その49 ホテルで呼ばれるまで休む
ペリカン職人と別れたその日、コノルは黒猫の体をロープで縛り付けて動けないように拘束し、自分の部屋の隣にある一室にぶち込んだ後、待ち望んでいた束の間の休息を堪能した。
清潔感漂う白い空間と高級感溢れる家具が備え付けられた部屋のベッドで、コノルはうつ伏せに寝転がりながら考え事をする。
2日後に界ボスかぁ……何年振りだろう?1回だけしか参加しなかったけど、最後に参加したのは100界だったかな?まぁ結局参加どころじゃ無くなって参加はしなかったけど、あの時は驚きの連続だったなぁ。思えばあの時から色んな事が始まったんだよね。
足をパタパタとパタつかせながらコノルは思い出に耽る。
すると、隣の部屋で拘束している黒猫が騒ぎ出す。
『お腹減ったのじゃあああ!』
黒猫の声が部屋中に木霊する。
あ、猫さんへのエサやり忘れてた。
思い出したかの様に黒猫の世話を思い出すコノル。最早扱いが完全にペットである。
そんな黒猫をペット扱いするコノルは、予め黒猫用に仕分けしていた食糧を与えに隣の部屋に行く。
ガチャン
隣の部屋の扉を開けると、そこには、腰にロープを巻き付けただけなのに、何故か雁字搦めになって地面に転がっている黒猫がいた。
それを見ながらコノルは無言で黒猫の口にパンを咥えさせる。
すると黒猫は拘束されたまま幸せそうな顔でパンをモグモグと咀嚼し始める。
そのまま黒猫を放置して扉を閉め、コノルはベッドに戻り、再び楽な姿勢で休む。
食べ物を食べている黒猫は暫く静かになるので、ご飯ご飯と騒がしい声は聞こえなくなるのだ。
私は平穏を手に入れ、猫さんはお腹が満たされ静かになる。エサやりは一石二鳥ね。このまま上手い事やれば2日位は何事もなく過ごせるわ。
悪魔もビックリな扱いを黒猫にする畜生は束の間の休息を引き続き堪能した。
―――そしてコノルの思惑通り、2日が経った―――
まぁ思惑通りといっても多少なり問題はあったが。
そう、些細な事だ。この2日の間に起こったホテル誘拐事件とか、食糧強奪事件とか、黒猫殺人事件とか、リアルファイトフェスティバル(大乱闘)とか、全て黒猫関連の問題ではあったが些細な事。
そんな些細な大事件を乗り越えた2人は予定通り一虎からの連絡を受け、2人はホテル前にあるあの殺風景な公園へと呼び出されて、そこへと向かっていた。
「おっひさー!2日ぶりー!迎えに来たぜー!コノルちゃんに黒猫ちゃん!」
遠くで一虎は手を振りながらコノル達を出迎える。
「むう。あやつは確か……ブチコロサンダーマルじゃったな。久しぶりなのじゃ」
「誰よブチコロサンダーマル。1文字も合ってないじゃない。そんな間違いばかりしてると、いつか誰かに猫さんがぶち殺されるよ?」
「うむ。反省!」バシ!
コノルの肩に勢い良く手を置き反省する黒猫。
「分かればよろしい。っと、おはようございます一虎さん。ん?あれ?ハヤテさんは?お一人なんですか?」
黒猫の謎反省儀式に頷いた後、コノルは近付いて一虎に挨拶するが、一虎だけで周りに誰もいない事に疑問を抱き、コノルはハヤテの事を尋ねる。
「ハヤテ?ああ、そんないつも一緒じゃないよ。特にハヤテの野郎は。あいつ一匹狼気取ってるからあんま連まねーのよ。一匹狼ってガラじゃないのにな。ダヒャヒャ」
その一虎の言葉に、ハヤテの事が気に入っているコノルは顰めっ面になる。
「ハヤテさんってカッコイイですよねー。一虎さんと違ってー。何で一虎さんだけで来たんですか?チェンジで」
ジト目でコノルは一虎に冷たい言葉を浴びせる。
「あれ反応が冷たい?早速俺やらかした?なんで一瞬で嫌われたの?」
天然でハヤテを馬鹿にした一虎は、なんでコノルが怒っているのか分からないまま、口角をヒクヒクと動かしながら苦笑いを浮かばせる。
そんな一虎の反応に満足したコノルは話を進ませる。
「まぁ冗談はさて置いて、参加が大丈夫なのはハヤテさんが掛け合って下さってると思いますから、そこは問題ありませんね」
「何そのハヤテへの絶対的信頼感?まだ1回しか会ってないよね?それも飲みに行っただけだよね?俺、2回も会ってるし死地も共にした仲だよね?ね?」
自分とハヤテの明らかに違う扱いに引っ掛かる一虎。信頼度で言えば自分の方が上だと言わんばかりに食い気味に聞いてくる。
その反応にウザさを感じるコノル。
「……理由は簡単です。ハヤテさんの方が一虎さんの万倍は信頼出来るから」
ゴミでも見るような目で、コノルは一虎に切って吐き捨てる言葉を投げる。
「何で!酷い!俺の信頼度が低すぎる!」
「まだ言うか。信頼が低い理由を一つ一つ説明するのは面倒なので、後で書面に纏めてメッセージを飛ばしときますね。それで満足して下さい」
「え?泣けばいいの?泣いたら許してくれるの?」
冷血過ぎる返答をするコノルに涙目になる一虎。
「ぬはは。鬱陶しい奴じゃ」
「え?」
ポツリと涙を流す一虎を黒猫は乾いた笑いをしながら指を差す。そんな黒猫のあまりの鬼畜暴言っぷりに一虎は一瞬聞き間違いかと思い真顔で黒猫の方を向く。
すると黒猫も真顔で一虎を見る。
「話が進まない!」
謎の見つめ合いをして話が進まないので、コノルは不満の声を上げ話を元に戻そうとする。
が、そもそもお前が発端だ。自分の事を棚に上げるとはまさにこの事である。
「皆ひでーんだ……いいさいいさ……心の痛みはいつか癒えるし。と、そんな事より、あと1時間もしない内に182界のボスに挑む事になる訳だが、覚悟は良いかいお二人さん?」
一虎は気持ちを切り替えて真面目な表情で問う。
「のじゃ!」
「バチコイです!」
両手を握り締めて、気を引き締めて答える2人。その声には覇気が込められていた。
「んじゃ、どういう手筈か説明するぞー?」
「のじゃ」
「はーい」
しかし、ものの数秒で集中を切らして気が抜けた返事をする2人。威勢だけは一丁前の悪い例である。
「取り敢えず俺達はパーティーを組むんだが、君ら2人の他にも初参加でもう1人来るんだ。で、俺をリーダーに4人でパーティーを組んで遊撃隊として行動する。やる事はボスには近付かずにあらゆる支援を行うって感じ。まぁぶっちゃけ見学みたいなもんだ。攻略組の戦いを見て次回に繋げる為のな。これが今回の大まかなスケジュールだ」
何言ってるのか全く分からんのじゃ。
へぇ、初参加者もう1人いるんだ。どんな人かな?
話が微塵も理解出来ない黒猫の隣で、自分達以外の参加者がいる事に興味を持つコノル。
「まぁもう1人の参加者も女の子だから安心してくれ。それにハヤテの紹介だから中々強い筈だぜ?つっても見学だからあんま関係ないか。ははは」
「ハヤテさんの紹介!?しかも、じょ、女性ですって!?あぁ……」
コノルは立ちくらみをしたかの様にクラクラとへたり込む。
「なんでだよ。どんだけショックなんだよ。その反応に俺の方がショック受けるわ。ハヤテ大好きか」
一虎はへたり込むまでの衝撃を受けたコノルに薄目を向ける。
あわよくば自分がハヤテさんの彼女にとでも考えていたコノルは、ハヤテの紹介で参加する人がハヤテの彼女か何かだと早合点して勝手にショックを受けていた。
そんなへたり込むコノルに黒猫は言った。
「座って良かったのじゃな。よいしょなのじゃ」
へたり込むコノルと並ぶ様に座って、黒猫は引き続き自分が理解出来ない一虎の話を、顔を上げながら黙って聞くのであった。