その87 拷問部屋の掃除
黒猫は掃除をしていた。
これまた黒猫のいた牢と遜色ない暗く冷たい石で囲まれた地下にある部屋。
違いがあるとすれば、見た事ない棘のついた椅子や、床に血や生物の臓物が散らかっている事。
普通なら消える様な物を黒猫はモップで一生懸命削ぎ落としながら掃除する。
拷問部屋だろうか。雰囲気を出すには些か過剰過ぎる気もするが、これらの謎の物体のせいでここだけホラーゲームみたいになっている。
「何をしたらこんな物が出るのじゃ……ぬぅ……取れぬ……とりゃ!」
バシャーン!
黒猫はバケツをひっくり返して水を床にぶち撒ける。恐らく汚れを落としやすくして掃除をしやすくする為だろう。
「掃除完了じゃ」
違った。掃除が面倒臭くなっただけだった。
「終わったか新入り……おい」
茶髪の男が様子を見に階段を下りて来たが、部屋の汚さが変わってない上に水浸しで更に酷くなっているのを見るや否やその顔に影を差す。
「終わったのじゃ」
男はゆっくり黒猫に近付くと黒猫の首筋に手を伸ばす。
シュッ!ガッ!
「のぐっ!?」
「舐めてんのか?終わったじゃねぇ。殺すぞ」
茶髪の男は目を見開いて黒猫の首を片手で締め上げる。
「舐めた真似してたら、てめぇをこの部屋のシミに変えてやる。次はねぇぞ」
ドゴッ!
今度は黒猫のお腹に茶髪の男の拳が入る。
「ガフ!ゴホゴホゴホ……」
黒猫はそのまま汚い床に咳をしながら倒れ込む。
茶髪の男はそのまま階段を上がって戻っていった。
「じ、地獄なのじゃ……うぐ……参ったのじゃ。コノルにも会えぬし、理不尽な暴力は振られるし、お腹空いたし、怒る気力も起きぬのじゃ……」
グチグチと不満を零しながら立ち上がる黒猫。
「さ、最初は……そ、そんな……も、もんだよ……ふ、ふひ」
黒猫の横にいつの間にか棄世がおり、座り込みながら黒猫を見ていた。
「ビックリしたのじゃ。いつ入ってきたのじゃ?」
「ぜ、全然……お、驚いてる様に……み、見えなかった……けど?……た、たった……い、今……だよ」
「出入口は一つしか無かったのじゃ。お主の姿は見えんかったのじゃが?まぁ色々検討は付いたのじゃ。わざわざありがとうなのじゃ」
「い、意味……わ、分からない……や、奴……」
そう言って棄世は黒猫に千切れたパンを投げる。
「ぬじゃ!?食べ物!?重ね重ねありがとうなのじゃ!!」パク!
黒猫は高揚とした表情でパンをほうばる。
「ふ、へへ……お、面白い……せ、せいぜい……こ、殺されない……よ、様に……ね?」
「うむ。わたしゃお主が気に入ったのじゃ。またいつでも来るのじゃ」
「ちょ、調子に……の、乗ってたら……わ、わたしが……こ、殺すから……じ、自重……し、しろ」
「ぬはは。ウケる」
棄世は黒猫を睨みながら、ダボダボの帽子を引きづって階段を上がって行った。