その94 【Sword & magic fantasy online】
Sログで噂される、とある少年の過去の話
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スモッグで濁っているのだろうか。空を見上げると工場から出るであろう濁った煙が空を覆い太陽からの光を遮っていた。所々煙の隙間から時折覗かせる夕陽の光が地上を照らす程度で全体的に薄暗い。
地上は空と同じ様な土埃にも似た濁ったスモッグに包まれており、建物は工場にある様な錆びたトタン板の壁が乱雑に継ぎ接ぎされて、まるでスプラッターを寄せ集めたゴミの塊の様な粗雑な造りのものが建ち並んでいた。
そんな建物が並んでいる場所の中央に、一際目立つ高い建物があった。
その高い建物は、地上にあるトタン板で作られた建物を積み木の様に積み重ねたかのように建造されており、高く存在してはいるが、まるでスラム街の高層ビルみたいな粗末さが周りの建物と同じ安っぽさを醸し出している。
何処か壊れたら一気に瓦解しそうな建物の塊。その上層にベランダの様なスペースがあり、辛うじてだがそこでは周りの景色が一望出来た。
そこから見渡す景色は、地平線まで似たような建物ばかりで絶景とは程遠い景色が広がっている。敢えて良い箇所を挙げるとするなら、空から時折地上に差す光の線だけが綺麗だといえよう。
そんな場所から地上を見渡すと、そこにはおよそ人間が住める様な場所ではないと見て取れる街の風景が見下ろせた。
そんな場所に住んでいる人間はどんな人間なのか?
その場所を高い建物から覗き見れば、そこには小さな人影がチラホラ窺える。
その人影を更によく目を凝らして観察してみると、そこには上半身が人間で下半身がロボットみたいな者や、頭がテレビで身体が人間など、普通ではない変わっている容姿をしている者ばかり。
そう。ここはゲームの世界。
《Sword & magic fantasy online》
チーターやハッカーが堂々と大通りを闊歩し
何処だろうと日常的にPKが行われ
ありとあらゆるバグが蔓延る
サービス開始当初の世界の姿はハッカーに変えられ
弱い者はとことんチーターに狩られ
ハッカーやチーターではない者は憂さ晴らしで初心者相手にPKを行い
システムの不具合が起きても尚放置され
運営に苦情を送ると、それがこのゲームの醍醐味だと一蹴され続けた
何もかもが荒れ果て、狂い、殺伐とした、
救いようのないバーチャルの世界
人気があるのは、今までに無い最先端技術を取り入れた画期的なゲームと言う世間の風評があるからだ。
しかしそれは建前で、本当の理由は『このゲームをプレイ出来る者は真のゲーマーだけ』と、そんな煽り文句がネットで広がり、面白半分、本気半分でプレイする人達が後を絶たないからだ。
そんな腐った世界を一望出来るそのベランダの様な場所に、とある2人の人物がいた。
1人は年寄りで背筋が丸く、身体が小さな老人。
そしてもう1人は銀髪の猫耳をした少年。
「もういいのじゃ。お主が気にする必要はない」
老人は周りの景色を見ながら優しく微笑み少年に言った。
「でも大切な物だったんでしょ?」
「ばあさんと初めて取った思い出の装備……じゃが、所詮レア度の低いどこにでもあるデータの塊じゃ。現実の物ではない」
「でも私にとっては……ここは現実だよ?……取り返してくる」
「よすのじゃ!罠じゃと言ったじゃろう。お主を討伐しようと千人規模のチーターやハッカーが待ち伏せしておる。中にはランカーもいると噂じゃ。わたしゃの為にお主が危険な目に合う必要はない。わたしゃお主に死んで欲しくはないのじゃ」
「……㤅は何もするなって言ってたけど、じゃあ私が生まれた意味は?ただこの世界を眺めるだけ?貴方の苦しんでる姿を見る事?そんな事の為に生きてる訳じゃない!そんな無意味な生、私は嫌だっ!」
「生まれた事に意味など求めるな。それぞれがあるようにあるだけ、それだけじゃ。大事なのは意味ではない。生きる事じゃ。生きてさえいれば意味より大事なものも見付かる。それに㤅はお主の事を思ってそう言ったのじゃ。分かってやるのじゃ」
老人の言葉で、下を向き不服そうにする少年。
「……」
「……」
2人の間に沈黙が流れる。
その沈黙が数分の時を刻むと、老人は少年に向かって、覚悟を決めたような様子である事を伝える為に、ゆっくり、ゆっくりと、口を開く。
「……今迄……黙っておったが……身体の調子がの……最近良くないのじゃ。おそらくわたしゃもう長くないのじゃ。この世界にログイン出来るのも、これで最後になるじゃろう」
「えっ!?な、何で!?私のせいで!?そんな!やだよ!生きる事が大事って今言ったばかりじゃん!」
「お主のせいではない。これが人間の寿命なのじゃ。わたしゃ十分長生きをした。お陰でかけがえのないものを幾つも見つけられた。お主はわたしゃが最後に見つけたかけがえのない者じゃ。今、医者の先生に我儘を言ってログインしておる。お主と会うためにの……ここに来たのは……最後にこれだけをお主に伝えたかったからじゃ―――」
「人生最後にお主と出会えて、わたしゃ幸せじゃった。ナナシよ。お主は生まれた世界で楽しく幸せに
生きておくれ
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少年の眼前に黒い靄が広がり、夢は終わりを告げた。