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第121話 見た目は幼女、中身は昔のおばさん

 テレビだ。

 まあまあ大きめの液晶テレビがそこにあった。


「あれ? なんだこのテレビ?」


 テレビは見ないのでうちには無いはず。

 一体どこから現れたのだろうと疑問に思う。


「そりゃわしが買ってきたのじゃ」

「雪華が? なんで?」

「テレビが無かったからじゃ」

「無かったから?」

「無いと不便じゃろう?」

「別に……見ないし」

「なんでじゃ?」


 雪華が首を傾げると、俺も同じく首を傾げる。


 ややあって、合点がいく。


 俺が子供のころはあまりネットが普及しておらず、ニュースや娯楽と言えばテレビが当たり前だった。そんな時代に生きていた母さんの記憶を持つ雪華からすれば、家にテレビが無いというのは違和感なのだろう。


「最近はなんでもネットで見れるからテレビは無くても困らないんだよ」

「そうなのか? いやまあそうじゃな。時代は変わったものじゃ」


 そう言ってリモコンを手に取った雪華がテレビをつける。


「テレビを見るなんてひさしぶりだなぁ」


 子供のころは家にあったけど、ひとりで暮らすようになってからテレビを買おうなんて思わなかった。昔は世間の出来事を知るのに便利だったのだろうが、今はネットがあるので無くても不便は感じない。


 俺はカーペットへゴロンと横になり、テレビの画面に流れるCMをぼーっと眺めた。


「食べてすぐ横になると牛になるのじゃ」

「ならないよ」

「身体に悪いのじゃ」

「まあ……うん」


 起き上がった俺は座ってテレビを見る。


 見た目は幼女でも、中身は口うるさいおばさんだ。


「……のう」

「うん?」


 テレビを眺める俺の耳に雪華の小さく重たい声が響く。


「わし……いや、母さんが死んだあと、生活は大丈夫だったのかの?」

「……」


 そう問われた俺は子供のころを頭の中で回想する。


「それは……まあ父さんと兄さんが母さんの代わりにがんばってくれたから」


 俺はまだ幼くてなにもできず、家のことは父さんと兄さんがすべてやってくれていた。2人とも俺の前では平気そうだったけど、母さんが亡くなって父さんと兄さんがすごく悲しんでいたのを俺は知っている。小さかった俺は、母さんの死をまだよくわかっていなかったように思う。


「家事はほとんど兄さんがやってくれて、休みのときは父さんも料理を作ってくれたり外食に連れて行ってくれたりしたかな。小さいなりに2人が母さんの代わりにがんばってくれているのを知ってたから、俺も家の手伝いをしようとしたんだけど、兄さんは『お前は子供らしく勉強して、元気に遊んでいればいい』って、あまり手伝いとかはさせてもらえなかったな」


 兄さんだって学生だった。

 勉強をしなきゃいけない立場だ。遊びだってしたかったと思う。それなのに俺を優先して、自分は家事の合間に勉強。遊びはたまにだ。


「自分は兄だから弟のためにがんばるのは当然だって、いつも俺にやさしかった。父さんも忠次には苦労をかけて申し訳ないっていつも言ってて……」


 零れるようにポロポロと言葉が出てくる。

 雪華は本当の母さんではない。しかし伝えたかった。例え記憶だけでも、にいさんがどれほどがんばってくれたのかを母さんに知ってもらいたかった。


「……そうか」


 雪華は悲しそうに俯き、今にも泣きそうな表情であった。


「すまなかったのう」

「い、いや、別に母さんを責めるつもりで言ったんじゃないんだ。ただ俺は兄さんのがんばりを知ってもらいたかっただけで……」

「わかっておる。うむ……忠次は責任感が強く、親の言うことをよく聞く真面目な子じゃったからのう。父さんに小太郎の面倒を頼まれて、兄としての責任を全うしようとがんばったのじゃろう」

「うん……」


 そういう立派な兄さんが、この世界ではあんな邪悪な人間になってしまうなんて、今でも信じられないことだと思う。


「まあ、そういう親の言うことをよく聞く真面目な性格が、この世界では悪い方向に出てしまったようじゃな。父さんも責任感の強い男じゃった。この世界では先祖代々が栄えさせてきた大企業を任されて、それを大きくしなくては守らなくてはという責任感に駆られ過ぎてああなってしまったのかもの」

「そう……かもね」


 環境が変われば人は変わる。

 しかし本質は変わらない。この世界の父さんも兄さんも、まったくの別人なようで、やはり同じ人物なのだろう。


「忠次にはすまんことをした。父さんや小太郎にも苦労をかけてしまってすまなかったのう」

「母さんはなにも悪くないよ。誰も悪くない。もしも悪い奴がいるとしたら、それは人の運命を決める神様とかそういうものだよ」

「うむ……」


 そう言ってやっても雪華の顔は明るくならない。

 暗く落ち込んだ顔でテーブルへ目を落としていた。


「ま、まあその……ほら、テレビ見ようよ。なんか始まったみたいだし」


 暗い雰囲気を払拭しようと俺はテレビへ目を向ける。

 CMが終わり、なにかの番組が始まっていた。


「……そうじゃな。せっかく買ってきたんじゃし」

「うん」


 やや表情を明るくした雪華を見て、俺はホッとしつつテレビを見る。


 やっているのはバラエティー番組というやつだ。

 明るいスタジオで若いタレント同士が話をしていた。


「うん? なんの番組じゃこれ? 不良がたくさん出ておるのう」

「えっ? 不良? どこ?」


 不良なんて見えないが……。


「どこもなにもほとんどじゃ。みんな髪を染めてピアスをしておる。不良ばっかりではないか」

「ああ……」


 母さんは昔の人なので、髪染めピアスイコール不良という認識なのだ。昔はそうだったのかもしれないが、今は不良でなくても髪は染めているし、ピアスだってしている。


「最近は不良じゃなくても髪染めたりピアスしてるんだよ」

「そんなわけないのじゃ。髪を染めるのはともかく、親からもらった身体に穴を空けるなど間違いなく不良じゃ」


 フンと鼻息荒く雪華は言う。


「まさかお前も耳に穴を空けているのではないかの?」

「俺は空けてないよ。髪だって染めたことないし」


 陰キャだし。


「うむ。それでよいのじゃ。身体に穴を空けるなんて許さんからの」

「はいはい」


 この様子じゃタトゥーなんて入れたらヤクザ扱いされそうだ。


「しかし最近の若いタレントはわからんのう。今しゃべってる女は誰じゃ?」

「えっ? いや、俺も知らない」


 芸能人に興味が無いからぜんぜんわからない。

 グラビアアイドルの椿遊杏つばきゆあんと紹介されていたので、じゃあそうなのだろうとしか……。


「しかし……」


 胸でけー。


 さすがグラビアアイドルだ。

 美人だし胸がでかい。


 しかし身近にも美人の巨乳がいるせいか、このグラビアアイドルを飛び抜けて美しいとは感じない。むしろアカネちゃんや無未ちゃんのほうがずっとずっと綺麗だし、おっぱいもでかいと思う。


 だけどそれはそれとして巨乳は好きなので、番組の内容などそっちのけでそのグラビアアイドルの胸ばかりを凝視しながら、俺はニヤニヤしていた。


「お前、本当にでか乳が好きじゃな」


 唐突に雪華からそう言われ、俺はビクリと身体を震わす。

 それから振り返ると、ジトリとした目が俺を呆れたように見つめていた。

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