その34 一虎(かずとら)
「見つけたぞ……」
この口調……まさか……
コノルは恐る恐る後ろを振り返ると、そこにいたのは
一虎だった。その直ぐ後ろにはハヤテも。
どうやらギルド間の委細巨細は終わったらしい。
「ビックリしてるビックリしてる!ハハハハハ!ドッキリ大成功〜!シノ影だと思ったろ?ざんねーん俺でした」
一虎はクネクネと程よく苛つく巫山戯た動きをしながら2人に歩み寄ってくる。
「本当に残念で仕方ないです。ではまた」
そんな一虎を薄目で見て一言添えると、コノルは早足で立ち去ろうとする。
「うっっそでしょ!?ちょっと冷たすぎる!?シノ影より冷たいじゃん!?ビックリしたっ!!」
コノルのあまりに冷淡な態度に、巫山戯た仕草を止めて一虎は急いでコノルの腕を掴んで引き止める。
「はぁ……お久しぶりです一虎さん。ご活躍は兼ね兼ね。先程は助けて頂きありがとうございます。ではまた」
面倒臭そうに対応して冷淡な態度のまま同じ言葉を添えると黒猫を引っ張って立ち去ろうとするコノル。
「おい。本当にお前の友人か?凄い迷惑がられてるぞ」
その友人とは思えない扱いを受ける一虎に、疑いの目を向けるハヤテ。
「いや待って!?ちがっ、おかしいって!なんでそんな他所他所しいのさコノルちゃん!一度だけだけどサブクエストクリアした仲じゃないのさ!」
一虎は彼女たちとの馴れ初めを喋る。
「クリア?ああ、私を囮にして猫さんと一緒にダンジョンをクリアしたあの事ね。あの後猪に踏み殺され掛けましたよ。本当にありがとうございます」
しかしコノルには辛酸をなめた経験として記憶されていた。
「あれええええええ!?ちょっ黒猫ちゃん!?あれの説明ちゃんとしたの!?誤解だって!」
「……誰じゃお主?」
真顔で首を傾げる黒猫の脳内では一虎の顔が浮かんでこない。早い話興味が無さすぎて一切記憶されてなかった。
因みに思い出す努力もしようとしない黒猫は一虎をただただ茫然と眺めるだけ。
「うっそでしょ!?黒猫ちゃあああん!?」
そんな黒猫の一言が予想外過ぎるのか一虎は黒猫の名前を叫ぶ。
「お前……」
ハヤテは友人だという一虎の証言が妄想だと思っている中、更に目の前の女の子に酷い仕打ちをしていた事を知り、とんでもないクズ男だと軽蔑の眼差しを向ける。
「ちょっと待って!弁解させて!あれは猪が大量に出るトラップを黒猫ちゃんが踏んじゃって俺が囮になろうとしたら、黒猫ちゃんが敵を引き付けるアイテムを俺から奪っちゃって、何故かコノルちゃんの方に投げたからああなった訳よ!俺微塵も悪くないっしょ!」
「やっぱりあんたかバカ猫ぉ……」
真実を聞いたコノルは怒りの形相で黒猫を睨み付ける。
「のじゃ?何の話じゃ?……何の話じゃ!?」
コノルの形相に危機感を抱くが時既に遅し。
ゴンッ!っと黒猫の頭に鈍い音が鳴り響き、黒猫はその場に倒れ込む。
「の、のじゃぁ……」
記憶に無いままどつかれ気絶する黒猫。
その時の衝撃で黒猫は思い出した。
一虎の事と、一虎から奪ってコノルに投げ付けたアイテムを回復薬と勘違いしていた事を。
良かれと思ってやった行いが最悪の結果を生み、その皺寄せが今ここに。
「……なんか……ごめんね黒猫ちゃん」
倒れてる黒猫に哀れみの目を向けながら一虎は小さく一言溢す。同時に誤解が解けて安心したような雰囲気も出す一虎。
しかしそうは問屋が卸さなかった。
「何安心してるんですか一虎さん。一応貴方も私を見捨てた事には変わりありませんよね?」
「え?」
ニコッとコノルが笑った瞬間、ゴッ!っと鈍い音が一虎の顎から鳴り響き、一虎は宙を舞って地面に打ち伏せる。
「が、がふ……」
2人が倒れるのを見て満足気に頷くと、コノルはハヤテの方を向く。
何故かハヤテはビクッとして短剣に手を置いていた。
殴られるとでも思ったのだろうか?まっさかー。
「初めましてハヤテさん!先程からお見苦しい所を見せて申し訳ありません!お会い出来て凄い光栄です!戦う姿カッコ良くていつか近くで会ってみたいと思ってました!実はファンです!」
コノルはそう言ってハヤテの手を無理矢理掴んで握手する。
「あ、ああ。それは、良かった」
まだちょっと警戒されてるが、コノルは満足気だった。
噂の有名人と握手出来るなんてー!きゃー!
そんな事を思いながらハヤテに握手して頬に手を当てて喜ぶコノルの後ろには、黒猫と一虎が瀕死状態で地面にキスをしている。
第三者のハヤテから見ればなんとも異常な光景が広がっていた。