その64 ライコvsシャドー
わたしゃ何故ここにいるのじゃ?
草むらで三角座りをしながら、草を毟っては口に放り込む黒猫の姿がそこにあった。
黒猫はライコとのやり取りを完全に忘れていた。なんならシャドーを相手取っていた事も。
なんか頭が回っていた様な気がするのじゃ。頭が痛いのじゃ……お腹も空いたのぉ……コノルがいないのじゃ……お腹空いたのじゃぁ……
グーグーグーグー煩いお腹を優しく撫でながら黒猫空を見上げる。
「……お腹空いたのじゃ」
同じ事を何度も口にする黒猫。
実は忘れているのは黒猫が薄情な訳ではない。理由はあった。
黒猫だけにしか分からない、いや、黒猫本人も忘れている理由が。
そんな黒猫は空腹を紛らわす為に頭に浮かぶ呪文を口ずさむ。
「りみてっど、らいふ、いべんとり〜。ぬはは。ウケるのじゃ。お腹空いたのぉ……」
自分が忘れやすくなってしまった原因の言葉を口遊びながら笑う憐れ黒猫は、1人地面に寝転び、呑気に天を仰ぎ見るのだった。
―――
森の中を走るライコは、同じく森の中を駆ける影を追っていた。
影はぼんやりと浮かんでいて実態は無い。黒いスモッグのような姿だ。
「あんまり移動しないでよ!【飛雷斬】!」
ライコは移動する影の前に雷の斬撃を放つと、森の中を掛ける影は斬撃を避ける様に止まり、今度はライコ目掛けて突進してくる。
素早い突進攻撃。ライコは持ち前の瞬発力でその影を受け止める。
すると、ぼんやりと浮かんでいる影は徐々に姿を現し、シャドーの姿を形成する。
「やっとまともに戦う気になったんだね!いいよーワンちゃん!遊ぼうか!」
ライコはシャドーの顔に蹴りを入れて、その勢いでバク転しながら空中へと逃げ、シャドーとの距離を離す。同時に空中で何度も雷の斬撃を放つ。
その斬撃はシャドーのHPを削り取る。
シャドーは斬撃を浴びながら、空中のライコに向かって口を大きく開ける。すると口の中に黒いサッカーボール並の大きさをした物体が形成される。
その黒い物体は徐々に大きくなり、口の中に収まりきらない大きさになるとその物体から黒い棘が無数に放射される。
「空中だから動けないって思ったね?でも私には通用しないよ!ふふ!【回速旋風】!」
ライコは空中で身体を捻って高速回転しながら黒い棘を弾き落とす。
「まだだよ!【飛雷斬】!ていていてーい!」
黒い棘を全て防ぐと、今度は雷の斬撃で反撃するライコ。
この【飛雷斬】は低威力の雷の斬撃を放つ攻撃スキルでRT1秒だから使い勝手が良かった。更に特異スキルの効果があるので実際のRTは0.5秒。ほぼノータイムで放てるのでSPが切れない限り打ちまくれるのだ。
低威力だが通常攻撃より威力は高く、中距離までカバー出来る為、ライコに関して言えば大抵の敵はこれだけで勝てるレベルだ。
そして攻撃している内にSGが溜まる。
ライコはSGが溜まると、特異スキル【神速】のSGとSPを半分消費して攻撃速度と移動速度を3倍にする効果を発動し、再びバグ連撃を開始する。
SGは半分消費してもバグ連撃を当てている内にゲージが溜まるので、最後に放つSGのスキルは問題無く放てる様に計算されている。仮に攻撃が当たらずSGが溜まらなくても、ライコはSG回復薬を切り札として幾つも常備しているので、このバグ連撃は必ず決まる。
【神速】による高速の斬撃、【半神聖命】による高威力でノータイムのスキルによる連撃、【雷電】の雷属性付与による威力増加と範囲増加。持ち前の戦闘センス。
ライコは攻撃している内に、シャドーの弱点らしき部位も発見すると、そこを集中攻撃する。
弱点狙いも相まって、バグ連撃で一気にシャドーのHPを削るとシャドーは再び影の姿になり、ライコから離れようとする。
「こらー!また逃げる気かー!卑怯者ー!」
再び移動を始めようとするシャドーにライコはプンプンと憤慨しながら再びシャドーを追い掛けようとする。
もう。めんどくさいなー。削る度に逃げるし、こんなに移動されちゃ倒した時に他の人が近くに現れちゃう。
ライコはメニュー欄を開き、雷を纏うクナイのアイテムを取り出すと、それを何本もシャドーの影に投げ付ける。
雷のクナイはほとんど影に命中する。数本外れたがそれでも十分な数が影に当たると、シャドーは影状態から元に戻り、麻痺する。
「勿体ないけど、人の命が掛かってるんだ。悪く思わないでねワンちゃん」
そう言うと、ライコは小瓶の中にオレンジ色の液体が入ったSG回復薬を飲んで、SGを回復させると再びバグ連撃を発動する。
その連撃は麻痺している間ずっと続いた。なんならその連撃で蓄積された雷撃攻撃で再び麻痺状態になるシャドー。
敵が何度も麻痺状態になると必然的に耐性が上がっていき、麻痺になりにくくなるのだが、それはつまり耐性が付くまでエンドレスに攻撃出来ると言う事。
シャドーは本体のフィンリルよりもHPは低いが、それでも何十万のHPがシャドーにはある。1人では、いや、何十人もプレイヤーがいても削り切るには難しいHPをライコは1人で残りHP1万ちょっとまで減らしていた。
もう少しで倒せる。倒したら即死級の大爆発が起きる。
だがライコは黒猫を信じて残りHPを削りに掛かった。
しかし、その時、
「いた!シャドー!と、あれ?黒猫ってプレイヤーじゃない?誰?」
黒猫とシャドーを探していたシャドー隊の女の子にライコは見つかったのだった。