その59 人の心は捨てるなよ
シャドーを相手取っていたシャドー隊のメンバーはライト程素早く反応出来ずに黒猫の煙幕で巻かれてしまったが、それでも直ぐに追い掛けた為、シャドー隊は既にフェンリル隊の近くから居なくなって黒猫とシャドーの追跡を始めていた。
黒猫が向かったと思われる方向に目星を付け、森を颯爽と掛けるシャドー隊十数人はシャドーの攻撃によって倒れた木などを頼りに追跡をし続ける。
しかし、モンスターに追われる事はあっても追う側になる事は然う然うない。故に不慣れな追跡に戸惑う人も何人かいた。
その中でも優秀な者は、迷う事なく歩を進める。
「何故あの不気味なプレイヤーは突然勝手な行動を?」
優秀な部類に入るシャドー隊のマーチは走りながら、隣にいる大男に話し掛けて、落ち着いた様子で黒猫とシャドーを追っていた。
「さぁな。何かに気が付いたのか、それとも噂通りの邪魔だけする奴だったか。いずれにせよ、これで新しい奴を入れるのは間違いだと皆思い知ったな」
「シャドーは3体もいるから足止めだけで良いと言われて少人数で相手取ったのが裏目に出ましたね。まさか素人に邪魔されるなんて」
「人手不足でもこうなりゃ、少数精鋭のが大切ってこった。新しい風はいらねぇな」
「そうですね。ってこれは!?」
マーチと大男は足を止めると目の前には煙玉の煙が充満し過ぎて視界が完全に0となっている光景があった。これでは痕跡を探して追う事が困難だ。
後から付いてきていたシャドー隊のメンバーも皆足を止める。
「完全に見失ってしまいました……あのプレイヤー……本当に何を考えて……」
親指を噛み締めてマーチは眉間に皺を寄せた。
するとマーチと大男の後ろからドレッドヘアーをしたシャドー隊の隊長が現れる。
「何も見えないな。あのシャドーが万が一別のシャドー隊や雑魚殲滅隊と接敵してしまったら被害は尋常じゃないぞ。メッセージで各員に通達し警戒するよう報告を」
「界攻略撤退の要請をしますか?」
シャドー隊の隊長であるドレッドヘアーの人物にマーチは確認をする。
「いや、この日の為に入念に準備したんだ。それは止めといた方がいい。それにその判断はライトかillegalが行う。あの出来事も2人は見ていた。確認してから現時点まで彼等から撤退のメッセージが無い以上続行するのが望ましい。各自散開してシャドーを追跡。発見次第連絡しその場に集合。しかし発見者の現状報告は詳細に。少しでも異常があれば即時対応し私に連絡せよ」
「了解しました」
迅速かつ正確な指示に、黒猫に撒かれたシャドー隊は引き続き黒猫を探すためにバラバラに追跡を始めた。
―――一方でフィンリル隊は―――
「すまん!引き付け頼む!ライトどうするよ!これは1度引いた方が良くねーか?」
一虎は高速移動して攻撃してくるフェンリルからライトと共に距離を取り、別の人にフィンリルの相手を任せ、その内にライトと相談する。
「いや、このまま行こう。ここで撤退するには、その理由の説明でギルド間の対立が起こりかねない。素人1人の犠牲で界がクリア出来るんだ。勿論見捨てるつもりはないが、撤退より続行が利益になる」
ライトは冷たい判断を下しながら最善の選択を唱えるが、それはつまり黒猫を見捨てるという事。
黒猫が弱い事を重々承知してそう決断するライトに一虎は思う所があった。
確かに最善だが、その判断は些か人の道を外れ過ぎてはいないかと……
「お前……いや、正しいよ。正しいけどよ、その、なんだ?決断が早すぎないか?いや判断が早く的確だからillegalと同様の権利を有してるんだろーけどさ、ライトお前よ……人の心は捨てるなよ」
少し寂しげな表情でライトを心配する一虎。
もしかしたらライトは長きに渡る攻略で心を病んでしまっているのかと、そう思ってしまった。
これまで何人も失ってきたのだ。大切な人も。仲の良い友人も。喪失して傷付いた心は治りはしない。心を病んでいる可能性も十分有り得る。
全てを犠牲にしてでも、クリアして、死んでしまった者達を助ける。
一虎から見たライトの目にはそう言ってる風に見えた。
「ああ……分かってるさ。俺は大丈夫だ。それに黒猫さんの事を諦めた訳じゃないよ。黒猫さんにはシャドー隊も向かってる。仲間を信じてるから、今俺達にやれる事は、早くコイツを倒す事だ。もう何も……犠牲にさせはしない!行くぞ一虎!」
ライトは一虎の心境を察してか、優しい目で答えた後、凛々しい表情で双剣をフィンリルに構える。
自分の事は心配無いと、そう伝えるかのように。
「……へっ、おうよ!」
一虎はライトの様子から、まだ黒猫の事を諦めた訳ではないと分かると鼻を擦ってライトと共にフィンリルを撃破しに向かった。