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第122話 雪華の老婆心

「いや、その……」

「別に言い訳せんでもいい。そのいやらしい顔にすべて出ておる」


 ……そんなにいやらしい顔などしていただろうか?

 近くに鏡が無いのでわからない。


「い、いいだろ別に。男なら普通だよ」

「お前は普通よりでか乳好きじゃと思うけどの」


 それはそうかも。


 違うとははっきり言えないので黙るしかなかった。


「そんなにでか乳の美人が好きなら、なんで無未ちゃんと結婚せんのじゃ?」

「な、なんで急にそんな話になるんだよ?」

「素朴な疑問じゃ。わしの目から見て、テレビに出ているグラビアアイドルよりも無未ちゃんのほうが美人で乳もでかいじゃろう。無未ちゃんはお前の好みにピッタリで、あれほどお前に好意を持っているのに結婚をせんのが謎なのじゃ。お前だって無未ちゃんのことは好きなんじゃろ?」

「そ、それは……まあその」


 雪華の疑問はその通りで、無未ちゃんほどの美しい女性から好意を持たれて、俺も彼女に対して好意的な感情を持っているのに恋人ですらない。

 それは端から見て変に思ってもしかたのないことだと思う。


「まあ、理由は聞かんでもわかるがの」

「えっ?」

「アカネというあの若い子にも好意があるんじゃろう」

「あーの……その」


 それもまたその通りであった。


「けどお前、あの子まだ高校生じゃろ?」

「そうだけど……」

「高校生だからとか、歳が離れ過ぎだから悪いとは言わんがの。しかしあれくらいの子というのは年上の男に憧れたりするもんじゃ。同年代の若い男にくらべて、大人の男とは頼りがいのあるものじゃからのう」

「アカネちゃんはそんなんじゃ……」


 だが違うとはっきり言えるだろうか?

 アカネちゃんは俺という身近な大人の男に頼りがいを感じて憧れているだけで、恋とか愛とか、そういう感情とは別のものなのかも……。


「お前の人生じゃから選ぶのはお前じゃ。しかし老婆心ながらアドバイスをすれば、お前は無未ちゃんと結婚したほうがよいと思う。アカネちゃんはお前にフラれれば傷つくじゃろうが、あの子はまだ若いし綺麗じゃ。すぐに別の恋を見つけて傷ついた心は癒されるじゃろう」

「……」


 雪華の言うことはもっともなのかもしれない。

 アカネちゃんは強い子だし、俺なんかのことはすぐに忘れてもっと良い男と恋に落ちたり……。


 それを考えた俺の心は暗く落ち込む。


 別の男に恋をするアカネちゃんを想像すると、俺の心は痛くてしかたなくなる。無未ちゃんでも同様だ。


 これではいつまで経っても、どちらかを選ぶなんてできない。


 なんだか辛い気持ちになった俺は、テーブルに突っ伏してため息をつく。


「悩ませてしまったようじゃな。まあいろいろ言ったがの、どちらも良い女じゃ。どちらを選んでもわしは祝福するからそれは安心するのじゃ」

「うん……」

「どちらとも仲が良いから辛いじゃろうな。どちらかを選ぶということは、どちらかを傷つけるということじゃからの。モテるのは良いことじゃが、お前のようにやさしい子には辛いこともあるのう」

「俺は別に……やさしくなんて」


 気が小さいだけだ。

 大切な人を傷つけて平気でいられるほど、俺の心は強くできていない。


「ふふ、母親のわしが言っているのじゃ。お前はやさしい子じゃよ」

「そんなことないって。俺は普通だから」

「本当にやさしい者は、自分をやさしいなどとは思わん。お前はやさしい子なんじゃ。間違い無い」


 満面の笑顔でそう断言する雪華を前に、俺は否定の言葉を飲み込むしかなかった。


「親馬鹿なんだな」

「そんなことはないのじゃ。わしはお前のことを贔屓目に見たことなど無い。親だから、お前のことがよくわかるだけじゃ。悪いところを言えばお前は気が小さくて自分に自信が無い。父さんに似たんじゃな。この世界では生まれつき上級の家庭で育ったせいか自信に満ち溢れていたがの。本来は気が小さくて自信の無い男なんじゃ。恋愛にも奥手で、結婚はわしからプロポーズしたくらいでのう。そんなところ似なくてよいのにお前は似てしまって。あと父さんもデカ乳に弱くて……」

「わ、わかった。わかったよ」


 放って置いたら俺の悪いところをすべて言うまで止まらなそうだ。

 ……というか、父さんの悪いところか。


「しかし心配じゃ。お前は本当に父さんと似ておるからのう。乳のでかい美女の言うことをなんでも聞いたりしてしまうんじゃないかと不安なんじゃ」


 問うように視線を向けられた俺は、


「ソ、ソンナコトナイヨー」


 目を逸らしてやや上擦った声で答えた。


「……まあ、あの2人は良い子じゃから、お前に悪いことをさせたりはせんじゃろうがの。そこは安心じゃ」

「はは……うん」


 巨乳美女の言うことをなんでも聞いてしまうなんてことはないよという俺の嘘はあっさり看破されてしまったようだった。


「だがまだ不安はあるんじゃ」

「な、なに?」


 そう問う俺の目を雪華がじっと見つめてくる。


「……お前、今まで女と付き合ったことはあるのかの?」

「いや無いけど……」

「そうか。そうじゃな。まだ女を知らぬ身体じゃもんな」

「はい……」


 末松小太郎33歳。今だ女を知らず。

 股間の息子は未使用美品のソロプレイヤー。


 つまりは童貞のおっさんである……。


 しょぼんと気持ちが落ち込んだ俺は、未使用の息子に申し訳ないと謝罪しつつ、ベタンとふたたびテーブルへ突っ伏した。


「のう小太郎」

「んー?」


 突っ伏した状態のまま、視線だけで雪華を見上げる。


「女を知りたいなら、わしが筆おろしをしてやろうか?」

「……」


 ん? 今なんて言ったんだ? なんか筆おろしとか言ったような……。

 筆おろしってあれのことだろう? まさかそんなこと言うはずないし。


 俺はなにも答えず、平静な雪華の顔をじっと見続けた。


「聞こえんかったか? 筆おろし。意味はわかるじゃろ?」

「はあっ!?」


 聞き違いではない。

 はっきり筆おろしと聞いた俺は身体を起こし、衝撃で後方へひっくり返った。

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