その84 【シャドーフェイス】へ潜入
看守員に担がれながら目的の場所へと運ばれている途中で黒猫は目を覚ます。
「……ぬじゃ?ここは……何処じゃ?」
黒猫は担がれた状態で辺りを見渡す。
「起きたか。後は自分で歩け。真っ直ぐ行った先にギルドルームの小屋がある。ここまで運ぶのは契約に無いんだぞ。まったく、どうしてアフターケアまで……」
そう言って、看守員は黒猫に目もくれず、ブツブツ言いながらさっさと来た道を帰っていく。
「……?」
状況が分からないまま森の中に1人放置された黒猫。
暗く先が見えない中、言われた方角に向けて歩み始める。
擬似月明かりの照らす薄暗い夜道を歩きながら、黒猫は考える。
わたしゃ何処に向かってるのじゃろう?まぁ良いか。
道はおろか目的の先も何も見えない。
普通なら不安や焦燥感等を感じる場面なのだが、黒猫は呑気に歩いていくだけ。
「あ、そうじゃ。確かブラックギルドに向かっておるのじゃな。潜入なのじゃ。思い出すわたしゃは天才じゃな」
歩いている間に色んな事を思い出し、自画自賛する黒猫。
そんな黒猫は10分やそこら森を歩き続けていると、先に明かりが見えてくる。人工的で暖かそうな明かり。目的地の小屋だ。その小屋から発せられる光に近付いていくと、小屋の扉が独りでに開く。
中から茶髪の男が黒猫を出迎える。
「聞いてた時間を数時間も遅れるとはいい度胸だな」
男は黒猫を見るや否や嫌味を発すると黒猫を中へと入るように首を振ってジェスチャーする。
なんじゃか嫌な態度の男じゃな。じゃが潜入じゃし、コノルの為にも我慢なのじゃ
初対面の癖に第一印象が最悪な男に黒猫は殴り掛かろうかと思いつつも、NNの言葉を思い出して我慢する。
中に入ると、中には茶髪の男を含めた5人の男女がいた。
小屋の中は思ってた程小さくなく広々としている。
中は洋風の机や家具等が置かれて、赤いカーペットが敷かれているがどこか殺風景な雰囲気が漂う空間で黒猫は5人の人物に見られながら自己紹介を始める。
「のじゃ。わたしゃが黒…………新入りの『無』じゃ。よろしくなのじゃ」
黒猫は自分の本当の名前を名乗るのはマズイと思い、咄嗟に別の名前を名乗る。
危ないのじゃ。名前は知られておるが、確か顔はバレてないとかギルマスは言っておったの。ならば名前を伏せているに越したことはない筈じゃ。わたしゃ天才じゃな。
当たり前の事をしているだけだが、黒猫にとっては奇跡に近いファインプレーである。
だが誰も黒猫に興味なさげで、茶髪の男以外黒猫を見ようともしない。
「軟弱そうな女だな。てめぇの得物は?」
「『無限』じゃ」
「……あ゛?」
「???」
男は黒猫が突然訳の分からない事を言ってきて眉間に皺を寄せて睨みつけてくる。
一方黒猫は、目の前の男が自分の言っている事が何で分からないのかが分からないと言った様子で首を捻って男を見る。やられる側からしたら、なかなかにムカつく反応である。
「…………」
「…………」
互いに無言状態で見つめ合う形のまま時間が過ぎていく。
ガシャーン!
すると突如茶髪の男は黒猫のお腹に勢いよく蹴りを食らわせてくる。
黒猫はお腹を蹴られて近くにあった小さな机と花瓶を巻き込みながら転がった。
「……ぬ、ぐ…………いきなり何するのじゃああああ!」
黒猫は立ち上がると我慢せずに怒って茶髪の男に殴り掛かろうとする。
すると一番近くにいた女性が黒猫の首筋を掴んで地面に押さえ付けて止めにくる。
その女性は、変わった形のニット帽みたいなのを頭に被っていた。
変わった形と言うのも、そのニット帽の大きさが尋常じない位大きく、帽子の横にはイヤーパッドが付いているが、それは腰まで続く位長く垂れ下がっており、帽子の後ろはそのままマントになるんじゃないかと言うくらい大きく、帽子なのに地面に引き摺られているという変わった特徴をしていた。
所謂ファニーハットと呼ばれる帽子。しかしここまで極端な物も珍しい。
部屋の中では誰もが普通の格好をしている中で、あまりにその女性だけ歪な格好をしているので、黒猫は地面に押さえ付けられている怒りよりも、その格好の方に興味がいってさっきまでの怒りを鎮火していた。
「お主、その格好動き辛くないかの?」
「……べ、別に……お、お前に……い、言われる筋合いは……な、ない」
「え?なんじゃって?」
あまりに小さな声と吃る口調のせいで良く聞き取れず、黒猫は押さえ付けられながら聞き返す。
「おいおい、あんまり棄世さんを挑発すんな。死にたくねぇならな」
茶髪の男は口元に笑みを浮かべながら黒猫を見下ろしてそう忠告する。
その言葉を聞いて黒猫は再度棄世と呼ばれる自分の上に乗っかっている女性に質問する。
「強いのかの?」
「お、押さえ付け……られ……てる……の、のに……じ、実力が……わ、分からない……なら……だ、黙れ」
「なんじゃって?」
やはり聞き取れないので聞き返す黒猫。
「こ、殺す……よ?」
「聞こえたのじゃ。『ここ押すよ』じゃな。いきなり何言っとるのじゃお主は?」
「こ、殺す……」
棄世と呼ばれる女性がそう言うと、部屋の明かりが一斉に消えて、小屋の中が真っ暗になる。
何も見えないが、何故か人の気配が5人以上になっている事に黒猫は気が付く。
「なんじゃ?10……12人?何処から増えたのじゃ?お主か。何をしたのじゃ?」
黒猫がそう言うと、小屋に明かりが戻る。そこには入った時と同じ5人しか人はいない。
黒猫は頭にハテナマークを浮かべながら、押さえ付けられた状態でキョロキョロと辺りを見回すが人がいた痕跡や出入りした痕跡はない。
どういう事じゃ?
「へ、へぇ……か、勘が……いい……ね……こ、コイツ」
棄世は黒猫の首筋を離す。
何も変わってない。しかし、小屋の中の名前も分からない3人が冷や汗をかいている事に黒猫は気が付く。
……ぬじゃ。この焦りよう。こやつがこの中で1番か2番か。力関係が大体把握出来たのじゃ。
黒猫は凡その目星を付けると立ち上がる。
「なるほどなのじゃ。お主か、お主がこのギルドのマスターかの?」
冷や汗をかいてない青髪の男と棄世の方を交互に向いてそう尋ねる。
「ふ、ふひひ……こ、コイツ……よ、弱いけど……つ、つかえ……そうだ……ぶ、ブルー……さん」
「……珍しいな。誰よりも殺しを楽しむ『殺し屋棄世』が殺しを止めるとは。使える使えないかは別として、お前が認めるなら捨て駒位にはなりそうだな。歓迎はしないが迎えいれてやる。この【シャドーフェイス】に」
先程まで緘黙だった青髪の男が口を開いてそう言うと、他の2人も黒猫の方を向くが、目は歓迎していなかった。
常人なら押し潰される威圧と殺意の中、黒猫は楽観的でのほほんとした表情で、潜入が成功した事を心の中で喜ぶ。
ぬじゃ。侵入成功じゃ。わたしゃ天才じゃな。