【SSコン:穴】 君はその穴に何を入れて埋める?
ずぼり、と「そこ」が陥没した。予感はしていた。手に取ったり乗ったりできない割に、その下が「空洞になっている」という変な感覚はしっかりあったのだから。支えていた最後の柱を無理くりに折り取られれば、さしもの私の心も耐えて表面を繕うだけの強さはなかったようで、あっけなく穴が空いた。空けないように埋めておいてもらっていたはずなのに。まぁその詰め物も定着する前にガリガリ削り取られてるんだから仕方もないか。
人の心には必ず穴がある。そう誰かが言っていた。私も例外ではないというわけで。何かをそこに入れ続けなければ人は死んでしまうのよ、と教えてくれたことを思い出す。何を入れよう。あの人が詰めてくれたものは全部削ぎ取られちゃったし、今更虚しい偽物の愛情やら感情やらを詰め込んで何かいいことがあるとも思えない。でも埋めなければ死んでしまう。どうしたものか。そうだ。あれを入れればいいじゃないか。あれなら有り余るほどある。私が「普通」じゃならしいが故によく飛んでくる罵詈雑言やら、案外グサッと刺さる言葉の類。半分くらいは無意識だったり悪気がないままに投げてるんだろうけど、あれ地味に痛いんだよね。あれもここに投げ込めば痛さも半減するんじゃないか。そうだそうだ、それがいいじゃないか。とりあえずこの前飛んできたの一個投げ込んでみよう。なんだっけ、あぁそうだ、怒られてる時に変なこと考えない、だっけ? 何が悪いか特に説明もしないのに長時間似たようなこと言われるんだから時間の無駄になっちゃうのに、効率的に使っちゃいけないと怒られるのはどうにも腑に落ちないから心の穴に落っことそう。
後、他には……なんだっけ、なんだっけ。記憶力が弱いから嫌なことすぐ忘れちゃうんだよな、都合がいいことはよく覚えてるくせに。あぁそうだ、面白いと思ったことをすぐに言うのは良くない、とかいう不思議なルールがあったな。あれもいらないから入れちゃえ。だんだん楽しくなってきた。
えっと、話し続けちゃダメ、嫌なこと言われても怒っちゃダメ、いつも真面目に、だっけ? これもいらないや。才能は地位も立場も凌駕するって天才の先輩が言ってたもんね。話す才能があるなら無駄にしちゃダメだよ、きっと。それにまじめにしてちゃつまんない。まじめな話も大事だけど、そう言うのはパリッと塩味が効いててピリッとスパイスの風味がするくらいに味付けしないと疲れちゃう。そもそも息をするように楽しいことを思いついちゃうんだから、我慢するのは嫌だし、それに辛いもん。うんうん、ずいぶん埋まってきたじゃん。あとはもう、嫌なことを言われるのを待つだけ! 頑張った! 頑張った……
「頑張ったんだから、誰か、褒めて……偉いって、よくやったねって、褒めてよ……」
ちゃんと頑張って埋めたはずなのに、空っぽなんだよ……