その60 死ぬ訳には……いかんのじゃ!
黒猫は走る。
後ろには大きな黒い狼。追い付かれれば死。
死を運んでくるシャドーは目前まで迫ってきていた。
「のじゃ!」 シュッ
黒猫は再び煙玉を使用して、シャドーを一瞬だけ足止めしている間に距離を離す。
「うむー!もう十分離れたのじゃ!」
黒猫はコノルからシャドーを十分離れさせたと判断すると、フィンリルの方へ振り返り、手の平に変わった装飾を付けた刺々しい古い木の棒のようなアイテムを4つ出現させる。
それを自分の周りに正方形を描くように地面に差し込む。
「【四宝陣】!……だめじゃあ〜やっぱり使えぬのじゃあ〜……ならば!」
黒猫は木の棒を直すと再び手の平にアイテムを出現させる。
今度は火の付いてないランタンのような形をしたアイテムが出てくる。
「【不躰宝灯】……ああ〜やっぱり付いてないのじゃあ〜……Lvと能力を気にせず使える装備は……駄目じゃ〜盗んだパンしかないのじゃ〜」
黒猫はパンを出現させると口に放り込む。
「美味いのじゃ」
バカな事をやっている内に目の前にはシャドーが。
「……ヤバいのじゃ」
パンで頬っぺたを膨らませた状態で冷や汗を垂らす黒猫。無論シャドーはそんなバカな黒猫を見逃す訳もなく、大きな鉤爪を振るってくる。
「ぬじゃああああ!」
黒猫は咄嗟にシャドーの懐に飛び込んで爪を回避し、そのままシャドーの後ろへと通り抜ける。
「危ないのじゃ!この!」ガンッ
黒猫は隙を見てシャドーの後ろ足を蹴る。
が、ダメージは1ダメージ。とてもじゃないが攻撃とは言えない。
蚊に刺されたような様子のシャドーは後ろ足で黒猫を蹴り飛ばそうとする。
咄嗟に黒猫は仰け反りシャドーの後ろ足を回避する。
が、お腹にシャドーの足が擦ってしまう。
ガッ!ゴッ!
擦っただけなのに黒猫のお腹から鈍い音が鳴り響く。
「のガフッ!?」
同時に石ころの様に吹き飛び地面に転がる黒猫。
HPは一瞬の内にレッドゲージへ。攻撃は擦っただけで命中してはいない。命中してはいないのだが、瀕死にまで持っていかれたのだ。つまりちゃんと当たっていたら確実に死んでいた。
外傷ダメージの痛みは現実と比べて軽減されているが、黒猫が受けた痛みは軽減されているとはいえ、骨が折れたレベルの痛みを感じていた。
「……ぬ……じゃぁあああああ……」
苦しそうにお腹を抑える黒猫。
シャドーはゆっくりと近付いてくる。蹲っている黒猫に向かって。
死が迫ってくる。
痛みで視界が歪み出す。
身体中に激痛が駆け巡る。
「う゛ぅぅぅ……」
そんな時、過去の光景が走馬灯の様に黒猫の頭を過ぎる。
―――
何処かは分からないが、暗い荒野の景色が眼前に広がっていた。
『いたい……くるしい……つらい……こんなことなら……うまれたく……なかった……』
蹲っているのだろうか。景色が縦に広がっており自分は泣いていた。
何度も自分が生まれた事に対する後悔の念を呟きながら倒れていると、視界の中に人影が現れる。
『ごめんね……ごめんね……ごめんね……ごめんね……ごめんね……』
ごめんね……
何度も何度も謝りながら頭を撫でてくる女性の声を皮切りに目の前が真っ暗になった。
―――
黒猫は激痛に耐えながら立ち上がる。
「……今の光景は……分からぬ……分からぬが……ここで倒れると、コノルが、悲しむのじゃ!」
黒猫は落ちている木の枝を拾うとシャドーに向ける。
そんな物で太刀打ち出来るわけないのに、あと一撃、どんな攻撃が当たっても、擦っても、死んでしまうのに、それでも黒猫は諦めなかった。
コノルの為に生きたいと強く願っていたから。
「のじゃあああああ!!」
決死の思いで黒猫はシャドーに対して威嚇するように声を張り上げる。
その時
「待たせたね珍獣ちゃん。あとは私に任せて」
後ろから肩をトンっと叩かれ、薄黄色の髪色をした女の子が横から黒猫の前へと出てそう言った。




