その22 いざ出港!
船は波に煽られ揺り籠の様に揺れ動き、
風は帆を撫で静かな甲板を吹き抜ける。
下ろされた錨は波に打たれる度に、流水を弾いて大きな水飛沫を上げ、広大な海の真ん中に停泊している船は静かにその時を待つ
そこに現れる隠しボスを討伐するために。
「……」
閑靜とした甲板で遠くの海を黙って眺める黒猫。
その目には哀愁が漂っていた。
遠くを見つめて彼女は何を見て何を感じているのだろう。
コノルはそんな黒猫の後姿をただただジッと見詰める。
すると
「……のじゃ……うええええ……」
黒猫が海に向かってゲロを吐いた。
船酔いしていただけだったようだ。
「……何してるのよ」タッタッタッ
コノルは青冷めた顔の黒猫に小走りで近寄り、優しく肩に手を置く。
「大丈夫?【ステータス確認】……」
コノルが『ステータス確認』と唱えると黒猫の状態とステータスが空中に表示される。
色々詳しく書かれた黒猫のプロフィールを眺めてコノルはある事に気が付く。
「……状態異常……【船酔い】……何これ?初めて見た。これ状態異常扱いなんだ」
【麻痺】や【毒】等は良く聞くが、【船酔い】という珍しい……というか状態異常かどうかも疑わしいステータス異常にコノルは眉間に皺を寄せる。
「おうっぷ……うええええ……のじゃぁ……」
「状態異常なら回復薬で直せるのかな?ちょっと待ってね猫さん。【ヘルプ】【船酔い】……」
またコノルが唱えると、今度はコノルの知りたい情報が同じく空中に表示される。
「えっと……どれどれ……船酔い、防御力×2%で全プレイヤーは自動的に耐性を得られる……つまり猫さんの防御力は50より下か……ひっくいなぁ……じゃなくて、知りたい情報は……ああ、普通の回復アイテムとか全ての状態異常回復アイテムで治せるってさ。良かった良かった。持ってないから我慢ね。頑張って」
「ま、待つのじゃぁ……あんまりじ……うええええぇ……」
黒猫は引き続き盛大に吐く。
その光景を周りにいるチームメンバーが目撃すると、黒猫に近寄ってくる。
「おいおい、船酔いって……お前どれだけ防御力低いんだよ?」
「足引っ張るレベルじゃねーか!ははははは!」
「勘弁してくれよ?お前にだけは蘇生アイテム使わないからな」
「報酬乞食じゃん。せめてサポートに回ってよ?前線にだけは出ないで下さい」
どいつもこいつも、その吐いてる光景を見ただけで黒猫を厄介者扱い。戦闘が始まる前にここまで言われて黙っている訳にはいかなかった。
コノルは黒猫をバカにしてくる連中の前に出る。
「ふん!私達はこのレベルで151界にいるのよ?つまり私達の強さはレベルやステータスの高さではなく…………頭脳の高さ、よ」
コノルは得意気な顔をして自分の頭をトントンと指で叩く。
「いや、ここ休息界だから。これて当然なんだが?」
「ていうか、改めて君達のステータス見たけど、君はLv26でそこの吐き続けてる女の子はLv5じゃん。話にならないじゃん。ここの適正Lv43だよ?」
「Lv5って、この依頼受ける事自体烏滸がましいというか、よく今まで生きてこれたね」
「頭悪そう」
正論を多方向からぶつけられて、コノルは何も言い返せず額から変な汗が滲み出る。
すると、未だに船酔いをしている黒猫がヨロヨロになりながらコノルの肩を掴んで後ろから現れる。
「……い、言いたい放題……言ってくれるのじゃ……お主ら……何様……うっぷ!?うえええええ……」
コノルの真横で吐く黒猫。
「ぎゃああああ!?何してるの猫さあああん!?」
「うおおおおい!?船を汚すなよ!?」
「吐くなら海に吐いて!?」
「こっち来んな!?」
「やっぱ頭悪いじゃん」
コノルに絡んできた連中は未だ盛大に吐きまくる黒猫が来た途端、散り散りに離れる。
そんな黒猫の背中を擦りながらコノルは呆れた顔で黒猫を海へと向かせる。
「もう……いつもいつも面倒ばっか呼び込んで……でも、ありがと」
「……うぅ……ぬじゃ?何の話なのじゃ?うっ!?……ゴックン!…………うえええええ……」
「はいはい。全部吐きなさい」
背中をポンポンと叩いて楽になるのを見守るコノル。
すると黒猫がポケットに入れてる飴玉を取り出す
「……吐いてばかりで……お腹空いたのじゃ……」パク
食べても直ぐ吐くから意味無いじゃない。
と、コノルは思いながら黒猫の奇行を黙って見届ける。
すると、黒猫の体が光を放ち、【船酔い】が治り出した。
「あ、治ったのじゃ。ぬはははは!復活なのじゃ!」
蒼白としていた顔が血色を取り戻し、黒猫は元気に手を挙げて復活宣言をする。
「なんで!?」
意味の分からない急な復活に驚きつつ、コノルは再び船酔いの説明欄を見ると、回復手段に『普通の回復アイテムの使用』と書かれているのを思い出し、飴玉もそういえば回復アイテム扱いだった事に気が付く。
「なるほどー。飴玉の使い道みたり。猫さんにとっては神アイテムだったのね」
船酔いが治った事が嬉しくて甲板を走り回る黒猫を見ながら、コノルは手と手を合わせて合点がいったと納得する。
そしてコノルは手をチョイチョイと動かして走り回っている黒猫を呼ぶ。
「なんじゃあコノル?ご飯かぁ?」
「違うわよ。また船酔いされてもかなわないから、今の内に防御力上げておいてあげる。【防壁Lv3】【ガードアップ】」
コノルは黒猫に向かってバフ魔法と補助スキルを使用して、ギリギリ50以上の防御力を黒猫に付与して船酔い対策をする。
「こんな対策私達だけだよ。もっと自重しないと……はぁ」
苦労人のコノル。
そんなコノルの苦労も露知れず、黒猫は鼻歌を歌いながら甲板後方にスキップしながら消えていく。
「……まぁ狭いから後をついて行かなくてもいいかな?それにしても気持ちいいなぁ。こんなに景色が良いフィールドはなかなかないから今の内に堪能しないとね」
コノルは目を瞑りながら大きく深呼吸する。
肺いっぱいに空気を吸って、改めてこの世界がゲームだとは思えないと感じながらコノルはある事を思い出す。
猫耳をした銀髪の少年が目の前で白い光に包まれゆく光景を。
「…………」
センチメンタルな気持ちになっていると横から黒猫が顔を覗かせてくる。
「なんじゃ?お腹痛いのかの?」
「ううん。何でもないよ。それより猫さんこそどうしたの?」
「あれを見るのじゃ。白い船があるのじゃ」
黒猫が指を差す方向を見ると、自分達の船より一回り小さい白い船が近くを航海しているのが見えた。
「魚釣り様の船かな?いつか乗れるといいね猫さん」
「そうじゃな!」
コノルが優しく笑いかけると黒猫も満面の笑みで返してくる。
……ああ、来てよかった。
2人はそのまま船の甲板で白い船を観察していると、ふと船が揺れた気がした。
ギシギシ……
船が軋む音が聞こえるが木造の船だ。そういう仕様だと思い気にしない。
グラグラ……ギシギシ……
しかし次第に揺れは強くなり船の軋む音も大きくなってくる。
それに合わせて、周りの人達も慌ただしく動き出していた。
「なんじゃ?ご飯かぁ?」
船内で慌ただしく走り出す人達を見て、謎の勘違いをする黒猫。
「これは……もしかして……来るかも……猫さん気を付けて」
「クルカモ?なんじゃその食べ物は?甘美な響きなのじゃ」
コノルは何が起こるのか察するが、黒猫は謎の食べ物を脳内に浮かばせて涎を垂らしていた。
「バカなの?何しに来たか思い出して」
「船に乗りに来たのじゃ」
「猫さんの中でもう目標が達成されてる!?ちっがうでしょ!デビルクラーケンの討伐よ!手段が最終目標になってるよ猫さん!」
「???」
「はぁ……」
頭に手を当て呆れるコノル。
そんな2人の後ろから、デカい影がニュルニュルと海の中から現れ出ている事に2人はまだ気が付かなかった。