その83 【re:ペア】のギルドマスター
とある酒場で、木製の丸いテーブルに足を乗せて椅子に座りふんぞり返る女性がいた。
その女性の容姿は紫の髪と赤黒い髪を後ろで交互に交差させた変わった長髪で、身なりは自身の髪と似た様な黒と赤を基調とした色のローブを着ていた。
胸の辺りには金の髑髏を、腰には心臓の形をした宝飾品などをぶら下げ、禍々しいが豪華な装飾の成されたそのローブはその女性が只者でないと思わせる程強いインパクトがあった。
そんな彼女は苛立ちを顕にしながら何度も足で机の上をトントントンと叩く。
「「「………………」」」
黙っていても威圧感があるその女性の怒りに触れまいと周りの者は皆息を殺して大人しくしている。
誰も喋らず、女性が机を足で叩く音だけが狭い酒場に木霊する。
息をする音すら許さないと言われている様なの存在感。
その女性の正体はこのゲームの世界の誰もが知っていた。
ブラックギルド【re:ペア】
ギルドマスター『破壊者ゲバラ』
この世界最大のブラックギルドであるギルドのマスター。あまりに強力で強大な力とネットワークを有する為、どんな人間も手を付けられず、やむ無く放置されている程の犯罪者ギルドのトップ。
「チェ。なんだって金を払わねぇボロ店の一つ処理出来ねーんだ」
ガシャーン!
ゲバラは机を蹴り上げて、窓の外まで吹き飛ばす。
軽く蹴った筈なのに、その飛び様に周りはビクッと反応してゲバラと目が合わない様に急いで下を向く。
「チェ。おいお前。あたいのギルド名を言ってみろ」
「り、リペア……です」
「ああそうだ。世界を再構築し癒すギルド、【Re:ペア】だ。この世界で唯一無二の秩序を確立させたギルドだ。で?知っててこれか?用心棒なんざ雇ってよ。チェ、いい度胸だな」
ゲバラの周りには3人の人物が倒れていた。
床に倒れている3人は相当な実力者で、店はブラックギルドからの莫大な上納金を跳ね除ける手として彼等を用心棒として雇っていた。
ブラックギルドの集金人は全員その用心棒の彼等にやられ集金がなかなか行えず手に余っているところ、突如ブラックギルドのトップであるゲバラが出張ってきて彼等を半殺しにしたのだ。
3人共HPはあるものの後一撃で死ぬ寸前まで削られており、足は外傷ダメージでズタズタに引き裂かれ立つことすらままならない状態にされていた。
彼等の状態異常は気絶。逃げる事も戦う事ももう出来ない。
彼等を雇った手前、店側はもう後には引けない。だがこうなってしまっては取り返しもつかない。謝るしかない店の店主は冷や汗を滝の様に流しながら必死に頭を下げる。
「お、お金は払いますから、ど、どうか……」
「勘違いしてんな。あたいは舐めた態度の落とし前をつけに来たんだ」
そう言うとゲバラは、バカでかい大剣の様な武器を、命乞いをする酒場のマスターに向ける。
その大剣の刃は持ち手の後ろにも刃が付いた両剣仕様で、どちらの刃も波打つ波状のような形をしており、その武器の形だけで並大抵の相手は臆するであろう凶悪な見た目だった。
「チェ、おいお前、あたいの通り名を言ってみな」
「で、デリーター……です……」
「ああそうだ。正解だ」シュッ
そう言うとゲバラは座ったまま両剣を振り下ろすと倒れている3人の用心棒の内の1人の首を切り落とす。
すると首を切り落とされた用心棒は消えて無くなる。
死んだのだ。こんなに呆気なく。蘇る事が叶わないこの世界で。
その事実にゲバラ以外の酒場にいる全員が戦慄く。
「ヒッ!?」
「破壊はあたいのライフワークさ。舐めたマネしたらこうなるのは当然だろ?お前らおもちゃなんざいつだって潰せるのさ。次ぃ、お前は今なんで生かされてるのか言ってみな」
「あ、あ、貴方様の……お慈悲で」
「残念不正解だ。死ぬまでの猶予があった。ただそれだけだカス」シュッシュッ
ゲバラは残った2人の首を切り落として完全に彼等の息の根を止める。
「ヒッ!も、申し訳ございません!今後支払いは必ず行うのでどうかお助け下さい!」
「支払いはもういい。欲しいのは金じゃねぇからな。そうだな……お前にチャンスをやろう。敗者復活のラストチャンスだ。喜べ。最後にあたいが今一番欲しいもんを言ってみな」シュッ
「あ……それは……れ?」
突如現れた浮遊感を感じた瞬間、ゲバラが自分を見下ろしていた。いや、何故か景色を地面から眺めていたと言った方が正しいか。土下座をしている訳ではない。かといって地面に伏せた訳ではない。落下した様な感覚が自身の身体に巡ると身体が動かなくなっていた。
周りの人間の視線が自分に注がれる。誰もが目を見開いて恐怖に歪んだ顔を向けてくる。
そして景色が転がる様にかわり、ある物が目に映る。
首のない自分の身体。それで漸く首が地面に落ちた事を認識した。
「あああああ!?いやだあああああ!?死にたくないいいいいいぃぃ…………――――」
マスターは自分が首だけの状態になった事を理解すると大声で断末魔を上げて光の礫となり消えて、亡くなる。
「あたいが今一番欲しいもんはな。お前の断末魔だ。正解さ。だが、割に合わねぇなぁあ。ここまで出向いてゴミ掃除か。なぁおいお前」
ゲバラは店の隅で座っている男に話し掛ける。
男もまさか自分の事を呼ばれるとは思って無かったのか、絶望したような顔でゲバラを見る。
「……あ、は、はい……わ、私に何か?」
「チェ、いちいち怯えんな。ここに観測者が立ち寄ってるって噂を何か知らねーか?」
「か、観測者?それはいった―――」
「チェ、質問したのはあたいだ。質問し返すな」シュッ
「か、かっ、は……」
バタン……
男の身体は縦に真っ二つになり消えて無くなる。
周りの恐怖心はより一層高くなる。今にも逃げ出したい気持ちを抑え気が狂いそうになる空間を耐える残った者達。動けば死。しかしここにいても死んでしまう可能性が。
死にたくない者達はただゲバラの顔色を窺いながら、ゲバラの気分次第で自分が狙われないようにと祈るばかり。
そんな時、店の中に誰かが入ってくる。
「そんなにバンバンPKしていたら世界が成り立たなくなりますよ?リアルと違ってこの世界の人間は減る一方なんですから」
頭にターバンを巻いて後ろからポニーテールをぶら下げ、眼鏡を掛けたインテリ系の男はゲバラに気安く話を掛ける。
「チェ、伯瀬か。成り立たなくさせてんだ。そうすりゃ観測者があたいを始末しに姿を現すかも知れねーだろ?お前らと違ってあたいはまだ完全に諦めたって訳じゃねぇんだ。actの糞馬鹿野郎はあと一歩の所まで行って死んだが、アイツの死で観測者がいる事は分かった。だから観測者を探してんだろ。それより情報は?」
「喫茶山吹、酒場のオアシス。翔大。飲み屋舞さん。露店居酒屋蟻地獄、レストランポンデンプリム、その他30件。このどれかに観測者が現れるそうですが、あの情報屋レウガルすら入手出来てない情報です。早い話がデマでしょう。我々が雇っている情報屋は当てになりません。バカにされてますよ」
「チェ、観測者を探すついでに、舐めた店潰し回って分かったのが部下が無能ってだけか。チェ、あの情報屋殺すぞ。代わりに情報屋レウガルを雇え」
「話をした筈です。囲っている奴が【赤壁旅団】の『太刀使いillegal』では雇えないですよ。力が強過ぎる。それにあの情報屋はブラックギルドに情報を渡さないようにしています」
「じゃあレウガルと繋がりのある奴を雇って情報を横流しさせろよ。やりようは幾らでもあるだろ」
簡単に仰る……
無理難題を突き付けてくるゲバラに、伯瀬は顔には出さないが心の中で嫌な顔をしていた。
「まぁ、その件は早々に解決しますよ。それよりゲバラさん。174界の【シャドーフェイス】で新入りが入って来るそうですが見ときますか?」
「なんであたいが一々そんなもん見なきゃなんねぇんだ?お前バカか?」
「変わった新入りらしく」
「知らねーよ。焼原の奴がギルドマスターだろ。奴に任せとけ」
仮にも殺し専門の下部組織なんだから、下手な奴入れると我々の首を絞める事になるのに。勘弁してくれよ。それに焼原は【薬死寺】に移って今はブルーハートの奴がギルマスだって。まったく……下に任せっぱなしの上司もどうだろうか……
「分かりました」
不満あり気な心の声を我慢して、男は頭を下げでゲバラの言う事に従う。
「まぁ名前位は聞いといてやるよ。なんてプレイヤー名だ?」
「それが、バグか何かで名前が表記されてなくて分からないとか。そいつは自分の事を『無』と、そう自称しているそうです」
「表記されてないだと?空欄登録の奴か?いや、同じ名前のプレイヤーはいない筈………ならバグでプレイヤー名を弄ったプレイヤーか……それとも……ああ、興味が湧いた。行くぞ」
ゲバラは少し思考し、ある結論を導き出すと自身の巨大な武器をアイテム画面に直して立ち上がる。
「どちらに?」
「チェ、【シャドーフェイス】にだ。その新人とやらを一目見ようじゃないか」
巨大な両剣を仕舞ったゲバラは伯瀬と共に174界に向かった。