第115話 怒られるかもとビビりながら社長室へ……
「あれ? 先輩、お弁当ですか?」
午前中の仕事が終わって昼休み。
職場のみんなが外へ昼食を食べに向かう中、俺がカバンから弁当箱を取り出していると、それを見た早矢菜が不思議そうに聞いてきた。
「あ、うん。まあ……」
「へー。あ、もしかして社長の娘さんが作ってくれた愛妻弁当とか?」
「愛妻って……いや、これはあの子が作ってくれたんじゃなくて、えーっとその……母親が作って持たせてくれたものでね……」
「お母さんですか? ああ、ご実家が無くなって……あっ……すいません」
途中まで言って、早矢菜は気まずそうに謝罪の言葉を口にする。
俺の実家がジョー松の末松家なことは、先日の記者会見で知られてしまっている。 しばらくはちょっとした有名人だったが、世間の話題が移り変わるのは早く、大物芸能人の離婚が報道されると、あっという間に俺のことは忘れ去られた。
大手のスポンサーであったジョー松を当初は擁護して世間から叩かれたマスコミは、この話題の風化を急いだのか、やたら大袈裟にこの離婚を報道していた。
「ああいや、別に気にしないから大丈夫だよ」
「そうですか? けどすいません。あ、ご実家の件でお母さんが先輩の家にいるんですね」
「ま、まあそういうこと」
正確には母ではないのだが、まさか生物兵器と言うわけにもいかないので、そういうことにしておくしかないだろう。
「お母さんがお弁当を作ってくれるなんていいですねー。学生のころを思い出しますよ」
「うん」
外食ばかりでは栄養が偏るからと、半ば強制的に持たされたものだ。
しかしこの歳になって母親の手作り弁当を食べることになるとは。しかも子供のころに死んでいる母親の手作り弁当なので、なんとも不思議な心地である。
母さんの作った弁当を食べるなんて小学生以来か。まあ、作ったのは母さんの記憶を持っている幼女だが。
俺は弁当の蓋を開けて食べ始める。
やがて食べ終わりお茶を飲んでいると、スマホにショートメッセージが届く。
……社長からだ。
すぐに社長室へ来てほしいとのことが、なんの用だろう?
それを考えつつ部屋を出た俺は、エレベーターに乗って社長室へ向かう。
「うーん……はっ!?」
このあいだアカネちゃんの家に行ったときのことかもしれない。
あのときはお宅を拝見、もとい紅葉ちゃんのお胸の谷間を拝見したり、アカネちゃんの谷間に抱かれたりといろいろあった。
あの出来事のすべてを社長に知られていたら……。
それを考えると社長室へ行く足が重くなる。けれど行かないわけにもいかず、俺はエレベーターを重い足取りで出て社長室へと歩いた。
扉をノックし、部屋へ入るよう言われた俺は、社長に促されてビビりながらソファーへ腰を下ろす。
社長の家へ行った件でなにか言われるんだろうなぁ、怒られたりしたら嫌だなぁと恐れつつ、俺はソファーで俯いていた。
「昼休みに呼び出してしまってすまないね」
「い、いえ……」
向かいのソファーに座った社長に視線を送ると、意外に表情は穏やかだった。
「そんなに緊張することもないだろう。こうして2人で話をするのは初めてではないのだから」
「そ、そうですね」
とは言われても、先日の件で怒られるかもしれないし、安心してはいられなかった。
「さて早速だけと、君を呼び出したのは例の件について話があるからなんだ」
「例の件……」
ああやっぱり。
アカネちゃんはともかく、中学生の紅葉ちゃんに谷間を見せられて喜んじゃったのはダメだったよなぁ。
あのことが社長の耳に入ったのだ。だから呼び出したのだろう。
俺はむちゃくちゃ怒鳴られることを覚悟しながら、身を縮こまらせた。
「うん。小田原智のことでね」
「は? えっ? 小田原? 紅葉ちゃんのことでなく……」
「紅葉? なんで紅葉が出てくるんだ?」
「あ、いえ、なんでもないです……」
「……まあいい。それで小田原智のことなんだけどね、どうも行方不明らしいんだ」
「行方不明ですか?」
例の事件で自宅謹慎となり、それ以降あいつがどうなったのかはあまり気にしていなかったが……。
「家や奴のスマホに連絡をしても応答がないらしい。会社の者に自宅へ見に行ってもらったが、誰もいないようでね。近所に住んでいる人によれば、半月ほど前に智が外出するのを目にして以降は姿を見ていないそうだ」
「そうなんですか」
あんな凶悪なカスが、今どこでどうしているのかわからないというのは、社長にとって不安だろうとは思う。
「あ、専務に聞けばわかるんじゃないですか? 小田原の居どころ」
同居してるとか聞いたし、小田原がどこに行ったか知っているとしたら親父喜一郎くらいだろう。
「うん? ああ、社内の者にはまだ公表してないんだが……」
「えっ?」
「いや、ショッキングなことなのでね。忙しいこの時期に仕事へ影響が出てはいけないと思って、公表を遅らせているんだよ」
「それって……」
「専務の小田原喜一郎は自殺したんだ」
「え……」
小田原喜一郎が自殺。
それは確かにショッキングで驚いた。




