第123話 慈善団体デュカスの活動
なにを言っているんだこのちびっ子ママは?
困惑して仰向けにひっくり返った俺を、雪華は無表情に見下ろす。
「なにしとるんじゃ?」
「こっちのセリフだよっ!」
身体を起こして声を上げる。
「なにがじゃ?」
「なにがってお前……筆下ろしって、意味わかって言ってるのか?」
「当たり前じゃ。習字でも始めるかと思ったかの?」
「いや、そんなことは……」
ただの子供なら、筆下ろしと言えば習字なんだろうけど。
「わしは心配なんじゃ。女を知らぬ童貞のお前が、いきなりあんな乳デカ美女を抱いたらショックで死んでしまうんじゃないかとのう」
「そ、そんなことあるわけ……」
しかし彼女たちの神おっぱいはあまりに素晴らしい。
この手で触れて好きにできたら、満足して本当の意味で昇天してしまう可能性が無くも無かった。
「あってからでは遅い。まずは手頃な女を抱いて、女に慣れて置くのじゃ。わしがその手頃な女になってやる。親心というやつじゃな」
「過保護にもほどがあるっ!」
まるで親として当たり前のことを言ったような顔で、うんうん頷く雪華へ、俺は激しくツッコミを入れる。
「息子の初体験を心配して筆おろしをする親心なんてあってたまるかっ!」
「息子を想う母の愛情じゃ。ありがたく受け取るとよい」
「そう言われてありがたく受け取る息子はおらんでしょ……」
「女の抱き方もレクチャーしてやろう。幼い身体じゃが、女には違いないからの。いろいろと教えてやれるじゃろう」
「……百歩譲って君の言ってることが正しいとして、俺が巨乳好きと知ってて君を抱くと思うのか?」
巨乳以前に幼女だが。中身ママだが。
「童貞のお前が抱く最初の女には丁度良いじゃろ。なに、男をその気にさせる技術のいくつかは知っておる。なにも心配せず母に委ねるとよい」」
どん引きする俺だが、雪華は本気のようで表情に迷いが無い。
母親が息子の筆おろしを、なんてエロ漫画はありそうだが、母親の記憶を持つ生物兵器の幼女が筆おろしをなんてのはたぶん無いんじゃないか?
「さあてそれじゃあシャワーを浴びてくるかのう。この身体では初めてじゃし、性行為はひさびさじゃから興奮してきたわい」
「い、いやいや、なにやる気になってるのっ! やらないよっ!」
立ち上がって風呂場へ行こうとする雪華を俺は慌てて止める。
「うん? なんじゃ今日は気が乗らんか?」
「そういう問題じゃないから……」
母さんってこういう突飛な考えの人だったのかな?
それとも雪華自身がこういう考えなのか?
聞くのは怖かった。
「じゃあまだ今度でよいか」
「……」
俺はなにも答えずテレビへと目を向ける。
すでにバラエティー番組は終わっており、夜のニュース番組が始まっていた。
内容は経済関連で、それほど興味の無い俺はただぼーっと画面を眺めた。
「なかなか景気が良くならんのう。小太郎の会社は大丈夫かの?」
「まあたぶん……」
あんまり詳しくはわからんけど。
経済ニュースが終わり、次に始まったのは世界中で起こっているある事件についてのニュースだった。
「近ごろ、魔人と名乗る者たちが世界を騒がせているようです」
「魔人っ?」
スタジオで話すアナウンサーの言葉に、俺は海辺に現れた男のことを思い出す。
「魔人とは、海辺に現れて襲ってきたとか言ってたあれかの?」
「うん……」
あの男は何者だったかのか? 魔人とはなにか?
ずっと考えていたが、まさか他にもいて世界中に現れているなんて……。
「魔人は世界中に現れて破壊活動を行っています。ダンジョンを探索するハンターにより魔人は追い払われていますが、倒すことはできず問題の解決には至っておりません」
あの海辺に現れた奴は、ブラック級である無未ちゃんの攻撃を防いだ。その点から考えても、並みのハンターでは敵わないほどの怪物だと思う。
本当に追い払えているのかと疑問に思うも、海辺に現れた奴が特別に強かっただけかもしれないしなんとも言えなかった。
「各国のハンターによる活躍でなんとか撃退をできていますが、魔人による破壊活動による被害は甚大です。本日はその被災地で救援活動を行っている慈善団体デュカスの代表であるメルモダーガさんに、スタジオへ来ていただきました」
カメラが右へスライドし、60歳ほどの男を映す。
この人どこかで……?
テレビに映る男の姿に既視感がある。
ネットの画像や動画で見たことがあるのか? いや違う。どこかで会ったことがあるような気がする。
しかし思い出せず、歯に食べ物が引っ掛かったような心地で俺はメルモダーガという男を眺めていた。
「メルモダーガさんは2年ほど前にこちらの団体を立ち上げ、当初は募金や炊き出しなどを行って支援活動を行っていたようですね」
「はい。私もかつて災害に遭い、慈善団体に助けていただいた経験がありまして、そういった活動の重要性を身に染みて理解しております。世界には助けを求めている方が多く存在する。そんな方たちの一助になれればと、仕事を早期リタイヤして団体を立ち上げました。ありがたいことに私の思いを汲んでいただいた方々にご支援をいただき、募金や炊き出しといった活動を始めることができました」
男はいかにも好々爺といった風の男だ。
大抵の者はこの外見で彼を善人と思い込むだろう。しかし世の中には善人面をした悪人も多くいる。この男がそうと言うわけではないが……。
「最近では魔人被災地の支援も多く行っているようですね」
「はい。魔人が現れた地では町が破壊され、多くの死傷者も出ています。少しでも助けになれればと、やれる限りの支援活動を行っております」
「そういった地での支援活動は危険ではありませんか?」
「もちろんです。ふたたび魔人がやってきて、町を襲わないとも限りませんからね。しかし団体の皆は勇敢です。私のような老人の思いを実現しようと、被災地へ飛んで活動を行ってくれるのです。彼らには感謝してもしきれません」
言葉尻を震わすメルモダーガ。
演技なのか本気なのか、しかし俺は言葉を震わすメルモダーガを胡散臭いと思ってしまう。
「素晴らしい奉仕の精神を持った方々です。それではデュカスが活動を行っている被災地の現場と中継が繋がっておりますのでご覧いただきましょう」
映像が切り替わり、どこか町の光景が映し出される。
様子からして欧州のどこかだろうか?
町のあちらこちらは破壊され、まるで大地震が起こったあとのようであった。
「こちらはイギリスロンドンからの中継映像です。先日、現れた魔人により美しいロンドンの町は破壊され、多くの死傷者を出しました」
ここまで破壊する目的はなんだろう?
海辺に現れた魔人は人を殺して生命エネルギーがどうとか言ってたけど、破壊活動はそれが目的なんだろうか?
「現在デュカスはここロンドンで支援活動を行っております。現地へレポーターが行っておりますので、被災地で支援活動を行っている団体職員さんに話を伺っていただきましょう」
「はい。ではこちらの団体職員さんに支援活動についてお伺いします」
レポーターと団体職員がカメラに映し出される……。
「うん? この男……」
帽子を深く被って大きめのサングラスをかけた若そうな男。
こいつ……。
「被害のあった場所での活動は怖くないですか?」
「はい。もちろんふたたび魔人が現れるのではという恐怖があります。しかし被害に遭われた方々に少しでも笑顔を取り戻していただくには……」
「小田原じゃないか……こいつ?」
声も似ている。
しかし帽子とサングラスで顔が隠され、正体がはっきりしない。
仮にこの男が小田原智だとして、なぜイギリスにいて慈善団体の職員として支援活動を行っているのか?
まさか改心して贖罪のために奉仕活動を行っているとか……。
いやそれは無い。
あの真性の下衆クズに限ってそれは絶対に無いと確信できる。
じゃあ別人か?
映像を見る限りではなんとも言えないし、確かめにイギリスまで行くのもさすがにどうかと思う。
社長に報告だけしておこう。
その上でイギリスに行って来いと言われたならば、旅行がてら行って来てもいいかなと思った。




