その13 151界
―――151界 白い島と青い海が織り成す休息界―――
「うわあああ!きっもちいいい!!」
「風がああ!しょっぱいのじゃああ!!」
「………そんな感想ある?もはや不満じゃん。もしかして空気が美味しいって言いたいの?」
「それじゃ」ピシッ
黒猫はコノルに指を差す。
2人は151界の最初に転移される広場にいた。
周りは船着き場みたいな場所で地面は白く、海に停泊している船はクルーザーみたいなのが列をなし、船着き場を吹き抜ける風は心地良く、景色は無論申し分無い。第一印象は最高だ。
来た瞬間に分かる。来て良かった感。
コノルと黒猫の2人は目の前にある山に密集した建物で形を成している街を見る。
「凄いよ!白いよ!大きいよ!街が!猫さん!」
「ヤバいのじゃ!凄いのじゃ!ヤバいのじゃ!」
「……語彙力」
黒猫の単語の引き出しの少なさに真顔で呆れつつ、コノルは上がり続けるテンションを抑えながら、最初にすべき事を行う。
それは、マップの確認だ。
休息界だといっても、2人にとっては未知の領域。油断していたらモンスターのいるフィールドに出てしまって取り返しの付かない事になり得るかもしれない。
……というのは建前で、本当は早くどんな感じの広さかとか、何の店がどんな場所にあるのかとかを知りたかっただけである。
そんな期待感一杯のコノルがマップを見ると、自分達のいる場所の事や島がどんな形なのかが一目で分かった。
今目の前に見えてる街の全てが海に囲まれている島だという事、島はほぼ円形な事、島の中心はどうやら山の山頂辺りだという事だ。
更に海の向こうには似たような形の島が2つあり、どうやら陸地はその3つだけで後は海のようだった。
そして自分達のいる場所は丁度船着き場となっている。どうやら島の反対側は砂浜らしい。
……泳げるのね。水着って売ってるのかな?猫さんは……海パン……は駄目ね。スクール水着でも着せとこうかな。売ってたらだけど。まぁ、ここに行くのは後かな。
「ここには泳いで行くのかの?」
そんな水着の事を考えながらマップをスクロールしていると、黒猫は横からズイッと顔覗かせてコノルの開いてるマップを見てくる。
「ちょ、邪魔よ猫さん」
コノルは黒猫の頬に手を当てて押し退ける。
「泳いで移動は流石に無理よ。泳いだら遠すぎるから途中で溺れ死ぬわ。移動はポータルか船でしょうね。ポータルはその置かれてる場所に直接出向いて登録しないといけないから、まだ、使えない。つまり!最初は船しか移動手段がないわね!」
コノルはクルーザーに目を向けると、途端に目を輝かせながら、壮観と云わんばかりに並べられているクルーザーに手を向けて、いずれ船に乗れる期待感に胸を踊らせる。
「乗りたいのじゃ」
「乗りたいわね」
羨望の眼差しを向けながら、あれやこれや妄想しつつ、コノルは首を振って現実へと意識を返らせる。
「先ずは住む場所と仕事を見付けるわよ。あわよくば仕事先を住処に出来たら尚良しね。いくわよ」
「いつものパターンじゃな」
2人は新天地で安定した仕事探しを始める。
―――
そして探すこと12件
全て断られた。
「なんで!?」
「いや、ごめんね。君はいいんだけど……そっちの金髪のマフラーの子も一緒だと……ね?」
そう言われて追い返され続けた。
―――
「何が『ね?』じゃ!わたしゃの何が不満なのじゃ!」
「猫さんと私……ここ……訪れたのは初めてだったよね……悪名広がり過ぎてない?」
2人は海が展望できるカフェテラスでお昼にしていた。
その席は店のバルコニーみたいな場所に置かれており、周りは柵で囲まれて柵の先は断崖絶壁だが、段差状に下へと下っていく街の景色も海と一緒に一望できた。
そんな絶景スポットで景色も見ずに、黒猫は両手を上げながらジタバタと子供が喚くように怒っている。
「まだ何もしておらぬのじゃ!何故ここまで警戒されておるのじゃ!」シャリッ
そう言って黒猫は何処から盗ったのか、マンゴーみたいな果物を取り出して齧り付き、身体を少し光らせる。
「その果実って……さっき道の店で売ってた美味しそうな果物……はっ!?いつの間に!?このバカ!」
ガン!
コノルは黒猫が食べ物を盗んだ事を察すると黒猫の頭をグーで殴りつける。
「痛いのじゃ……反省」
涙目になりながら、コノルの肩にポンッと手を置いて黒猫は謎の反省儀式をする。
「よろしい。……いや良くないわ。もう……何でもかんでも盗まないでよ。そんなんだから警戒されて……というかあの感じは多分その盗み食いは関係ないわね。私達、他の界でやらかした事で商業系ギルドのブラックリストに入れられたのかな?」
「コノルはブラックリスト入りしてるのかの?」
「おかげ様でね。猫さんもよ」
「照れるのじゃ」
「照れるな。不名誉だって事覚えておいて。とにもかくにもこのままじゃ儘ならないわね」
コノルは額に手の平を添えて頭を悩ましていると、料理が運ばれてくる。
「待ちしたー『シーコーンチーズピザ』と『栄えあるパエリア』と『アイス珈琲』と『熟成謎の実ジュース』になりまー。ではっくりー」
「……あやつは何を言っておるのじゃ?」
注文した料理を丁寧に素早く置いて早々と去っていく無茶苦茶な口調のウエイトレスを黒猫は薄目で睨む。
「猫さんも似た様な事言うでしょ?睨まないの。それよりほら!食べよう食べよう!はぁー!おいしそー!」
「うむー!良い匂いじゃ!」ジュるり……
2人はまずトロ〜リとトロけるコーンの乗ったピザを食べる。
「「ううううぅん!」」
あまりの美味しさに2人は幸せそうな顔で頬に手をあてて、その味を噛み締める。
次にパエリアを小皿に掬う。
そしてスプーンでパエリアを豪快に口の中に放り込む。
ハムッ!
「「ううううぅん!」」
これまたピザとまったく同じ反応である。
「これ程美味な物が世界にはあったのかの!」
「ねっ!来て良かったでしょ!」
「うむー!」
2人はピザとパエリアを平らげるとコノルは飲み物を飲みながらひと息つき、黒猫はテーブルに置かれていた爪楊枝を複数使って文字を作って遊んでいた。
コノルはふとテラスの外を見ると、噴水がある広場が見え、そこには人が集まっていた。
「なんだろうあれ?」ズズッ…
コノルは珈琲を飲みながら様子を見る。
何やら集まった人達に囲まれて、2名の人物が勝負をしているのが確認できた。
「PvPかぁ。てことは、周りの人達はギャラリーね」
遠目だから良くは確認出来なかったが、1人は暗緑色の髪をした男の子と、薄黄色の髪をした女の子が戦っているようだった。
その緑という特徴的な髪色にコノルはある人物を思い出す。
「あれって疾風のハヤテ君じゃない?凄い。有名人だよ猫さん。攻略ギルド【希望の星】の。あの英雄ライト君が所属しているギルドメンバーだよ。速すぎて攻撃が見えないって言われてる位強いんだって」
「詳しいのーコノルはー」
そう言って黒猫は見ようともせず、ひたすら爪楊枝で文字をつくる。
黒猫のテーブルには牙心という漢字と空腹という漢字が縦並べに出来上がっていた。
空腹……食べたばかりでお腹減ってるの?
そんなギルド事情に興味無さげな黒猫をほっといて、コノルは戦いの続きを眺める。
遠目からでもレベルの高い戦いが繰り広げられてるのが分かる。
「やっぱりハヤテさんって強いんだなー。でもそれに対抗するあの子も凄い」
そしてコノルはある事に気が付く。
それは疾風のハヤテがバフや攻撃スキルを使用してるのに対して、薄黄髪の女の子は体からはバフを掛けた時の光が見られない上に攻撃スキルを使用している素振りも一切ないのだ。
全て紙一重で攻撃を避けて、通常攻撃だけで対抗している。
更にコノルが目を細めてよく見ると、薄黄髪の女の子の動きが人間離れした動きをしており、バフを掛けてスピードを上げているであろうハヤテより素早い動きで一方的に押している事に気が付いた。
「あの女の子……いったい」
そうこうしているとPvPが終わって、2人は握手をして健闘を称え合っているであろう動きをしていた。
どっちが勝ったか良く見えないけど、レベルが高いなぁ。やっぱり攻略ギルドの人同士のバトルだったのかな?
「ん〜?どしたのじゃ〜?」
コノルが戦い合っていた2人の人物像を推測していると、横から爪楊枝遊びに飽きた黒猫がコノルの見ている場所をテラスの柵にドスッと凭れ掛かって覗き見る。
すると薄黄髪の女の子が、こんなにも遠く離れているにも関わらず黒猫とコノルの方を見て大きく手を振ってきたのだ。
「え!?私達に気が付いたの!?この距離で!?」
コノルが驚愕していると、隣で黒猫が眠そうな顔をしながら手を振り返す。
「え!?猫さんの知り合いなの!?」
「んー?それより仕事探しはどうするのじゃ?」
「あー!?忘れてた!束の間の至福から現実に戻してくれてありがとう……」
黒猫の一言で天国から地獄に堕ちたような気持ちになりながら女の子の謎を忘れて2人は店を後にした。