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UFO生活

作者: 阿部凌大

 やはり田中さんは宇宙人だった。

「この奥なんですけどね」

 田中さんに連れられ、私はどんどんと森の奥へと進み、辿り着いたのは随分と開けた場所だった。そして田中さんはポケットから取り出したリモコンのようなもののボタンを一つ押すと、何も無かったはずのその場所に、少しずつ半透明の巨大な円盤が現れ始めた。それはみるみるうちに色を濃くしていき、最後には銀色に輝いたそれが私の目前に立ち現れたのだった。

「万が一誰かに見つかったら大騒ぎになりますからね」

 始めて見るUFOは想像していたよりも幾分大きかった。家一軒分くらいなら優に超えるだろう。そして私は田中さんに連れられ内部へとお邪魔させてもらった。

 その内部も私の想像とは全く異なるものだった。内部はいくつかの部屋に分けられており、映画などでよく目にするいわゆるコックピットと呼ばれる場所を除けば、後の部屋は完全な居住スペースだった。中には畳が敷かれた和室なんかもある。

「地球に来るにあたって特に日本に憧れを抱きましてね、こんな部屋も作っちゃったんですよ」

 田中さんは観光のために地球を訪れたということだった。そして実際に日本に住んでみたところ想像以上に日本の暮らしにハマり、遂にはこのまま日本に永住することを決めたらしい。そこでもう必要の無くなったこのUFOを、ひょんなことから仲良くなった私に譲ろうということだった。

「星と星との移動は中々長いですからね、こうやって住みやすくしとかないともちませんよ」

 今までもっていた固定観念など一つのきっかけさえあれば、こうしていとも簡単に崩れ落ちるものなのである。

「あの、せめていくらかお支払いを」

「そんなの構いませんよ。丁度処分にも困っていたところですし。阿部さんも丁度いい家探してたんでしょう?外観こそいくらか悪いですが、住む分にはいいと思いますよ。なにせ住所も自由自在だ。私は憧れの日本家屋を建てたところですから、気にせず使っちゃってください」

 こうして私は妻と共に、このUFOに住むことになった。


 妻の夢は美しい風景の広がる場所に家を建て、そこでのんびりと暮らしていくことだった。だから私が恐る恐るその提案をした時、妻はすぐに食いついて了承した。

「なかなかいい家ね、気にいったわ」

 私と妻は何往復もかけて森の中のその円盤の中へ家財道具を運び入れ、暮らしの準備を整えた。洗濯機やテレビ、タンスにテーブルなど、私達の生活に馴染んだ物達を並べていくと、円盤の内部はより一層に家の中らしくなっていくのだった。

 そして私達は円盤を操作し、再びその見た目を透明にすると、理想の土地を探すために飛び立ったのである。

 操作自体は単純だったため、私達はひとまず空の旅を楽しんだ。なかなかのスピードも出るためビュンビュンと風を切り裂きながらあても無く進んでいく。真下に広がる森を抜け、山を越え、どこまでも広がる海の上を走った。

「どこへ行こうか」

「空気の綺麗なところが良いわ」

 海を越え、どこかの国の空にたどり着いた。そのまましばらく走っていると、目の前にはどこまでも続く平原が広がっていた。風に吹かれ、柔らかい草がその表面を波のように揺らしている。さらにはその至る所で牛や馬の仲間と思われる動物たちが草を噛み、風を切って駆けるなどしながら自由気ままに生きているようだった。

「ここがいいわ。探し求めてた場所にぴったり!」

 私達はそこに円盤を降ろした。外に出ると心地よい風が頬を撫で、草の匂いを私達のもとに運んでくれた。隣にいる妻を見ると、その顔は穏やかな喜びに満ちているようだった。

 妻は草の上に寝ころび、ごろごろと体を揺れ動かした。私はそんな姿を眺めながら、無事に妻の望む生活を手に入れることが出来て、本当に良かったと思った。私が小説家なんて風変わりな仕事をしていたがために、これまで妻には散々な迷惑をかけていたのである。

 それから私達がしばらくそんな健やかな生活を送っていると、妻はふと口を開いた。

「なんか違うのよね」

「違う?」

「のんびりが一番良いって思ってたんだけど、どうやらそうじゃないらしいのよ」

 

 私達は再び飛び立った。そして次に降り立ったのは、凍てつく氷の大地だった。

 とめどなく降り続ける雪は、その一粒一粒が宝石のように美しく輝きながらヒラヒラと舞い降りる。そして周囲を見渡せば白一面の景色が広がっており、息を吸うだけでその冷気が針のように肺を刺すのだった。

 だが一度その空を見てしまえば、そんな痛みなど一瞬にして消え去ってしまう。そこには言葉を失うほど荘厳で豪奢な光を放つオーロラが、ゆっくりとその身を揺らめかせ、移ろわせていた。それはその下に広がる白い景色を完全な余白へと変えてしまい、さらにはその雪の表面すらも自らの光で鮮やかに飾ってしまうのだった。

「……なんて綺麗な景色。これだったら毎日見ても飽き足りない」

 だが一月ほどが経つと、妻はまた口を開いた。

「流石に毎日見るようなもんじゃないわね」

 私達はまた飛び立った。


 氷の世界が合わなかった私達は、今度はその対極ともいえる火山の火口に円盤を降ろした。窓からその景色を覗けば、全てを飲み込まんと激しい火の飛沫を撒きたて、煮えたぎり蠢く溶岩の海が視界を埋め尽くす。その怒りのような熱は今にも沸き立ち、私達に襲いかかってくるようである。そしてその溶岩の放つ不穏な光は夜であろうと私達の円盤を包み、容赦なく窓から射し入るのだった。

「刺激的でいいんだけどね、流石に怖いわ」


 続いて私達は海へと向かった。それも海の中へである。円盤をその波へと浸し始めると、すぐに数えきれないほどの魚たちが私達を取り囲んだ。指先程に小さなものから、私たちなど簡単に一飲みしてしまうほど巨大なもの、細やかな鱗に光を反射させる華美なものに、歪な形をした醜いもの、それらはいつまでも見飽きぬ優雅な景色だった。

 海の底へと深く潜っていくにつれ外界の音も静まり、そんな景色をより一層に引き立てた。妻を見れば彼女は、窓に両手をついて食い入るようにその様を眺めている。

「素敵ね。まるで竜宮城みたい」

 そしてまた一週間が経てば、

「結局のところ、ただの魚なのよね」と、そんなことを言うのだった。


 私達はそのまま沈み込み、深海へと向かってみた。少しずつ陽の光も薄れゆき、最後には完全な闇に満たされた。そこでは円盤から漏れる光が僅かに周囲を照らすばかりで、時折近づいてくる気色の悪い深海生物が顔を覗かせた。

「……これは違うわ」


 それからも私達はひたすらに様々な場所を飛び回り続けた。豊かな自然が一望できる崖の上、一面の海を染めていく夕陽を堪能できる海岸、色鮮やかな花に囲まれた夢のような森の奥地、雲の海を眺められる山脈に、満開の星空が広がる大地の上。瞬きすらも惜しいほどのその絶景や自然の素晴らしさを私達は味わい、そしてまた飛び立ち続けた。


 窓の外には、限りなく白に近い灰色の大地が広がっていた。緑も無ければ海も川も無い、風も無ければ雲も青空も、さらには虫や草花、動物、ましてや人間など、生命の気配ですらそこには一粒たりとも無かった。あるのは数えきれないほどのクレーターと、その上に広がる限りない宇宙だった。そしてそこには私達のいた地球も、静かに佇んでいる。

「これ以上無いほどの景色だと思うんだけど、どう?」

「けどやっぱり外に出られないと退屈よね」

「……帰ろうか」

 私達は月からも飛び立ち、再び地球を目指した。

「そうなるとこのまま宇宙を飛び回ってみるのはどうだい?気に入る星が見つかるかもしれない」

「私気づいたんだけどね、どんなに綺麗な場所に行っても、そのうちその景色にも慣れちゃって、すぐに飽きちゃうのよね」

「そしたらまた別の星を探そう。いつかきっととびっきりの場所が見つかるさ」

「ううん。結局は、どこでも変わらないのよ。綺麗なだけの場所なんて、すぐにどうだってよくなるの」

「じゃあ、」

「だからそれってきっと、どこだって構わないってことじゃないかしら?どこにいたってこのまま幸せに暮らせるのよ。あなたさえいれば」

「……そうか」

 なんだか気恥ずかしいような、嬉しいような、そんな表情を妻に見られまいと私は俯きながら、ただそう呟いた。

「こんなに色んなところを飛び回った後に、ようやくそんなことに気づくなんて、私って馬鹿ね」

「そんなことはないさ。……ひとまず帰ろうか」

 私達の目前には美しい地球が浮かんでいた。だがその美しさや何もかもは、私達とはもうなんら関係の無い物事だった。どうだってよかった。


 突然田中さんからの連絡が入り、それは大変申し訳ないがUFOを返してはもらえないかという旨のことだった。どうやら田中さんは自分の星に無断で地球への永住を決めていたらしく、それがバレて帰星命令が下ったらしい。

 そして私達は快くUFOを田中さんに返した。そのお詫びとお礼にと、田中さんは自分の永住のために購入していた豪勢な日本家屋を、そっくりそのまま私達に譲ってくれたのだった。

「ゴタゴタが全部片付いたらまた新しい家建てますんで、気にせず使っちゃってください。それで私が帰って来たら、どっかでまたゆっくり飲みましょう」

 こうして私と妻は、のどかな風景の中に建った広い家で、新たな生活を始めることとなった。


「悪くないわね」

 自然の音に耳を傾け、縁側で二人お茶を飲みながら妻がそう呟いた。

「そりゃあ悪くないだろう。君さえいれば」

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