第113話 魔人化により漲る力(小田原智視点)
なにをされるのかはわからない。
多少の痛みくらいならば耐えるつもりで、智はメルモダーガの前に立つ。
「恐れることは無いよ。すごく簡単なことだ」
「別にビビッてなんかいねーよ」
そうは言いつつも足は少し震えていた。
「頭を出しなさい」
「なにをする気だ?」
「君の身体に私の魔力を注いで、邪悪な心を力に変える。その力は君の身体能力を飛躍的に向上させ、魔人としての邪悪なスキルを開花させる」
「スキルを……。それはどんなスキルなんだ?」
仮面野郎を殺せるような強力なものでなければダメだ。
藤河原や寺平が持っていた程度のものでは話にならない。
「それは君次第だ。君の心が邪悪に濃く染まっているほど身体能力は高く向上し、スキルも強力なものが得られる」
「俺は善良で優秀な上級国民だぜ。自信が無いな」
「君は最高の魔人になる。私が保障しよう。命を懸けてもいい」
「お前の命なんていらない。けど、そこまで言うなら賭けてやる」
智が頭を出すと、その頭頂部をメルモダーガの手が掴む。
「……こ、これはっ」
瞬間、メルモダーガは声を上げる。
「まさかこれほどとは……ふふ。智君、君はすごいよ。君は最高の……いや、史上最高最凶最悪の魔人になれるだけの素質があるっ!」
「ぐ、ああ……」
頭へなにかが流れ込み全身へ降りていく感覚。
痛みは無いが、頭からなにかが流れ込むこの感覚は経験したことのないもので、不快感が身体全体を巡った。
「お、俺の身体が……」
手が紫色へ変わっていく。
違和感に額へ触れると、そこには生え伸びるなにかがあった。
「あ、ああ……」
力がみなぎる。
自分の身体が変化していき、それとともに智は自分に力が備わっていくのを感じていた。
「……さあ、終わりだよ。頭を上げなさい」
「ああ」
頭を離された智はゆっくり身体を起こし、自分の全身を見下ろす。
円卓を囲む連中と同じ紫色の肌。
そして触れた額には角があった。
「どうだね? 魔人になった気分は?」
「最高だ。力が溢れてきてしかたねえ」
自分にどれほどの力があるのかは、実際に戦いでもしてみなければ正確にはわからない。しかし今までとはくらべものにならない力を身体に感じる。誰となにと戦っても負けるはずはないと断言できるほどに、智は自分の身体に凄まじいほどの力を感じていた。
「君の邪悪さは想定以上だ。私も驚いているよ」
「俺は邪悪なんかじゃねえって言ってんだろ。それよりも、なんで俺には角がひとつしかないんだ? こいつらは3本だ」
円卓の前に座る魔人たちに生えている角は3本だ。額に1本、左右の肩に1本づつの角が生えていた。
「魔人は進化するのだよ。最初の進化で右肩に1本。2回目の進化で左肩にも角が生える。進化をすればさらに強力な魔人スキルを得られる」
「進化はどうすればできる?」
「人間を殺せばいい。人間が死んだときに発生する生命エネルギーを吸収して、魔人は進化をする」
「わかった」
ならばすぐにでも人間を殺しに行って進化をしたい。
しかしその前にはっきりとさせて置きたいことがあった。
「魔人教団デュカスだったか。魔人になった俺はそこへ所属するわけだが、俺の教団での立場はあんたのひとつ下でいいんだよな?」
そう言った瞬間、円卓の前に座る魔人のたち全員の目がギロリと智を睨む。
そもそも誰かの下につくのは気に入らない。
これだけの強さを手に入れたのだ。教祖のメルモダーガより上は無理だとしても、同じ魔人連中の下に付く気などなかった。
「私の下は円卓の前に座る12人の子供たちだ。この子たちの下に他の魔人たちがいる。12人は基本的に同じ立場だが、長男のドルアンが子供たちのリーダー的存在ではあるよ」
「ドルアン……お前か」
メルモダーガの隣に座る魔人の男を見下ろす。
先ほど、怒り顔で立ち上がった長身の男だ。
こいつが立ち上がって声を上げたときはビビったが、今は微塵も怖さを感じない。むしろ侮りすら感じていた。
「なら、お前を殺せば俺が長男だな」
「……魔人の力を手に入れて図に乗っているようだな小僧」
立ち上がったドルアンが智を見下ろす。
「こんな不遜な奴はいらない。父上、こいつは始末します」
「まあ待ちなさい」
メルモダーガにそう言われるも、智を睨むドルアンの目から殺気は消えない。
「智君、ここに座っている12人の子供たちは私の手で作られた魔人の中で特に優秀な者たちなんだ。あらゆる場所へ行き、私の指示通り多くの人間を殺して進化してきた実績のある子供たちなんだよ。この円卓にあるイスは私を含めて13。そこに君が座るにはどうしたらいいか、わかるね?」
「俺にもその実績を積めって言うのか?」
「そういうことだよ」
「ちっ」
理解はできる。だが智は気に入らない。
自分は膨大な力を手に入れた。それなのにこの連中より下の立場なのは納得がいかなかった。
「はっはっ! 新入りが舐めた口を利いてんじゃねーよっ!」
そう声を上げたのは、智に『マリオネット』というスキルを使って屈辱を与えてきた郁夫という男だ。
「てめえは俺の靴磨きからやらせてやるぜ。雑魚のてめえにはお似合いだろ?」
「ああ?」
睨みつける智を、郁夫はヘラヘラとしたにやけ面で見ていた。




