第119話 存在しないはずの記憶
この世界は本来の世界が変貌している姿。
そう言った雪華がパソコンを操作して動画再生ソフトを立ち上げる。
「なんの動画なの?」
「お前の記憶じゃ」
「えっ? 俺の記憶?」
「うむ。これから見せるものはお前の記憶を映像にしたものじゃ。悪いが、寝てるあいだに記憶を頭からコピーさせてもらった」」
「へ、へー」
そんなことできるんだと驚きつつ、雪華はそもそも母さんの記憶を頭にコピペしてるんだし、記憶のコピーができても不思議なことではないかと思う。
「では動画を再生するのじゃ」
「うん」
ドキドキしながらモニターを見つめる。
再生が始まり、やがて映し出されたのは……おっぱいだった。
アカネちゃんと初めて会ったときの映像だが、おっぱいばかり映っている。無未ちゃんと再会したときの映像もおっぱいばかりだ。
あとは街中を歩く巨乳女性を見つめていたり、巨乳もののエロ本やアダルトな動画を見ていたりと……。
「って、なにこれっ!」
「ああすまん。ここじゃなかった」
雪華は動画を停止して、ふたたび操作を始める。
「と言うかお前、乳のことしか考えとらんのか? 記憶のどこを見ても乳のことがでてくるぞ。パソコンの中もほぼ巨乳もののエロ動画で埋まっておるし……」
「なに勝手に見てんだよっ! いいだろ別にもうっ!」
「そうは言ってものう、いい歳をした息子が結婚もせず童貞で、胸のでかい女のことばかりを考えて家でシコシコしているなど、母としては心配じゃ」
「君は記憶があるだけで母じゃないだろう……」
母親にパソコンの中を見られたと考えたらすごく恥ずかしい。
てかよく考えたら記憶を見られるってそれより恥ずかしいじゃん。
やめてもらおうかな……。
「ふむ。ここからじゃな」
「えっ……?」
モニターに映ったのは父さんと兄さんだ。
2人は厳しい態度で誰かを叱りつけているようで、それを前にしている何者かはひどく怯えている様子だった。
「これは……もしかして俺か?」
目線なので姿は映っていない。
しかし2人が小太郎と呼んでいたので間違い無いだろう。
「うむ。小太郎の子供のころじゃな」
「子供のころ……」
それからも俺の子供時代らしい映像が続くも、記憶にあるものが一切無い。知らない映像が延々と続いていた。
目線の子供は間違いなく俺だ。
しかし目線の光景は俺の記憶に無い。
なんだか薄気味悪い心地だった。
「これって本当に俺の記憶なの?」
「そうじゃ。間違い無く小太郎の頭にあったものじゃ」
「けどこれって……たぶんこの世界で生まれ育った俺の記憶だと思うけど……」
大企業ジョー松の息子として生まれた末松小太郎。
映像の記憶は俺のものだが、正確には俺のもので無い別人のものだ。
「そうじゃ。この記憶はダンジョンのある世界で生まれ育った小太郎のものじゃが、しかしこれがお前の記憶でなければ、この世界の小太郎はどこへ行ったと思う?」
「えっ? いやそれは……えっと……どこだろう?」
深く考えたことは無かったが、言われてみればダンジョンのある世界で生まれ育った末松小太郎もいるはずなのだ。それがどこに行ったかと聞かれても、さっぱりわからないが……。
「どこにも行っておらん。その小太郎はお前自身だからじゃ」
「俺自身って、その……それってどういうこと?」
「最初に言った結論の通り、この世界は本来の世界が変貌している姿じゃ。そう言える根拠が記憶じゃ。わしと小太郎の頭にはダンジョンの無い世界で生きていた記憶がある。そしてはそれはわしらだけでなく、この世界に存在するすべての生物はダンジョンの無い世界の記憶も持っているはずなんじゃ」
「そ、そうなの?」
「うむ。しかし誰もが皆、ダンジョンの無い世界での記憶を忘れておる。例えるならば、パソコンのデータをゴミ箱で消去しているような状態じゃ。しかし完全には消えたおらず、その記憶は頭の中に残っておる」
「そうだとして、なんでそんなことになってるんだ?」
「わしもこういった分野は専門外じゃから詳しくはわからん。ただ、わからないなりにひとつ仮説を立ててみた」
「仮説?」
「うむ。本来の世界にダンジョンは無い。それがダンジョンのある世界へと変貌してしまったのは、なにかしら大きな影響を与える出来事が世界にあったのではと、わしは考えておるのじゃ」
「大きな影響を与える出来事……」
なんだろうと、俺は首を傾げる。
「その大きな影響とは……たぶん小太郎、お前じゃ」
「えっ? 俺?」
なんで俺? と、ふたたび首を傾げた。




