その39 姫なのじゃ
ホテルに泊まる前、一虎とハヤテと別れた時の事を思い出す。
『集合は2日後の朝からだから7時頃迎えにいくわ。それまでここで休んでて大丈夫だから自由にして。お金は支払っといたし。じゃあまた二日後ね~。よろしくう!』
親指を立てながら一虎はハヤテを連れて闇夜を去っていった。
「2日後かぁ。それまでここで休めるなんて、お姫様になった気分」
依然としてベッドの上で寛ぐコノルはうっとりとしながら、ベッドの白くて滑らかな肌触りのシーツを手で擦る。
「ぬはははは!ウケるのじゃ!…………何がじゃ?」
「いや私が聞きたいわ。今のどこにウケたのよ?ところで猫さんは何をしていたの?」
謎に笑い出して何が面白かったのか聞いてくる黒猫に薄目を向けると、ふとコノルは黒猫が何処で何をしていたのか気になる。
「ツケをしてたのじゃ」
「その前は?」
「ごはんを探してたのじゃ」
「ほぼ同義じゃない。私に朝『ごはん~』って言ったすぐ後の事よ。誰かに迷惑掛けてないわよね?」
心配の根は確認しとかないとね。ツケの時点で手遅れそうだけど。
「約束したのじゃ。ごはん食べたらすぐ行くと」
ほらー。厄介事の種が芽吹いてる。嫌な予感。
コノルは黒猫が何かやらかして呼び出しを食らっていると思った。
「ちょっと誰と何を約束したのよ?私も行くからちょっと待ってなさい」
コノルはベッドから足を降ろして急いで身支度をしようとする。
「大丈夫じゃ。敵ではないのじゃ。子供なのじゃ。外で子供達を待たせてるのじゃ。では行ってくるのじゃ~」
トットットッ……ドンッ!バキッ!バンッ!!
そう言ってスキップしながら扉に激しく激突してドアノブをぶち壊し、外へと出て行く黒猫。
「……まるでハリケーン……まぁ子供なら厄介事って事はないか。私はゆっくり身支度してから行くかな……ん?ていうか、この界に子供?……まぁ親が連れてきてるとか、それかチャイルドエラーを引き取ってるギルドでも来ているのかな?……まぁ私も似たようなものだし……でももしそうじゃないなら……だめだ。あんまり考えないでおこう。それに私達は自分の事で手一杯なのに他人の事まで考えてられない」
コノルは考えるポーズを取るが、何かしらの理由があるものだと首を振って思考を振り払い自己完結する。
ここでチャイルドエラーについてだが、この世界はゲームであるので、誰しも家族で一緒にプレイしているという訳ではない。という事は、親がプレイしておらず子供だけで遊んでいたプレイヤーがこの世界に閉じ込められている状況が発生しているのだ。
それも年端のいかない善悪の判断も付かない年齢の子供がだ。
ならば、そんな親と離れ離れになったか弱い子供はこの死んではいけない世界を1人で生き抜けるのかと言われれば
それは土台無理な話。
そんな子供がチャイルドエラーと呼ばれ、教会のような公共ギルドが1界で面倒を見ているのだ。解放されるその時まで死なないように。
しかし稀に、興味本位や悪戯でフィールドに出てしまう子供もいる。そうなれば最悪の事態は免れない。現に何百人も犠牲者が出ている。
黒猫の子供達を待たせてる発言で、その事がコノルの脳裏に一瞬過るが、他人の心配までしてられないと一生懸命思考を別のベクトルに向けて、ネガティブな思考を回避する。
……そ、そうだ!食べ物を取り分けないと!
コノルは黒猫が置いていった大量の食べ物を見て余計な事を忘れようとする。その考えは概ね正解で、見事コノルはネガティブな思考を外へと追いやる。
「えっと、詳細表示っと」
コノルは大量の食糧を部屋に一つしかないテーブルの上に並べて、食糧一つ一つの情報を表示する。
どの食べ物も詳細を見ると使用期限が一週間もあり、食糧の効果内容も多種多様あった。
傷の治りが早くなる食糧に、HPが回復する食糧もあるわね。これは猫さん用に取っといて、あ、これは晩御飯にしよう。
コノルは手際よく食糧をアイテム欄にしまって整理するのだった。
――――
場面は変わって黒猫サイド。
扉のドアノブを破壊し向かった先はホテルの前にある小さな公園のベンチ。
「待たせたのじゃ~」
「わ~猫耳おねぇちゃんだ!続き聞かせてー!」
「猫耳おねぇちゃんおっそいよー」
「待ってたよー」
「すまぬのじゃ。何処まで話したかの?」
そう言いながら黒猫は子供達が集まっているベンチへと座る。
黒猫が座ると、黒猫を囲むように子供達が並ぶ。
「悪者を退治した話からー!」
「違うよ!お姫様を探す話だよ!」
「いいから続き聞かせてー!」
子供達は興味津々で目を輝かせながら黒猫から聞かされる話を待つ。
「そうなのじゃ。数多の悪者を退治した後の話じゃな。わたしゃは『ヘルレイン』と『ノーティス』を倒して、『リリス』と呼ばれる魔女を倒したのじゃ。そして最後に残っていた塔に向かった。そしたら漸く悪者のボスが塔の前に現れたのじゃ。名前は【act】。確か銀髪で猫耳の男じゃった」
「猫耳おねぇちゃんと一緒だね!」
「全然違うのじゃ!奴は悪!わたしゃ正義なのじゃ!奴は卑怯な手でわたしゃを追い詰めたのじゃが、わたしゃは負けなかったのじゃ」
「おねぇちゃんすっごーい!」
「どうやって倒したのー?」
「忘れたのじゃ。じゃが…………確か…………レーザービームで倒したのじゃ」
「レイザービーム!」
「レイザービーム凄い!」
「おねぇちゃん最強!」
「ぬははははは!そうなのじゃ!わたしゃ最強だったのじゃ!ぬはははは!それからの!【act】を倒してわたしゃは姫を救ったのじゃ!」
「かっこいいいー!」
「お姫様は何て言ってたのー?」
「どこにいたのー?」
「姫は『こんな所で会えるなんて奇遇だね』と言っておったのじゃ。居場所は【act】の根城だったのじゃが、言い忘れておった事があるのじゃ。実は姫の前に真のラスボスがいたのじゃ……」
「えー!?」
「アクトって奴がラスボスじゃないのー!」
「誰なの誰なのー!」
「……そう……それは……」
「……それは」ゴクリ……
長い間をつくる黒猫と、ラスボスが誰かを固唾を呑んで待つ子供達。
「…………長い階段じゃ」
ドッと子供達に笑いが起きる。
黒猫もその反応に満足そうな笑みを浮かべる。
そんなストーリー仕立ての嘘か本当か分からない話を、笑いのツボが浅い子供達にしているとコノルが道の向こう側から歩いて向かってくる。
「ぬ!コノルなのじゃ!みな!紹介するのじゃ!コノルなのじゃ!」
「反応と紹介が一緒……こんにちは」
「「「こんにちはー!」」」
黒猫の雑な紹介に呆れつつコノルは子供達に挨拶をすると、子供達も元気良く返してくる。
「この子達に何話してたの?」
「わたしゃの武勇伝」
「無いでしょ。嘘付くな」
「ぬはは。酷いのじゃ」
辛辣な言葉を受けて黒猫は真顔で笑う。
「ねーねー、おねぇちゃんがお姫様なの?」
子供の1人がコノルに話し掛けてくる。
「え?あ、そうだよー。おねぇちゃんがお姫様なのー。バレちゃったかー…………猫さん!ほんと何の話をしてたの!?」
コノルは子供達にお茶目な態度で返事を返すと、急いで黒猫の服を摘まんで小声で何の話か聞く。
「コノルは姫なのじゃ」
「…………あぁうぅ」
頭がクラクラしてきた様な気がしてコノルは自分の額に手を置く。
またこの子は……取り敢えず……
コノルは子供達に横目を向ける。
無邪気な笑顔をこちらに向ける子供達。
はぁ……やっぱり放っておけない……
コノルは決めた。気になってはいるが、関わらないようにするため敢えてスルーしようと思っていた事を
「……ところで君達は何処から来たのかなー?」
厄介事に巻き込まれるのを覚悟して子供達に聞いたのだった。