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第104話 小さな母さんと

 暴露動画の第3弾。

 それを会見場で流されたジョー松社長の末松上一郎は逃げることができなくなり、追及するマスコミの前で崩れ落ちた。


 スキルサークレットによって行われたジョー松の行為はあまりに非人道的だ。主犯である社長の上一郎は逮捕され、専務の忠次も同様に逮捕された。


 多くの被害者遺族への賠償などで大企業ジョー松は破綻。

 創業300年の歴史は最悪の形で幕を閉じた。


「……」


 俺は雪華と2人で末松家の豪邸前に立っている。

 この家も賠償金の支払いで売りに出された。なんの思い出も無い家だが、実家を失うというのは少し物悲しい思いであった。


「ごめんな。お前の家も無くなることになっちゃって」


 ここへ来たのは雪華の荷物を取りにだ。

 とは言っても私物は服と本くらいで、たいした量でもなかった。


「構わん。わしには広すぎる家じゃったしの」

「うん……」


 あれから雪華は俺の家で暮らしている。

 豪邸に住んでいた子なので不満があるかと思ったが、特にそんな様子も無く平気そうであった。


「上一郎と忠次は残念なことになったがの。まあ自業自得じゃ。わしの記憶の半分にある2人を思えばかわいそうではあるがの」

「俺も……それは」


 この世界の父さんと兄さんは俺の知っている2人とは違った。しかし俺の知っている2人を思うと、気の毒には感じた。


「俺、父さんと兄さんからすべてを奪ってしまったんだな」


 家族を陥れた。

 彼らのやっていたことを考えれば後悔は無いが、少し辛い気持ちにはなった。


「お前は正しいことをしたんじゃ。本当ならばわしがなんとかしなければならなかったのじゃろうが……。辛い思いをさせてすまなかったの」

「いや、雪華はあの首輪があったせいで2人に従わざるを得なかったんだ。俺は雪華を救えてよかったと思ってる。後悔は無いよ」

「うむ……」

「そんなことよりも、スキルサークレットは全部廃棄されるかな?」


 ジョー松が破綻したため上一郎の言った回収が行われない。そのためスキルサークレットが販売されていた各国では探索者へ廃棄を求めているが、あまり芳しくは無いらしい。


「ふむ。無理じゃろうな」


 そう雪華は断じる。


「あれを使えば魔粒子を大量に身体へ取り込んで異形種になってしまうのは事実じゃ。しかし同時にスキルを発現できるのも事実なんじゃ。その事実がある限り、スキルサークレットは表から消えても裏で取引されることになるじゃろうな」


 スキルサークレット発売後にあったスキル発現できたというネットでの報告は、ジョー松の工作であったことが判明している。しかし極一部は本当にスキル発現をした可能性もあるらしい。


「異形種になってしまうときと、スキルを発現できるときの違いはなんなんだ?」


 なぜ異形種になってしまう場合とスキル発現できる場合があるのか、俺にはまだそれがわかっていなかった。


「単純に実力じゃろう」

「えっ? 実力?」

「スキルサークレットが販売される前にスキル発現を遂げていたのは、どいつもこいつもスキル発現前から深層で魔物を倒している猛者ばかりじゃ。深層でも戦える強靭な肉体と精神に魔粒子が適合して、スキルを発現させる。未熟者では魔粒子の力に肉体と精神を食われてしまうということじゃな」

「な、なるほど」


 その未熟者が異形種になってしまうというわけか。


「しかし深層にも異形種がいるということは、そこに至れる探索者でも異形種になってしまう可能性があるということ。もしかすれば強靭な肉体と精神力以外にも、なにか必要なものがあるのかもの」

「そうか」


 なにかしらの才能が必要なのだろうか?

 そんな気がした。


「しかしお前は不思議じゃ」

「不思議って?」

「魔物化したわしの身体には何千人もの人間を異形種に変えることができるくらいの魔粒子が蓄積しておった。それをすべて吸い出してなにごともないのが不思議だと言っておるのじゃ」

「う、うん……」


 異形種化するわけでもない。

 かと言ってスキルを発現するわけでもない。


 ただ魔粒子を大量に身体へ取り込んだことで、強く力が増大をしていた。


「前に異世界がどうとか言っておったな。あれはどういうことじゃ?」

「あー……えっと、俺が異世界に召喚されて10年間くらい魔王をやってたって言って信じてくれる?」

「魔王……」


 呟いた雪華は荒唐無稽な話を嘲笑うことなく、真剣な表情を見せる。


「その魔王というものがどういうものかはわからん。しかし魔粒子を大量に身体へ取り込んで何事も無いお前の特異性を考えると、理由はそれかもの」

「俺が異世界で魔王をやってたなんて話を信じてくれるの?」

「いい歳をしてそんな馬鹿げた嘘は吐かんじゃろ」

「そ、それはまあ……」

「それに、親を騙すような子に育てた覚えもないしの」

「育てられてないです……」

「ふふっ……」


 からかったのか、雪華は俺を見上げていたずらっぽく笑う。


「しっかりしていた忠次と違って、お前はおとなしくて母親に甘えてばかりの子じゃったからのう。お前を残して死ぬのは不安じゃった」

「……」


 それを聞いて俺は思い出す。

 死の間際、病床で手を握る俺を母さんが心配そうに見つめていたことを。


「ママ、ママとわしに甘えておったお前がまさか異世界で魔王をやっておったとはの。子供の成長とは親の想像を超えていくものじゃ」

「……魔王は昔のことで、今は普通のサラリーマンだよ。権力者じゃないし金持ちでもない。つまらない人間に育ったよ」

「元気に生きてさえおればそれでよい。研究者としての末松冬華は、自分の研究成果を知りたくて記憶を残したが、わしにとっては研究成果などどうでもよいことじゃ。お前が元気に成長した姿を見れた。記憶を残して良かったのはそれだけじゃ」

「か、母さん……」


 俺は雪華を見下ろして思わず呟く。


 小さな雪華の姿が、記憶にある母さんの姿と重なる。


 この子は母さんじゃない。

 けれどこの子の中には間違いなく母さんの心があると、そう思えた。


「あ、いやごめん。雪華は母さんの記憶を持っているだけだもんな」

「構わん」

「えっ?」

「こんななりでもよければ、母と思うがよい」

「う……うん」


 完全に母さんと思うのは難しい。

 しかし雪華は子供のころの俺を知っている唯一の存在であり、大切な家族ではあると考えていた。


「うむ。では晩飯の買い物でもして帰るかの。なにか食べたいものはあるかの?」

「あ、じゃあ……ハンバーグ」

「ふふ、変わっておらんな。いいじゃろ。ひさしぶりに手製のハンバーグを作ってやるとするかのう」


 そう言って嬉しそうな笑顔を見せる雪華。

 俺は子供のころに食べた懐かしいハンバーグの味を思い出しつつ、雪華に手を引かれて買い物へ向かうのだった。

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