その63 ライトの信じるもの
本隊を囲む様に森の中を高速移動するフィンリル。
武器を構え、いつ攻撃が来てもいいように警戒する本隊の面々。
黒猫の1件から、かれこれ30分が経過しようとしていた。依然として戦況に変化は無い。
周りを高速で走る影を、本隊の面々は目で追いながら攻撃の機を静かに窺う。
額と武器を持つ手に冷や汗を滲ませ、一分の隙も見せない様に構えていると戦況に変化が訪れる。
森の中で走りながら獲物を狙うフィンリルが、急に方向転換して本隊目掛けて突進攻撃を仕掛けてきたのだ。
その瞬間、タンク複数人がフィンリルを真正面から受け止めフィンリルの動きを止める。
激しい衝撃音が鳴り響くと共に、その隙を逃すまいとタンクの後ろにいるアタッカーのメンバーがフィンリルに一斉攻撃を仕掛ける。
「【翡翠斬撃】!」「【鳳凰咆哮】!」「【ダークスマッシュ】!」「【アビリティモーメント】!」「【緑黄色野菜】!」……
攻撃を当てると、すぐアタッカーとタンクはフィンリルから離れる。
すると、フィンリルは茨を周囲に召喚して反撃し、茨が消えた瞬間フィンリルの体毛が刃物の様に形を変えて四方八方に刃物の様な体毛を発射しだす。
避けるのが早かった為、フィンリルの反撃は誰も当たらなかった。当然と言えば当然だが、30分も時間が掛かっている理由はこれだ。反撃パターンが増えているのだ。
攻撃を当てて直ぐに離れなければ、攻撃を食らう。なので一撃当てたら逃げるという、所謂ヒットアンドアウェイ戦法を使っているのだ。
タンクと言えど、フィンリルの反撃を間近で食らえば直ぐにダウンしてしまう。もどかしいが反撃がくるまでにフィンリルとの距離を離さなければならないのだ。
ダメだ。これじゃダメージを稼げない。
ライトは剣を強く握る。
早くしないと黒猫が危ないのは重々承知しているが、1人の為に大勢が犠牲になるなんて事は避けなければならない。ライトは頭でそう考えていた。
しかし、その思考には別の思いも交じっていた。
見捨てる訳にはいかないが……黒猫……彼女はリリスの件を知って……
『リリスが死んだのは、コノルと黒猫と呼ばれる2人のプレイヤーが関係している』
数ヶ月前、フードを被った男にそう言われた。嘘か真か、それは分からないが、かつて仲間であったリリスに関する情報はそれだけしかなかった。
何があったのか?何故彼女が死ななければならなかったのか?
リリスはライトの彼女であった。優しく気概があって頼りになるお姉さん気質の女性。
ライトは自身の最愛の女性が死んだ理由を何も知らない。慕われていた。ギルドの皆のお姉さんの様な人だった。彼女は前触れもなくライトの前から消えて、亡くなってしまった。
怒り、悲しみ、絶望、あらゆる感情が、自身の心から溢れ出た。
それはライトだけじゃない。彼女の訃報は彼女を慕っていたギルドの皆に矛先の分からない、怒りや悲しみを背負わせた。
その感情の矛先は、フードの男から聞いた不確かな情報によって、コノルと黒猫向かった。
デマカセだ。間違いであると分かっていても、どうしてもフードの男の言葉がチラつく。まるで呪いのように。
出会って分かった。彼女達は関係ない。だが、思考に靄が掛かる。それは恐らく戦闘に現れている。自分だけでなく皆にも。だからいつもより皆の動きが悪い。
もし、関係があったら?もし、彼女達がリリスの死に関与していたら?
ライトは深く深呼吸する。
…………関係ない!俺は俺の信じるものを信じるだけだ!
ライトは覚悟を決める。黒猫を1秒でも早く救う為に。
もしかしたら、その判断は遅かったのかもしれない。黒猫はもう殺られているのかもしれない。
でも救いたい気持ちは本物だ。まだ死んだと決まった訳でもないのだから。
ここから挽回してやる!
「皆!少し早いが特異スキルを使う!次で一気に削って勝負を決めよう!illegalさん良いですね?」
ライトは攻略組の最高責任者であるillegalに確認を取る。
「君の判断は正しい。そろそろ頃合いだと思っていた所だ。ヒーラーは万全の準備を。タンクはバーデン君以外全てアタッカーに役割を変更。次の突進をバーデン君の特異スキルで止めたら一斉にみなの特異スキルを解放して攻撃する。常時発動タイプは今の内に解放しておけ。【万里千戦】」
illegalは特異スキルを解放すると、体が白く光る。
illegalの解放を皮切りに、時間制限の無い特異スキル持ちも次々と解放する。
「【陣風】」「【雨音子】」「【炎舞王】」「【作意索敵】」「【壁窟城塞】」……
終わりは目前に迫っていた。
―――
コノルは黒猫を心配してデバフの罠を仕掛けながら何度もメッセージを送る。
「もう!また反応しない!」
コノルは本隊の事もあり黒猫を追い掛けられないでいた。ここで黒猫を追い掛けても、自分がシャドーを止めれる訳はないし、黒猫の煙幕のせいで追い掛けるのはリスクしかないからだ。
シャドー隊が追っているのだ。どうにかなると、黒猫の無事を信じるしかない。
ただやれる事は罠を仕掛け続ける遊撃隊の使命を果たす事だけ。とは言っても、黒猫がいない今はコノル1人しかいないから隊でもなんでもないが。
猫さんはきっと無事。余計な事は考えるな。とにかく私がしっかりしないと!
与えられた使命を全うする。そうする事でコノルは少しでも不安を和らげていた。
「……猫さん」
だが、やはり黒猫が気掛かりでならない。だが、やはり何も出来ない。
何も出来ないコノルは黒猫の無事を、無力に強く願うのだった。
もう少しで一章が終わる!