その202 棄世3
手にしたクナイを握り締め、黒猫は周りの状況と立ち位置を把握する。
クナイに繋がれた糸は依然棄世と繋がっている。
「のじゃ!」ダッ!
黒猫はその糸の影がブルーハートと重なる位置に走る。
「うぜぇぞコバエが」
ブルーハートが手を出して再び青い炎の球を打とうとする。
その刹那の瞬間、黒猫は立ち止まり叫ぶ。
「棄世えええええええええ!!上じゃああああああ!!」
必要最低限の事を叫び、空に向かって指を掲げる黒猫。
「っ!!」
棄世はその真意を悟ると、ブルーハートと黒猫の真下にある影をある形に操作する。
「何!?コイツ!?それが狙いだったのか!?くそっ!?」バッ!
ブルーハートは真下からまた影の棘がくると思いガードに徹する為、鉄の板のアイテムを地面に向かって使用してガードしようとする。
しかし、地面から出たのは棘ではなくただの四角い影。
それは発射台の様に地面から勢い良く飛び出すと、ブルーハートと黒猫を上空高く打ち上げる。
「のじゃああああ!?」
「ぐああああっ!?」
思いの外勢い良く空に飛ばされ驚く黒猫と、まさか空に向かって飛ばされるとは思ってなかったブルーハートは共に驚きの声を出す。
「ちっくしょうがっ!空中なら攻撃が避けれねぇってか!舐めんのも大概にしろ根暗女あ!てめぇの攻撃もこんな空中じゃ届かねーんだよ!寧ろ遠距離攻撃特化の俺に有利ってんだ!空から絨毯爆撃をお見舞いしてやるよ!」
ブルーハートが大きく笑みを浮かべながら地面にいる棄世に向かってガントレットを向ける。
丁度その時
自分の背中に悪寒を感じた。
勝負の勝敗とはどう勝ち得るのか?
勝機を見出す為に、弱点を見付ける、作戦を練る、対策を立てる、有利不利を見分ける、敵との相性を把握する、様々な要素があり、それによって大きく変わる。
普通ならばそうだ。
だが、極論を言えば
相手に何もさせない。一瞬で勝負を終わらせる。
それらが1番手っ取り早い勝利への近道。
単純な事。黒猫は分かっていた。だから何もさせない事は出来なくても相手の動きを最小限にし、早々に勝負を仕掛けに行った。
盤上で最善手ばかり打つように。
悪寒の正体
何か分からないがブルーハートは後ろを振り向くと
影が出来ていた。
それは太陽と重なった大きな大きな影。
小さい身体が太陽と重なり地面に巨大な影を写していた。
だが、その小さな身体から生み出された大きな影は、ブルーハートと地面で小さく見えている棄世とを地面で繋いでいた。
クナイの糸の影では、上空に飛ばされた際、どこに飛ぶか分からないブルーハートの影とを繋ぐのは難しい。
だが、これなら関係ない。全てが棄世の影を巻き込んだ黒猫の影に覆われたのだから。ブルーハートの全身が黒猫の影を通して棄世と繋がっていた。
身体が小さく軽い分、黒猫の方がブルーハートより高い位置に飛ばされた。だから可能となった影との重なり。計算なのか天然なのか、どちらにしても黒猫と棄世に有利な状況。流石に地面にある影の攻撃はこんな高い空中まで届かないが、それでも十分だった。
「や、やる……ね……クロ」
棄世はブルーハートに向かって手を向けブルーハートの身体に浮かぶ黒猫の影を操作し、紐状の影でブルーハートを拘束する。
これが今重なった影でできる唯一の対抗手段。動きを封じればあとは勝手に落下してダメージを負う。
仮にもしここで攻撃する為の棘を作り出して攻撃しても、操作出来るのはブルーハートの身体を覆った部分だけの影なので大した威力にはならず、更にブルーハートの青い炎で掻き消されるので、そうさせない為の拘束が最善手だった。
「拘束!?クソが!落下ダメージを狙ってやがるのか!だが無駄だ!落ちる速度を軽減せよ!【リジェクトフォールダウン】!」
しかし、その事を予測したブルーハートは魔法を詠唱する。すると途端にブルーハートの落下速度が遅くなる。
「はっはっはっ!無駄だったな!こんなもん!『展開』!」ボオッ!
ブルーハートは影の拘束を青い炎を身体全体で発して解く。
「そ、そんな……あ、あんな……つ、使い……方も……で、出来る、の……!?」
「さぁ!そこで見てろ根暗女!お前のお友達が粉微塵になる所をよお!」
ブルーハートはRTで動けない身体を、無理矢理空中で体勢を変えて黒猫に向かってガントレットを構える。黒猫を先に殺して棄世への見せしめにしようとしていた。
地面に降りた時、根暗女と戦う為に炎は1発でも温存しないとな。切り札ってやつはこういうのを言うんだ。あのカス女はあと一撃で死ぬ事だし。無駄弾を使う必要はねぇ。本当なら魔法で始末してぇ所だが、落下速度軽減魔法のRTがまだ数秒残ってるから仕方ねぇか。
ブルーハートは一発だけ黒猫に向かって青い炎の球を放つ。
その青い炎の球が空中にいる黒猫に向かって飛んでくる。
だが、黒猫はその事を予想していた。
「お主はケチじゃから必ず一発しか放たんと思っておったのじゃ!食らうのじゃ!」シュッ!
黒猫はさっき使った木の枝を再び手に出現させると炎に向かって投げ付ける。
すると青い炎の球は綺麗に跳ね返りブルーハートに向かってくる。
「はあ!?何だその軌道!?跳ね返っ、くっ!仕方ねぇ!『展開』!」
余程の当たり方をしなければこんな跳ね返り方はしない、有り得ない軌道。
木の棒に当たって反射する様に綺麗に自身へと跳ね返ってくる炎の球の軌道に驚き、このままだと自分に当たってしまうと焦ったブルーハートは残り1つしか出せない炎の球を、跳ね返ってきた炎の球へとぶつけて相殺する。
これで青い炎の球は全て使いきった。
……消えたのじゃ。
黒猫はブルーハートの装備しているガントレットの7つの光が消えた事を確認する。
ちくしょう!計算外だ!……だが、まだ根暗女とやれねぇ事はねぇ。魔法がある。それにカス女が俺にダメージを与える事なんざ出来ねーんだからな。青い炎が無くなった今、あのカス女は無視だ。地面に着くまでにRTも青い炎も回復する。そうすりゃ状況は変わらねぇ。青い炎をチラつかせつつ根暗女に強力な魔法を放って終わりだ。
このままではブルーハートの思惑通り何も変わらない。なんならブルーハートが地面に着く頃には最初より不利になってしまう。どうにかしようにも、どうしようもない。
レベル差。黒猫にとって最大の難問。
幾ら攻撃を避け、幾ら絶好の攻撃のチャンスを得ようとも、今の黒猫の攻撃力ではブルーハートに傷一つ付けられやしない。
そう、黒猫の攻撃力では。
スゥ……
「くっ、クロおおおおお!それはっ!私が作ったっ!からっ!私のっ!攻撃力がっ!乗ってるっ!だからっ!やれるっ!よおおおおおおおお!」
地上から、大きな声が聞こえた。
今まで聞いた事なかった大声。
小さな声で吃り、決して大きな声で喋らなかった、否、喋れなくなくなっていった女の子の
勇気を振り絞った、黒猫が引き出した、希望に満ちた
ただの大きな声
黒猫の手にはいつの間にか黒い剣が握られていた。
棄世が影で作り出した、黒猫を助ける剣。ピンチをチャンスに変える最後の一振。
「あ?……ハッ!?まさか!?そりゃ!?」
ブルーハートは全てを察するが、時既に遅し
眼中になかった黒猫による自身への致命打に成りうる攻撃。防ぐ方法がない。
魔法によるRTであと数秒、魔法も攻撃スキルも放てず、さらにガントレットの攻撃も発動出来ない状態。
その手には棄世の攻撃力が乗った影の能力で作り出した武器。
いくら黒猫が弱くても、十分ブルーハートに攻撃が通る武器。
「何で!?こんなカス共にこの俺が!?」
「よくも、わたしゃの友達を、今まで散々泣かしてきたの」
黒猫は黒く大きな剣を握り締め、
振り被る。
「これがっ!!そのっ!!報いじゃあああああああ!!」
そしてブルーハートの首筋目掛けて剣を振り下ろした。