その8 レイドボス
―――4界―――
そこは自然に囲まれ、澄んだ色の湖が広がり、たまに吹くそよ風が心地良いフィールド。
敵も少なく、休憩界と同じ位安全だと言われているこの界で
黒猫とコノルは、敵と対峙していた。
というより
全力で逃げていた。
それはもう全力で……
「な、な、なんで!レイドボスが!?低い界ほど出現率低いはずでしょ!?」
「ツイてないのじゃ!ツイてないのじゃ!最近ツイてないのじゃ!」
レイドボスとは界にランダムで出現する強敵で、その強さは界ボス以上と言われている。
早い話、この二人で敵う相手ではない。
顔は牛で身長4メートルはあると思われるレイドボス【ミノタウロス】は両手斧を片手で振り回しながら、鬼の形相で2人を追い掛けてくる。
実の所、レイドボスはこの様に突発的に現れる非常に厄介なボス級の敵なのだが、倒すことが出来れば、かなりレアなアイテムと武器がドロップするので狙う人も多い。
しかし、そのせいで命を落とすプレイヤーが多いのも確かだ。
レアドロップに目がくらみ、少人数でレイドボスに挑み返り討ちに合い死んでしまうといった事はこの世界では珍しくない。
むしろ低レベルのプレイヤーは現れたら逃げる様に注意喚起されている。
それ程にヤバい敵なのだ。
特に今2人を追いかけ回すこのミノタウロスはヤバかった。
「ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛……カ゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!」
ミノタウロスが巨大な斧を振り被って投げてくる。
その斧はブーメランの様にグルグル回りながら黒猫達目掛けて飛んできた。
「あああ危なーい!?」
「ぬのじゃあああ!?」
ズサーッと二人は前へと転けるように滑って斧を回避する。
斧は2人の頭上を超えて前の森へと飛んでいくと、まるでボーリングのピンを倒すように木々と言う木々を薙ぎ倒してミノタウロスへの腕へと戻っていく。
パシンッ!
「グガア゛ア゛ア゛ア゛!!」
「「………………」」
あまりの破壊力に2人は言葉が出ない。
ヤバい理由、それは攻撃力が高くてHPが~……とかいうレベルではなく、当たり所が悪ければ外傷一発アウトの即死コースだからだ。
そう。このミノタウロスは世にも珍しい即死技を持っている敵。
勝てないだけでなく、上手く逃げれなければここで死んでしまうヤバい敵なのだ。
何故こんな事になったのか、数分前へと遡る。
――
「あっりじごくっ♪あっりじごくっ♪ぬはは、何を頼もうかの~」
「猫さん。貯金は少ないからほどほどにしてね。『猪サイプスの欲張りチャーハン』なら安いしお腹一杯になれるから」
「わたしゃ、あれ、嫌いじゃ。旨いが肉が固いのじゃ」
そう言って黒猫は近くにあった壁へと凭れ掛かり、チャーハンについて腕を組んで語り出す。
「そもそも下拵えからおかしいのじゃ。肉を柔らかくするために回復薬に浸けるとか言っておったが」
「……猫さん」
「浸けてなかった上に、布団のように干しておったのじゃ」
「……ね、猫さん」
「干してどうするのじゃ干して!そんな事せず素直に肉を叩けば良かろう、がっ!」ペチンッ
黒猫を凭れ掛かるのをやめると後ろの壁にパンチして勝手にヒートアップした怒りの感情をぶつける。
「……ね、猫さん……それ……何?」
コノルは真っ青に成りながら黒猫がパンチした壁に指を差す。
「うむ?ふむ」
黒猫はゆっくり首を上げると、そこにはミノタウロスの顔があった。
ブワッと冷や汗が溢れ出る。
――回想終了――
「何でこうタイミングばかり悪いのか……」
「……コノルよ。運が下がるアイテムを装備してないかの?」
「……それを聞く前に、先に自分の装備を調べた方が良いのでは?」
二人は俯せ状態で顔を見合わせながら、互いに疑いの目を向ける。
「ウ゛ウ゛ウ゛……カ゛ア゛ア゛ア゛ア゛」
シュンッ!ドゴーン!
「きゃああああ!?」
「のじゃあああ!?」
2人の真後ろにミノタウロスは風圧攻撃を仕掛けてきた。
2人はそのまま前へと前転しながら吹き飛ばされる。
「に、逃げよう!今はとにかく逃げよう!」ダッ!
「そ、そうするのじゃ!」ダッ!
鮮やかに受け身を取り、二人は直ぐ様走り出す。
幸いにもミノタウロスは見た目通り動きがトロい。なので距離を離す事は難しくはない。
問題は投げてくる斧攻撃だ。
距離を開けたらミノタウロスは直ぐ様斧を投げてくる。
その度に二人は悲鳴を上げて回避する。
ギリギリで。
「ああ!!あああ!!あああああ!?」
「のじゃ!!のじゃあ!!のぎゃああ!?」
避難訓練のように頭を両手で庇いながら走る黒猫と、ミノタウロスの動きを見ながら全力疾走するコノルはミノタウロスが攻撃モーションに入る度に声を上げる。
ビュンッ!
「「ぎゃあああああ!?」」
ミノタウロスの攻撃がカスる度にHPがゴリゴリ削れる。
気が付くと2人共HPがレッドゲージだった。
「死んじゃう!!次攻撃カスったら死んじゃう!!」
「当たってないのになんて事なのじゃ!カスみたいな死に方じゃの!」
「言ってる場合か!ヒーリングサークル使ったらRTの間に攻撃されて死ぬ!どうしよう!回復手段がないよ猫さん!」
「待つのじゃ!確か……」
黒猫は突如何かを閃き、自分の服にあるポケットをまさぐる。
「まさか猫さん!」
コノルは現状打破のアイテムを期待して、キラキラと期待の眼差しを黒猫に向ける。
「あったのじゃ!回復アイテム!」
ポケットから取り出したのは飴玉だった。
『【飴玉】回復アイテム 回復量+20 小腹にどうぞ』
コノルの最大HPは5200
これから察する事ができるだろう。
ゴミだった。
「ねっこさんっ!!それはっ!!回復アイテムとはっ!!言わないぃぃ!!」
コノルは凄い悔しそうに歯を食い縛りながら残念がる。
(期待した分の落差が激し過ぎて吐きそう!)
自分の胸の辺りをギュッと握って吐き気を少しでも緩和するコノル。その横で飴玉を舐め始める黒猫。結局お前が食うんかい。
そうこうしてると、いつの間にか斧の攻撃が止んでいた。
走りながら後ろを向くと、そこにミノタウロスの姿はなかった。
2人は全力疾走からゆっくりとスピードを落として止まる。
逃げきれたのだ。
「……美味しいのじゃ」
「……逃げきれた感想がおかしい」
「「…………」」
2人は顔を見合わせる
「「あははははは!!」」
2人は力が抜けたようにその場にヘタリこむと、何が可笑しい訳でもないが、極度の緊張から解放されて大声で笑ったのであった。