用すれば魔力を使い果たした上、高位魔法の使用に耐え切れずに肉体は崩壊する。
それほどにこの魔法は肉体の負荷が激しい高位の魔法なのだ。
「転移? じゃあこのゆらゆらしてる円を通れば別の場所へ行けるってこと?」
「うん」
「すごいっ!」
興奮した様子のアカネちゃんは、俺から離れて転移ゲートをまじまじと見つめる。
「これはどこに繋がってるの?」
「なんとなくニューヨークの上空あたり」
俺はゲートに顔を突っ込んで転移先を覗く。
眼下には自由の女神が見えた。
「わっ!? すごっ! 自由の女神っ! 本当に繋がってるんだっ!」
「ア、アカネちゃん、あんまり乗り出したらあぶないよ」
自由の女神を見下ろすほどの上空だ。
俺はともかく、普通の人がここから落ちたら死んでしまう。
「家から自由の女神が直に見れるってなんか感動。ね、この魔法を使えばどこへでも行けちゃうの?」
「うん。行こうと思えば宇宙の果てでもどこへでも」
そんなところまで行く用事は無いだろうけど。
「すっごーっ! じゃあ今からでも世界に動画を撮りに行けるじゃんっ!」
「い、今からはちょっと……。なにも準備してないし」
「準備なんていらないじゃん。近所に散歩でも行く感覚でどこへでも行けちゃうんだしさ」
まあそれもそうである。
「じゃあまずは昨日のニュースでやってたロンドン。ロンドンに行こうよ」
「うん」
ゲートから頭を抜き、転移先を変更する。
「もうこの先はロンドンなの?」
「うん。けど人のいない街はずれだからニュースで見た場所からは離れてるよ。転移ゲートを誰かに見られたら目立つからね」
俺は白仮面を被りながらそう説明した。
「そっか。あ、わたし動画撮影の機材を取って来るから、わたしの部屋までのゲートも開いてもらっていい?」
「はいはいと」
言われた通り、アカネちゃんの部屋へ通じるゲートも開く。
「ありがとっ」
礼を言ってアカネちゃんは自分の部屋へ繋がるゲートを通り、数分ほどで俺の部屋へと戻って来る。
「準備完了。じゃあ行こっか」
「うん」
マスクにサングラスのアカツキスタイルになったアカネちゃんとともに、俺はロンドンへ繋がる転移ゲートを通る。
ゲートの出口から先の光景は閑散としており、人の姿は見えない。ロンドンの街からははずれているので、家は数えるほどしかなかった。
「きゅー」
「うん? お前も行くか?」
俺たちのあとに付いて、ゲートを通ってきたコタツを抱き上げる。
「で、これからどうするの? 昨日ニュースで見た場所まで行ってみる?」
ゲートを閉じてアカネちゃんに聞く。
俺としては、昨日のニュースで見た小田原らしき男を確かめに行きたいのだが。
「あ、ちょっと待って。今、配信の予告を出してるから。1時間後くらいでいいかな? チャンネルとしては大企画だし、もっと前から予告出しときたかったけど」
「じゃあ延期する?」
「それはダメ。延期なんてしたら他の配信者が似た企画を先に始めて、後発になっちゃうかもしれないし」
魔人なんて危険な存在の正体を突き止めるなんてこと、他の誰かがやるとは思えないけど。
「よっし、じゃあ1時間後に配信開始ね。魔人はもういないと思うけど、とりあえずロンドンの街へ行ってみようか。魔人の話を聞けるかもしれないし」
「うん。けど俺、英語しゃべれないよ」
「わたしがしゃべれるから大丈夫」
さすがはアカネちゃんだ。
おっぱいも大きくて英語まで話せるなんてすごい。
しかし魔人か。
魔力を有していることから考えて、あれは恐らく異世界に関わる存在ではないかと思う。問題はなぜそんなのがこの世界にいるかだ。
小田原のことも気にかかるが、魔人の正体も俺は知らなければいけないような気がしていた。




