その25 保護者がいないから
黒猫はコノルに殴られ仰向けに倒れていると、自分の近くに空になった硝子の瓶が転がってきて頭にコツンと当たる。
黒猫はそれを仰向けになりながらジーッと見る。
その瓶の表面には、自分の顔の揺れ動く様が、薄らと写り込んでいた。
―――――
甲板には紫色をした無数の触手がまだまだ数多く残っており船員を攻撃していた。
攻撃スキルで撃退するも、触手は次から次へと海から現れ、数が少なくなる気配がない。
そして対抗する者の中からポツポツと脱落する者が出てくる。
力尽きて蘇生を待つ者の場所にいた触手は、別の船員を狙って動き、船員は触手を1人で複数体相手を取る事になり、それが新たに脱落者を生む。
負の連鎖は止まらず、戦闘はより激しくなる。
「ヒーラーを狙わせるな!死んでも守れ!前線が崩壊するぞ!【牙前旋風】!」ビュンッ!
シノ影が刀を振ると旋風が巻き起こり、周りに蠢く触手が一斉に消滅する。
周りはその活躍に歓声を沸かせるが、シノ影は違う事を考えていた。
……いくらなんでも遅過ぎる。一体触手を何体狩れば本体が出てくるのだ?もう出てきてもおかしくない筈だ。条件が足りないのか?
シノ影が何体倒そうと、一向に減らない触手。
新手に刀を構えるが、終わりの見えない戦闘にシノ影は一抹の不安を覚える。
もしや……負けイベントなのか?
負けイベントとは、何をしてもプレイヤーが勝てない戦闘イベントの事。稀に戦闘で勝てるゲームもあるが、その後のイベントムービーで結局負け扱いにされるのでどう転んでも勝てないのだ。
その可能性が頭を過ぎると、弱気が戦闘へと現れる。
バシンッ!
「ぐっ!?はっ!」ザシュ!
触手からの攻撃を今まで一撃も受けなかったシノ影は後ろ攻撃を受けてしまったのだ。
直ぐに刀で攻撃してきた触手を返り討ちにしたが、単調な攻撃でそれ程驚異になり得ない触手の攻撃を受けた事実にシノ影のプライドが傷付く。
「くっ……」
こんな雑魚共にこの私が!くそ!
「この私を!ナメるなああ!」
シノ影は刀を強く握ると一回転して近付いてくる複数の触手を全て薙ぎ払う。
「皆の者!怯むな!信仰は勝機を与える!我々に敗北の二文字は無い!あるのは勝利の二文字!いざ共にゆかん!」
「「「うおおおおおお!!」」」
シノ影の鼓舞激励で周りの士気はより一層の高まる。
そんな時。
船が大きく傾き始める。
ギギギ……
「な、なんだ!?」
シノ影を含む甲板にいる全ての船員が困惑する中、その原因を下で大砲を撃っていた乗組員が、扉を乱暴に開けて伝えに来る。
「ふ、船底に穴が!あの猫野郎です!あの猫野郎が船底に穴を開けやがりました!!」
「…………はああああああ!?」
理解するのに時間が掛かる事実が脳を駆け巡り、その言葉の意味を理解すると、シノ影は顔を歪ませ理解不能な声を上げた。