その36 目障りな奴だ
「あ、そうそう。あの後シノ影さんとはどうなりました?何だか険悪そうにしてましたけど」
シノ影が急にコノル達の事を無視して一虎達と最新界攻略の話をしていたまでは聞いていたが、その話している隙に逃げたので、それ以降の事を知らないコノルは気になってその事を聞いてみる。
一虎とハヤテは軽く顔を見合わせると、一虎がその時の事を説明するために口を開く。
「その事なんだけど。先に言わせてもらうわ。コノルちゃん達は2000万ゴルド払わなくてよくなったよ」
「…………は!?え!?そんな!?え!?お咎めなし?なんで?やった!でもなんで?」
その言葉を聞いた途端、コノルは嬉しさや驚きやらが混ざり合って頭が混乱する。
「この界を出ていかなくていいのじゃ?」
黒猫はコノルの方に顔を向けて心配そうに確認してくる。また荒れられても困るから。
「そう!出ていかなくて良くなったって猫さん!でもなんでだろう?もしかして一虎さんが口添えしてくれたとか?……まさか誰かお金を肩代わりしてくれたんですか!?」
肩代わりだとしたら不味い。肩代わりした分を返せって言われてしまう。
コノルの脳内では怪しげな成金のおっさんが指で輪を作るイメージが出来上がっていた。
心配の種でしかない妄想を抱いていると、そんなコノルの心境を察して一虎は続ける。
「ああ、肩代わりとかそんなんじゃないって。あの後【緑の聖母】のギルドマスターと【情報屋レウガル】が現れてよ。シノ影とその部下を説得したんだ。つってもレウガルが現れてからは説得ってより論破に近かったけどな。だはは。ザマーみろってんだシノ影の奴」
一虎はシノ影を謗りながら、その時の事を思い出して笑う。そんなに面白かったのだろうか?なら逃げるのではなく少し残ってもよかったかも、と、コノルは後悔とは行かないまでも、惜しい光景を見逃した感じになり少し残念がる。
というか結構凄い人が集まってたんだ。151界なのに。レウガルちゃんまでいたんだ。ならまたこの界で会えるかも。会えたらこの前の事ちゃんと謝ろう。
などと思っていると、黒猫が唐突に立ち上がる。
ガタン!
「わっ!?ビックリした……何?」
「え?何?急にどうしたの黒猫ちゃん?」
なんだ?
3人の視線は黒猫に注がれる。
黒猫は立ち上がった後、暫くボーッとすると口を開く。
「…………なんじゃっけ?忘れたのじゃ。飲み物取ってくるのじゃ」
ガクッ……とコノルと一虎は首を落とす。
なんなのよ……
なんなんだ……
本当に野生の獣みたいな奴だ。
ハヤテはそんな黒猫に野生みを感じながら飲み物を飲む。
一方黒猫はひょろひょろ~と歩きながら他人のテーブルに置いてある飲み物の瓶を勝手に取ってそれを持って戻ってくる。
あまりに堂々と盗むので瓶を取られたテーブルの人達は口を開いて呆気に取られていた。
「戻ったのじゃ」
「戻してこい」
「のじゃぁ……」シュッ!
コノルは黒猫を睨み付けると、黒猫はしょんぼりしながら瓶をその場で盗んだテーブルに向かって投げ返す。
バリンッ!
投げた瓶は盗んだテーブルの人に当たって割れ、当たった人は机に突っ伏す。
「「「………………」」」
その一瞬の出来事にコノル、一虎、ハヤテの額から一気に汗が流れ出る。
ナチュラルに喧嘩を売るスタイルな黒猫の挙動に言葉が出ない3人。
盗んだテーブルの人達は我に返ると怒りの形相を露にしながら立ち上がり、こちらに向かってくる。
こちらも席を立ち上がると同時に、コノルは黒猫に拳骨を食らわす。
ガン!
鈍い音が店内に鳴り響き、他の客も何事かとこちらに視線を送り始める。
「本当にごめんなさい!この子!バカなんです!」
コノルは白目で気絶している黒猫の首筋を掴んで見せつけるように前に出して許してもらおうとする。
「それで済むか!」
「ごめんで済んだら警察はいらねーよ!」
「見なさいよ!当たり所悪くて私達のリーダー気絶しちゃったじゃないの!」
「なんだなんだ?」
「どうしたどうした?」
ガヤガヤと周りも何事かと騒ぎ出し、同時に黒猫が目を覚ます。
「……ぬ?…………よくもやったのじゃあああ!!」バッ!
黒猫は自分が気絶したのは、前にいる人達が原因だと勝手に勘違いして、コノルの手から逃れて前の人達に襲い掛かる。
「ぎゃああああ!?何すんだこいつ!いでででで!?」
「ちょっと離しなさいよ!」
黒猫は男に噛み付く、男と相席していた残りの2人はそれを引き剥がそうと必死に黒猫の両足を掴み引っ張り続ける。
しかしなかなか離さない黒猫。
コノルと一虎とハヤテも急いで駆け寄り、黒猫を引っ張って離そうとする。
乱闘……とは違う出来事に店内は大騒ぎ。その光景を笑う者がいれば、口を抑えて信じられないといった驚愕した表情になる者もいたり、黒猫を止める手伝いをしにくる親切な者もいたりでもうハチャメチャだ。
カランカラン……
そんな騒がしい店内にフードを深く被った人物がベル付きの扉を開いて入ってくる。
その人物は目の前の光景を見ると扉の出入口で足を止め、店員を手で招いて呼びつける。
「……何事なのかな?」
男は低い声音で近寄ってきた女性の店員に聞いてくる。
「はい、ちょっとお客様が他のお客様とトラブルを起こしてしまって店内が少々騒がしくなっております。申し訳ございません。直ぐに収まるとは思いますので座ってお待ちいただけますか?」
「少々……いや、ちょっと店の前で待ち合わせをしていただけでね。客じゃないんだ。済まないね」
「そうですか。またの機会をお待ちしております」
そう言って女性店員も黒猫を止めにいく。
1人残されたフードの人物はその光景をまじまじと見ていた。
そして歯軋りを鳴らす。
「まさかこの界に来ていたとは……熟邪魔な奴だ…………そうか……奴が船を沈ませ全員助けたのか……計画は失敗……無駄に手駒を動かす羽目になったな……本当に目障りな……肉体の無い傀儡が」
フードを被った人物は黒猫を見ながらぶつぶつと独り言を呟くと店から出ていった。