その68 銀髪で猫耳の少年
黒猫は仰向けになりながら、ぼー……と空を眺めていた。
ただ何となーく空を眺める。特別空には何も無い。
何も考えず、ただただ空を見つめるだけ。
ここには音も無く、争いも無い。
黒猫はただ草木が風で揺れ動くだけの静謐な時間を過ごす。
「……青いのじゃ」
黒猫がポツリと空を眺めながら呟く。
戦闘が終盤に差し掛かっているにも関わらず、黒猫は何もしない。というより何故ここにいるのか分かっていなかった。
ぼーっとして特に何もしない理由、それは
(何しに来たのか分からぬが、恐らくコノルと逸れたのじゃろう。ここにいたらその内見つけてもらえる筈じゃ。じゃから動かずジッと待てば良いじゃろう)
と、呑気にこんな事を考えているからだ。
そんな束の間の休息を呑気に堪能している黒猫の近くにある木で、とある異変が起こる。その異変とは、木のエフェクトに突然ノイズが走り、木のテクスチャが一部剥がれ落ちるというものだ。
普通では絶対に起こりえない現象。その様子に黒猫は目を点にしてその箇所を見つめ続ける。
エフェクトが剥がれ落ちた箇所は黒く、更に網目状に並べられた数値やシステムコードの情報が乱列しているように姿を見せており、更にそこには別のものが映り込んでいた。
明らかに異様なものが。
「のじゃ?…………あ、お主か。ビックリしたのじゃ。いつも変な所にいるの。名前はなんじゃったっけ?」
黒猫の目には黒い影が映っていた。
黒猫は立ち上がりその影に語り掛けると、影は言葉を返す。
――思い出して――
「何をじゃ?お主の名前かの?すまぬが思い出せぬのじゃ。そんな事より船の時はありがとうなのじゃ。船を無事沈められたのじゃ。次は何が起こるのじゃ?……うむ?何でわたしゃあの時の事を覚えておるのじゃ?」
自分の言葉に対して不思議そうな顔で首を傾げる黒猫。
覚えてなかった事が、突如脳裏を駆け巡るかの如く鮮明になってくる。
瓶が転がってきた事。
そこに映っていた影が語り掛けてきた事。
直ぐに船を沈めないと、倒せないデビルクラーケンに全員殺されていたであろう事。
救難信号のアイテムを船底から入手して使う事。
近くに白い漁船を寄越すように手配するから、その間に船底に穴を開けておいてほしいと頼まれた事。
目の前の影とのやり取りを全てを忘れていた。その時の事を鮮明に思い出す黒猫。
「何故わたしゃは忘れてたのじゃ?」
心底不思議そうにする黒猫に、影は口を開く。
――貴方のお友達とコノルさんが危険なのです――
――さぁ、思い出して立ち上がって――
――少ししかもちませんが貴方の記憶を、貴方の中へと送ります――
――皆の為――
――世界の為――
――そして、何より――
――貴方自身の為――
――思い出して 貴方が何者なのかを――
黒猫の周りに薄く何かの赤い表示が幾つも表示される。ボヤけていて読めない表示はしばらくすると消えていく。
「………あぁ……そうじゃった……ありがとう。㤅」
黒猫は何かを思い出すと黒猫自身の身体にヒビが入る。
そして黒猫の右手に細かい文字が書き殴られた赤い魔法陣の様なもの現れ、それが細いロープの様に変化し右手に絡みついていく。
「………久し振りじゃな。《無限》が使えるのは」
パッ……
自身の右手を見つめながら、黒猫はその場から音もなく静かに消えた。
――私のエゴで、貴方にまた苦しみを……――
――ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……――
――こんな私を……許して……許して……許して……――
――貴方の為なの……どうか……どうか……どうか……――
――貴方の世界を――
――貴方が人並みに楽しく生きれる世界を――
――守り抜いて――
暫くすると、網目状の情報の塊は水面に水が滴り落ちた様な波紋を起こして修復されていき、最後に影は情報の塊の中へと姿を消した。
―――
「何で見つからないのよ?何処まで行ったのよあの不気味なプレイヤーは」
マーチとシャドー隊は引き続き黒猫と黒猫が連れていったシャドーを探しているが、なかなか見つからない。
どうにも見つからないのは別の力が働いている様な、そんな事を考えてしまう位に逃げたシャドーの痕跡が見当たらず、捜索は難航していた。
ピコン
すると、捜索に手を焼いているマーチに一通のメッセージが入る。
マーチはすぐ様メニューを開きメッセージを確認すると、メッセージの内容は、
『シャドー隊の一人がシャドーを見つけた様だが、訳あって捜索は中断。本隊と合流し、フェンリル討伐に参加するように』
と指示されたメッセージだった。
「何よこれ?私達が押さえていたシャドーはどうなったの?」
腑に落ちず納得出来ない気持ちがありつつも、マーチはメッセージ通り引き返してフェンリルのいる場所へと向かう。
その道中でマーチのいたシャドー隊のメンバーとも合流し、マーチは合流したメンバーにさっきのメッセージの事を聞く。
「あの、これってどういう事なのでしょうか?」
「それか。俺にも分からん。お前は?」
「俺も又聞きの又聞きだからほんとかどうか分からんが、シャドーは1人が押さえてるらしくて、俺達は必要無いんだとよ」
「1人って……まさかあの不気味なプレイヤーが!?」
「いや、押さえてたのは黄色髪の女の子らしい。何でも見付けた時にはシャドーはもう少しで倒せる位HPが減らされてたらしいぜ」
「どういう事なの?黄色髪ならフレイアさんとか?」
「そこまでは分からん。でもフレイアは本隊に参加してるから違うだろ。俺達シャドー隊の中にもそんな奴いないし、もしかしたら野良かもな」
野良でそこまで出来るプレイヤーなんか……いるのかしら?
マーチは疑問を頭の隅に生み出す。
黒猫による作戦にない勝手な行動。
何時までも見付からないシャドー。
シャドーを1人で倒せる位強い黄色髪のプレイヤーの出現。
シャドーを放置してフィンリル退治を行えとの、不可解なメッセージ。
そしてシャドーを引き付けておいて、その場から消え、未だ行方不明の黒猫。
「何か、しっくりこないなぁ……」
釈然としない気持ちになりながらマーチはフィンリルの場所へと向かうのだった。
―――
「せいせいせーい!」ズバズバズバ!
ライコはバク転した時、空中の対空状態時にシャドーの横腹を何度も切り刻みながら移動攻撃する。
ズドーン……
ダメージを受けてシャドーは横に倒れる。
ライコはフェンリルのHPをあと一撃という所まで削っていた。後は倒して大爆発を受けて共倒れをするだけ。
「準備万端!さて、珍獣ちゃんは私の位置が分かるかな?爆発したら分かるだろうけど、タイムオーバーで死にたくないから、念には念をいれて……」ゴソゴソ……
ライコはポケットから救難信号を出すアイテムを取り出す。
「準備は入念にしないとねー ♪ そおーれ!」シュッ!
空に救難信号のアイテムを勢い良く投げると、救難信号のアイテムは花火の様な派手な火花を上空で打ち出し強い光を放つ。
黒猫がそれに気が付く事はない。事前に話してないライコの思い付きなのだから。
しかし
彼は違った。彼はその光に気が付いた。
「………………」
倒れてるシャドーの上に、いつの間にか銀髪で猫耳の少年がいた。
「あ、れ?なん、で?」
ライコはその猫耳の少年を見た瞬間、あんぐりとした表情になる。
突如現れた猫耳の少年は足下のシャドーの横腹をゆっくりと手刀で刺す。
すると刺した箇所から血管の様な赤い表示が広がりシャドーを包み込んだかと思うと、その表示は硝子が割れる様なモーションでバリンッ!と割れ、赤い表示は光の雫となり空に消える。
同時にシャドーは靄の様になって静かに消え、猫耳の少年は地面にゆっくり降り立つ。
「……」
冷たく悲しそうな目で消えたシャドーのいた場所を見る猫耳の少年。
「あの、き、君は――」
ライコが声を掛けようとした瞬間、いつの間にかその場から消えていた。
まるで電子の世界を彷徨う亡霊の様に、目の前にいたはずなのに、ライコが反応する間もなく消えていた。
「……何をしたのか全く分からないけど……爆発を……止めてくれたんだね」
何かを理解したライコは微笑みながら空を眺めて、剣を仕舞った。
かくして、182界の攻略は静かに、そして呆気なく
幕を閉じた。
1章の終わりです
が、まだ少し続きます