第120話 世界変貌に影響を与えたのは小太郎?
大きな影響が俺。
そう言われても、その理由に心当たりが……いや、無いことも無かった。
「この世界の人間は皆、本来の世界であるダンジョンの無い世界を忘れておる。しかしお前は覚えておる。恐らくじゃが、ダンジョンの無い世界を覚えておるのはこの世界でわしと小太郎だけじゃろう」
「雪華はどうして覚えているんだ?」
そもそもの疑問はそれだ。
俺がダンジョンの無い世界を知って覚えているのは異世界に行っていたからで、雪華はそうじゃない。母さんの記憶を持つこの子がなぜダンジョンの無い世界を覚えているのかが謎である。
「わしの記憶は末松冬華の頭からコピーしたものじゃ。記憶はすべてコピーされてわしの頭に移植された。表面上は消去された記憶もすべての」
「あ……」
「気付いたか? 末松冬華の記憶から本来の世界の記憶は消去されていた。しかしすべての記憶をコピーしたため、表面上は消えていた記憶が復活してそのままわしに移植されてこうなったというわけじゃな」
「な、なるほど」
それで雪華は記憶を2つ持っているというわけか。
しかしそれだと別の疑問が浮かぶ。
「ぜんぶの記憶がコピーされたのなら、雪華の中には俺の知ってる母さんと、研究者の母さんがいるはずだろ? けど雪華の性格は俺の知っている母さんだけだ。研究者の母さんはどこへ行ったんだ」
「良い質問じゃ。そこにダンジョンの無い世界が本来の世界であると断言できる理由のひとつがあるんじゃ」
「と言うと?」
「うむ。普通に考えれば2つの人格はひとつに合わさるか、もしくは分かれて頭の中に存在して人格は2つ存在しそうじゃ。しかしわしには研究者だった記憶はあっても、その頃の冷徹な人格はない。それはなぜか? 答えは世界の優位性……とでも言うべきかの」
「世界の優位性?」
「消去されていたもうひとつの記憶が復活した場合、人格は本来の世界のものが優先されるということじゃ。まあこれも仮説じゃから絶対ではないがの」
「うーん……」
雪華の仮説には納得できるが、しかし結局、確かなことはわからないということだ。
「あ、で……俺が大きな影響って言うのは?」
「お前もわかっておるじゃろう。世界に大きな影響を及ぼしてしまう心当たりがお前にはあるはずじゃ」
雪華にそう言われて、俺は考えていた心当たりを頭へ思い浮かべる。
「異世界、か」
それ以外はなかった。
「そうじゃ。小太郎が異世界へ行ったこと、もしくは帰って来たことで、本来の世界がなんらかの影響を受けてダンジョンのある世界へと変貌してしまったのではないか? と、わしは考えておるということじゃ」
「そ、そうかな?」
「あくまでわしの考えじゃ。実際は違うかもしれん。しかし魔粒子がお前の身体によく馴染むことから考えても、あのダンジョンという不思議な穴は、お前となんらかの関わりがあるのではと思うんじゃ」
「うん……」
俺もそれは妙に思っていたことだ。
深層で異形種を大量に討伐したとき、雪華の身体から大量の魔粒子を吸収したとき、俺の力は増した。
俺の力は異世界で得られたものだ。
それを吸収することで増したということは、ダンジョンに現れる魔物は俺のいた異世界となんらかの関りがあるということだろうか?
「世界が変貌した原因を小太郎が異世界へ行ったことか、もしくは帰って来たことだとして、なぜこうなったかの心当たりはあるかの?」
「いやぜんぜん……。俺は向こうの世界に召喚されて、魔王の力を封印して戻って来ただけなんだけど……」
「しかし力のすべてを封印できたわけではなかった?」
「うーん……」
全盛期にくらべればカスのようなものだが、向こうで完全に封じたと思った魔王の力がわずかに残っていた。これはつまり封印には失敗したということか。
「封印に失敗したのかもしれない。けどそれがこの世界にどう影響したのかまではわからないよ。向こうへ戻ればなにかわかる可能性はあるけど……」
「ふむ。まあわかったところでだからなんだというものじゃ。ここを本来の世界に戻したいというわけでもないじゃろう?」
「……」
「父さんと忠次のことが気にかかるかの?」
問いに対して沈黙する俺の思いを、雪華は察した。
本当の父さんと兄さんに会いたい。
もう会うことがないというのは、やはり寂しいものがあった。
「お前が望むなら、この世界を本来の世界に戻す協力をしてやってもよいぞ?」
「……いや」
しかしそれは望まない。なぜなら、
「本来の世界へ戻ったら、この世界で得たものを失う。ダンジョンをきっかけに会ったアカネちゃんとの関係が無くなってしまうかもしれない。そんなのは嫌だよ」
かつての世界がどのようにダンジョンの有る世界へ変貌し、そして戻るならばどのようにして元に戻るのかはわからない。
ただダンジョンの無い世界へ戻れば、恐らく皆の記憶からダンジョンは忘れ去られるだろう。そうなればこの世界で得た大切なものをすべて失ってしまう。その可能性がわずかでもあるならば、俺はダンジョンの無い世界へ戻すつもりはなかった。
「そうか。そうじゃな。お前にとって父さんと忠次は大切な存在だったのじゃろうが、この世界でも失えない大切なものを得たということかの」
「うん。それに雪華、君に至ってはたぶん消えてしまうんじゃないかって思う」
「うむ……かもの」
「そんなことはさせない」
俺は子供のころに母さんを失った。
同じような思いは二度としたくはない。
「小太郎……うん。ただの生物兵器でしかないわしをそこまで思ってくれてありがとうの」
「俺は雪華を生物兵器だなんて思っていない。大切な家族だと思ってる」
「そうか。ふむ。そうまで言ってくれるのならば、父さんと忠次の代わりにわしがしっかり家族を……いや、母親をしてやろう。たくさん甘えるとよい」
そう言って雪華は俺へ向かって両腕を広げる。
「いや、甘えないよっ。俺33だぞっ? 仮に君が本当の母さんだったとしても、甘えるなんて歳じゃないよっ」
「母にとって息子はいくつになっても子供じゃ。ほれ母の胸に来るとよい。頭をやさしく撫でてやるのじゃ」
「いいって……うん?」
目を逸らすと、部屋の隅に見慣れないものを見つける。
今さら気付くのも変なくらい大きなものがそこに鎮座していた。