その203 棄世4
軟弱そうな女の子が入ってきた。歳は私と同じ位。
でも彼女は私より強かった。でもここではその強さは死を招く。
『……』
別に早死したいならすればいい。助ける義理はない。
『……ぬ、ぐ…………いきなり何するのじゃああああ!』
彼女は立ち上がると我慢せずに怒って射場ザキに殴り掛かろうとしていた。
『……』
ただの気まぐれ。彼女を床に押さえ付けて脅した。別に殺そうとしても良かった。
生意気でちょっとムカつく。けど、何故か、助けたくなった。
私に似ているようで全然似てない彼女を。
弱いけど力のある私。強いけど力のない彼女。対極にある彼女。
守らなければ儚く消えてしまいそうな彼女を私はいつしか遠目で見守っていた。
彼女の名前は確か……『無』とか言ってたっけ?誰も彼女の名前を呼ばないから忘れそう。でも名無しかぁ……完全に偽名じゃん。何だか愛玩動物みたいな奴だし偽名なら私が勝手に名前つけちゃおう。クロ。うんブラックギルドの愛玩動物ならしっくりくる。
密かに私は彼女をクロと呼ぶ事にした。
クロはゲバラさんにも楯突いて殺された。それでも反省しない命知らずのクロ。私は影を通して射場ザキやリョウケンに何度も抵抗してる彼女を見ていた。
正直凄いと思った。
特別な力がある訳でもなく、自分より格上に何度も挑むその気概、その姿が私には羨ましかった。
……あの時……私もクロみたいに……していれば……
『ガフ!ゴホゴホゴホ……』
ある日、クロが汚い床に咳をしながら拷問部屋で倒れ込んでいるのを見付ける。
また抵抗して射場ザキにでも焼きを入れられたのだろう。あいつは弱い者イジメが好きな、いけ好かない奴だから。
『じ、地獄なのじゃ……うぐ……参ったのじゃ。コノルにも会えぬし、理不尽な暴力は振られるし、お腹空いたし、怒る気力も起きぬのじゃ……』
弱音を初めて聞いた。少なくとも私が見ているタイミングでは初めてだ。日を追う事にクロは牙を削がれたように弱々しくなっている気がする。少しだけ従順になっているような……とにかく初めて見た時より強さが削がれてるように感じる。いずれ私みたいに……それは……やだな……見たくない。
私はクロに接触してみた。
『のじゃ。その聞こえ辛い声にも慣れてきたのじゃ。聞こえても何言ってるか分からぬがの。それより食べ物はないかの?お腹空いたのじゃ』
杞憂だった。弱さは削がれていない。会話してみるとクロは全然めげてなかった。少し嬉しい。取り敢えず痛い目に合わないように助言してみる。
だけどその後、助言の甲斐もなく、案の定射場ザキとリョウケンの2人にボコボコにされる。
……傷薬……あったっけ?回復薬でいいか。
私は自分の部屋から回復薬を持ってくる。
『……の……の……じゃぁ……』
戻ってみると、クロは半殺し状態なのに私があげたパンに向かって手を伸ばしていた。
弱々しく伸ばした手はパンには届かず、力無く床へと崩れ落ちる。
私は力無く落ちるクロの手を掴み取った。
……よくこんな細くて弱そうな手で歯向かうんだろう?いや、歯向かえるんだろう?
よく分からない強さを持つクロ。考えがあっての事か、将又ただの痴人なのか。どっちにしてもこのままじゃ可哀想だから回復してあげた。
クロは喜んでくれた。そしたら彼女は貴重なアイテムをくれた。
数珠だって。ミサンガみたいで可愛い。殺伐で心の荒む様な場所にいるのに、こんな事で少し心が和んだ。
近頃クロの夢ばかりみる。クロを助けたあの日からずっと。夢の内容はなんて事ない。私がクロと遊んでる夢。●●●と楽しく遊んでいたあの頃みたいに。
今日も秘密の場所でクロの夢を見た。花畑で寝ている私に顔を覗かせ見ていた。
だけど夢だと思っていたら本当にクロが目の前にいた。
密かに彼女の事をクロって呼んでいたのがバレそうになった。顔から火が出そうな位恥ずかしかった。
けど、そんな事どうでも良く感じる程、クロとの会話は楽しかった。こんなに喋って、こんなに笑ったのは久しぶりだ。本当に楽しかった。今までの事を忘れてしまうくらいに。
だけど忘れちゃいけないんだ。
私は笑える立場じゃない……actが言ってたみたいに暗い道を歩んでいる人間なのだから。
もうクロと関わるのは止めよう。私みたいなのに関われば、彼女に不幸を招いてしまう。
けど見てない内にクロはエライ目に合っていた。火達磨のクロ。何があったのかは本当に分からないが、おそらくブルーハートに利用されたのだろう。アイツは平気で人を使い捨てのコマにする。人を人として見ない奴……私はキライ。
だけど今助けたら、ブルーハートや他のメンバーに懐疑的な目を向けられる。
見過ごすしかない。
でも、少し心配なので私は影でクロを覗き見るだけにした。
案の定、少し離れただけでこの短時間の内に何度か危ない目に合っている。何故こうも危険な目に合ってるのか?まぁ、分からない範囲で手助けしよう。
だけどその後、裏切り者がクロだと判明してギルド総出で逃げたクロの始末を命令された。
もういい
分かった
殺し屋棄世だもん
思い通りにいくのは殺人だけ
私が誰かを助けるなんて、殺した人達が許さないよね。神様が許さないよね。虫が良すぎるもんね。
分かってる。これからも私は暗闇で蹲って殺し続ける。
死人に口なし。私はそれに縋るんだ。責められるのが怖い、だから生暖かい死のベールにくるまって自分を正当化してきた。
そんな私なんかが、何かを望むなんて許されないんだ。
私が……クロを……殺そう……
……………………………………
ただ……憧れだった……
●●●と楽しい普通の高校生活を……したかった……だけなのに……普通にクロと……楽しくお喋りしたかった……だけなのに……
そんな些細な事すら出来ない。選んだのは自分。だけど……涙が止まらない。
何で……私は……こんなに……弱いんだろう……
負の感情が、嫌な記憶を呼び起こす。
…………………………
『いつも遊んでくれてありがとね〜。この子●●●ちゃんしか友達いないから、これからも○○○と仲良くしてあげてね●●●ちゃん』
『●●●ちゃんは元気だなぁ。○○○も見習えよ〜。ガッハッハッ』
『○○○は●●●と仲が良かったよな?溢れたなら●●●の班に入れてもらいなさい』
『私約束あるから、別に来てもいいけど相手にしないよ?』
…………………………
『もっと○○○は社交性を学びなさい。成績は●●●と同じく良いんだから●●●を見習えばいい。良い例があるじゃないか』
『○○○の事は私に任せてください。友達ですから。あはは』
『○○○〜購買でパン買ってきて〜。お金?はぁ?それくらい出してよ〜。たった100円じゃーん』
………………………………
『皆でトランプするから○○○は先生来ないか見張ってて〜友達でしょ〜』
『はぁ……そんな声が小さくてどうするの?●●●ちゃんみたいにハキハキ喋りなさい○○○』
………………………………
『●●●って○○○なんかとなんでつるんでんのー?』
『トロいし、声は小さいし、つまらない。あんたって本当にしょうもないよね〜あはははは。ただのジョークじゃーん。何泣いてんのー?』
………………………………
『●●●ちゃんがイジメてくる?あんたはまた……どうせ些細な事で喧嘩したんでしょ?●●●ちゃんの事を悪く言う陰湿な事してないで●●●ちゃんに謝ってきなさい』
『●●●ちゃんに限ってイジメなんてしないだろう。ある事無い事告げ口して、お前は卑怯な事をしてる自覚はあるのか?』
………………………………
『ガッハッハッ!ん?○○○?どうした?泣いてんのか?そんな時は笑え笑え!ガッハッハッ!』
『お父さん。○○○が●●●ちゃんにイジメられてるって言うのよ。あの子はほんとにもう……なんであんなに虚言癖のある陰気な子に育ったのかしら……ずっと一緒にいる●●●ちゃんはあんなに元気なのに』
『構ってほしいんだろ。嘘でも聞いてあげなさい。じゃないと嘘が増長してしまうぞ。今度は●●●ちゃんに殺される〜ってな。ガッハッハッ!』
………………………………
『どうした○○○?先生に質問か?…………あー……はぁ……分かった分かった。なら●●●にちゃんと面と向かって言え。先生に言っても仕方ないだろう?喧嘩なら●●●に謝ってちゃんと仲直りしなさい。なら解決だろう?自分が悪かったごめんなさいって。ごめんなさいを言えなくなったらいよいよ人として終わりだぞ○○○?』
………………………………
『あんた何が楽しくて生きてんの?あ、トモちゃん私と同じ事思ってたんだ〜ウケる〜』
………………………………
『○○○はちゃんと●●●ちゃんの話を聞きなさい。少しは●●●を見習おうと思わないのか?』
………………………………
『『『●●●と違ってお前は』』』
『……………』
誰も、私の味方をしてくれない
誰も、私の話を聞いてくれない
誰も、私を理解してくれない
誰も、私を見てはいない
誰も、私の気持ちを……
誰も、私の……
誰も……
……
……もう……話すのも…………
……こんな世界……ちっとも……楽しく……ない………………楽しくないよぉ………………誰かぁ………………誰でもいいから………………………私の……
わたしの……………………涙を……………止めてよ………………………………………
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よくも、わたしゃの友達を、今まで散々泣かしてきたの」
声が聞こえた
空から
儚く消えそうな存在
だけど強く憧れた存在
彼女の強い思いは
その声はちゃんと
棄世の心に届いた
『いつの日かお前を助けてくれる奴が現れるかもな』
期待してなかった
けどactが言ってた通り
現れた
暗い寂しい世界を照らす様に
空から太陽を引き連れて、暗い影に手を差し伸べて来たかの様に
黄金色に輝く髪の少女は、棄世の今までを、辛い記憶を全て塗り潰すかの様に
「これがっ!!そのっ!!報いじゃあああああああ!!」
大きな声を上げながら剣を振るった。
「カハッ!?」
頭と首が離れる感触。
外傷ダメージによってシステムに即死と判断されたブルーハートは復活の時間もなく、そのまま空中で光の礫となり消滅する。
「終わったのじゃ……うむ……」
だが、今度は黒猫の番だ。落下すればいくら体力があろうと蘇生可能時間も無く首を折って即死の可能性がある。しかも黒猫のHPはレッドゲージ。待った無しで死ぬコース。
高い上空から、地面に向かって勢い良く落下する黒猫。ブルーハートのように落下速度を軽減する方法を持たない黒猫はそのまま為す術なく地面に激突する。
ポヨン
しかし、激突した割にはぬるい音が鳴り響く。
「……のじゃ?」
死ななかった。それどころかダメージも受けてない
訳が分からないまま黒猫は下を見ると、影が黒猫を受け止めていた。柔らかいトランプリンのような感触。
同時にこの感触を以前どこかで体験した事を思い出す。
ギルド会議場でハイヴァーに3階から投げ落とされた時、柔らかい感触で助かった記憶。
あの時助けてくれた人が分かった。
「そうか。また助けてくれたのじゃな。ありがとうなのじゃ」
「う、へへ……と、友達……だ、だから……ね……お、お疲れ……クロ」
「ぬはは。お疲れ様なのじゃ棄世」
黒猫は満面の笑みで答えた。