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御令嬢、奴隷として売れ残る。

作者: しいたけ

子爵とか公爵とかさっぱり分からないんで、一切出て来ません。でも面白いので宜しくお願い致す。

 なんてことのない普通の朝。街一番の大屋敷の前には役人が大挙して押し寄せていた。


「差し押さえで御座いますぞ、バルムウェード殿」


 粗末な身なりで役人達と対峙する男。その神妙な顔付きには諦めと絶望の色が入り交じっていた。


「お父様!! これはどういう事で御座いますか!?」


 役人達が次々と家財道具を屋敷から持ち出してゆく最中、一人娘のジェーンは事の顛末を理解できずにいた。ジェーンの母は差し押さえの紙が貼られたベッドの上で一人シクシクと泣いている。


「すまんな……不甲斐ない父を許せ」

「この家は!? 屋敷はどうなるのです!?」

「競売にかけられる。誰かの手に渡るだろうな……」

「そ、そんな!」


 あんまりだと言わんばかりの表情のジェーン。だが役人達はそんな合間にも、淡々と家財道具を屋敷から出していく。


「ベルフロウ! 何とかお父様を説得して!」

「どうしようもありません御嬢様」


 メイド長のベルフロウは既にメイド服を脱いでおり、粗末なドレスと誕生日に貰ったヘアバンドだけを身に付けていた。


「これも押さえとけ」


 ヘアバンドに差し押さえの紙が貼られた。ベルフロウも既に解雇され、一般人として生きなければならない。


「娘よ。私達は一般人として生きなければならない。この屋敷と引き換えに借金は棒引きにされたが、お前を養えるほどの財力はもうない。お前は一人で生きるのだ」

「そんなっ!!」


 家財道具が全て持ち去られ、屋敷の中は広々と変わり果てた。

 それまで何一つ不自由なく優雅に暮らしてきたジェーンにとって、青天の霹靂以外の何物でもなかった。


「ちょい足りません」

「じゃあ、娘か」


 ジェーンの顔に差し押さえの紙が貼られた。


「えっ?」


 一瞬何が起きたか理解に苦しむジェーンに、父は「すまぬなジェーン」と、泣く母の肩を抱いて屋敷から出て行った。


「持ってけ」

「はい」


 担がれ運び出されるジェーン。


「離しなさい! 汚らわしい手で触らないで!!」

「こら! 暴れるな!」


 縄でグルグル巻きにされたジェーンは、屋敷から運ばれ檻の中へと入れられた。馬車で運ばれ、遠離る屋敷を悲しそうに見つめるジェーン。辿り着いた先は奴隷市場だった。



 悲しみと絶望の嗚咽が怨嗟する奴隷市場の一角に、ジェーンの檻が運ばれた。

 隣の檻の女を見て、ぞっとするジェーン。女には右腕が無かったのだ。力無く横たわり、救いのない世界を死んだような目でひたすらに見据えていた。


「バルムウェード家の令嬢なんだが、金になるかい?」


 役人の声が聞こえた。どうやら奴隷商人と話しているらしい。


「あの高飛車で傲慢で世間知らずのアホお嬢様か? どれどれ……」


 いかにもな男がジェーンの檻の前に座った。まるで宝石を見るかのように、ゆっくりと上から下へと目を下ろす。そして一言。


「二束三文だな」


 舌打ち混じりの声で、ハッキリと奴隷商人はジェーンの価値を告げた。


「ふざけないで!! いきなり連れてきてなんなのよこれは!! それにバルムウェード家の別嬪さんに向かって二束三文とは何事よ!!」


 喚くジェーン。しかしそんな光景も、この奴隷市場では日常茶飯事であった。その場にいた誰しもが、特に驚く事も無く、唯々非情な現実だけがそこにあった。


「成金の贅沢狂いの御貴族様はこの世界では金にならないのさ。まあ、最も? そんな御貴族様を楽しみたい輩は少なからずいるが、それも何人目かで終わりだな」

「ふざけないで!!」


 ジェーンが檻を鳴らすも、奴隷商人はその冷めた顔を崩さなかった。

 疲れて動かなくなったジェーンに【何人目か】の言葉の闇が忍び寄る。飽きたらまた売られ、そしてまた安く買われる。その繰り返しの成れの果てが、隣の檻で横たわる女ではないのか……ジェーンは怖くなり脚が震え始めた。


 奴隷商人が僅かな硬貨を渡すと、役人は直ぐに去って行った。ジェーンに絶望の二文字が直ぐに押し寄せた。


「明日、お前は誰かに売られるだろう。楽しみにしておくがいいさ」

「この外道が……!」

「なんとでも言うがいいさ。それと、騒いだらその数だけ殴る。それがここの決まりだ」

「いくら殴られたところで言いなりになどなりませんわ!!」


 ジェーンが強く反抗した。


「──殴られるのは、隣の檻の奴だ」

「……!?」


 ジェーンの目に宿った反抗の光は、すぐに潰えた。

 今にも息絶えそうな程に弱り果てた女。殴られれば数発も耐えられはしないだろう。ジェーンは自らの行いが女を殺すことに、恐ろしい物を感じた。同時に奴隷を殴ることに躊躇いも無い男に、どうしようも無いほどの嫌悪を向けた。


「外道め……!!」

「ありがとう」


 奴隷商人が去ると、ジェーンは力無く横たわった。


「神よ……」


 祈るしか出来ない自分に、自らの無力を痛感した。


 ただ、時が過ぎるのを待つしか出来なかった。




「お嬢様」


 絶望の嗚咽が弱くなった夜の事、ジェーンは自らを呼ぶ声に耳を澄ませた。


「お嬢様」


 静かに起き上がると、檻の近くに青年が居た。庭師のハンスだ。ハンスは幼き頃からジェーンと共に育ち、ジェーンをよく知る人物であった。

 ジェーンは日頃からハンスを酷くしもべのように扱っていたが、それでもなお、こうして来てくれた事に何ら疑問を持つことは無かった。

 ハンスは静かに辺りを見渡すと、忍び足でジェーンの檻の前へとやってきた。


「すみませんお嬢様」

「ハンス、どうしてここが?」

「私は大分前にお暇を頂いたのですが、お嬢様が連れ去られたと聞きまして、聞き込みを」

「ありがとうハンス……」


 ジェーンに希望の光が差した。すぐさまハンスの手を取り、感謝した。


「すぐにココから出して下さいなハンス」

「しかし逃げ出してしまっては、私もお嬢様も追われる身となります」

「ではどうすれば!?」


 ジェーンが声を荒げると、ハンスはそっと口に指を当てた。


「……取り乱しました」

「いいですかお嬢様。明日になればお嬢様は売りに出されます」

「ええ……」


 奴隷商人の嫌な顔が過った。


「なので、私がお嬢様を買います」

「えっ?」


 それは意外な提案だった。


「そうすれば堂々とココを去ることが出来ます」

「そう、ね……」

「それに幸いお嬢様は二束三文と聞きました。ならば私のお金でも買えるはずです」

「そう、かしら……?」


 ジェーンは微妙な顔をした。

 確かに二束三文と言われたが、実際自分の価値が二束三文であることを認めるには、貴族としてのプライドが許さなかったのだ。


「お金を集めて、また明日に来ます。暫くの辛抱ですお嬢様」

「ハンス、貴方だけが頼りよ」

「お嬢様の為ですから」


 名残惜しそうに、ハンスがそっと立ち上がる。

 ジェーンもまた、惜しむようにハンスに笑顔を向けた。

 ハンスが居なくなると、ジェーンは静かに横になった。足下へ押し寄せていた絶望が、今は少しだけ遠くに見えた。




 翌日、早朝間もなく奴隷市場は開かれた。

 人目を避けたい雇い主が、朝早くからお忍びでやってくるからだ。


「ハンス……」


 ジェーンは祈るように呟いた。

 奴隷商人がジェーンの檻を運び出す。

 人目に付きやすい通りの目の前へと置かれたジェーンに、すぐさま好奇の目が向けられた。


「ほう……」


 フードを深くかぶり、顔の見えない人物がジェーンの檻に近付いた。


「バルムウェード家のご令嬢です」

「いい顔だ」


 その声はやや年老いたように細く、そして落ち着きがあった。


「いくらだい?」

「金二十枚ほどで」


 フードの人物は値段を聞くなり興味を失ったかのように無言で去った。

 ジェーンには金二十枚というのが人間の値段として妥当なのかどうかとても理解し難ったが、差し押さえられた絵画の中に、金二十枚の絵があったように記憶していた。

 そして、絵画の中の美しい人物を買ったと言われれば、押し黙るしかないことに気が付いた。

 屋敷の中と外、違うようで本質は似ているのではないかと、ジェーンはドレスの裾を握りしめた。


 それから何人かがジェーンの檻の前で止まったが、皆値段を聞いて去って行く。

 売れない事に安心するも、ハンスが買えるかどうか、それが心配の種だった。


 案の定、ハンスはジェーンの檻の前で打ち拉がれていた。悔しそうに硬貨を数えるも、その数はとても足りない。


「あの……」

「あ?」


 奴隷商人に値切り交渉を持ち掛け始めたハンスだが、それはすぐに決裂した。


「買えないならダメだ」


 奴隷は買って終わりではない。その後の生活費もある。商品としての値段も支払えない人間に、その後の生活費が支払える訳がない。奴隷商人は今までの商いでそれを十分に知っていた。


「お嬢様すみません、もっとお金を集めてきます。どうか御無事で」

「ハンス……」


 小声でジェーンに話しかけ、ハンスはすぐに駆けだした。猶予は一刻も無い。



 その日、ジェーンは幸運にも売れ残った。

 奴隷商人はジェーンをしかめ面で眺めている。


「チッ!」

「……なによ」


 奴隷商人がジェーンの檻の隙間へパンを押し込んだ。質の悪い売れ残りのパンだ。


「今日は偶然にも本物の御貴族様が競売に掛けられていたから、上客がそっち行っちまったみたいだな」

「本物ですって……?」


 奴隷商人が葉巻の先端を切り落とした。大きな椅子に腰掛け、作業机の上にあった燭台のロウソクで葉巻に火をつけた。

 燭台の隣に見えたペンチには、血が乾いたような黒い赤がベッタリと付いていて、ジェーンはおもわず顔をしかめた。


「ゴルドウィン。名高い家の者だ」


 栄光たる名家、ゴルドウィン一族の当主の顔をジェーンは知っていた。二年前に誕生日パーティーで目にしている。


「裏で散々悪さしていたからな……見せしめに磔にされ、その家族は売りに出された」

「……うそ」

「お前みたいなパンくずを平気で食べる成金貴族じゃない。競売は沸いただろうな」


 ジェーンは口にしていたパンを葉巻で指され、おもわず恥ずかしくなった。朝から何も食べてないとは言え、出された粗末な食事に歓喜してしまった自分は、もう貴族ではないのだと思い知った。


「ゴルドウィンの女は全て高く売れるだろうよ」

「吐き気がする話だわ」

「パンを出すなよ? 明日の夜までそれだけだ」

「……クッ!」

「それに、さっき知った話だが、バルムウェードは宝石盗難の自作自演を目論んで落ちぶれたそうじゃないか」

「──!?」


 初めて聞く事実に、ジェーンは目を丸くした。

 自分の父親がそのような悪事に身を染めていたとは露ほどにも知らなかったのだ。


「なんだ、知らなかったのか? 保険金目当ての窃盗事件をでっち上げたはいいが、肝心の宝石はニセモノで信用ガタ落ち。そのまま借金貴族の仲間入りさあ」

「そ、そんな──」


 葉巻を檻の中へ投げ込むと、立ち上がり奴隷商人は去って行った。ジェーンはゴルドウィンの売られた女性の事が心配になったが、その前に自分のことが何よりも心配だった。




 次の朝、ジェーンの値段は金十五枚に下がっていた。奴隷は日が経てば鮮度が落ちる。反抗的な奴隷程、痛め付ける歓びが湧き上がる。堕ちて物を言わなくなった奴隷は、商品としてある意味質が落ちるのだ。


 幾多の好奇の目に曝されようが、ジェーンはグッと堪えた。ハンスが必ず来てくれると信じているからだ。


 しかし、ハンスの手持ちはまだ足りなかった。

 檻の前で跪き、悲しそうな目をしたハンスに、ジェーンは強く涙した。


「いつまでも待つわ。だから、無理の無いように、ね?」

「すみませんお嬢様……!」


 ハンスは泣きながら走った。




「チッ! 今日も売れ残ったか……」

「悪かったわね……」


 悪態をつく奴隷商人に、ジェーンは辛うじて反抗的な視線を向ける。


「だが、いつまでも売れ残しとく訳にはいかねぇなぁ……ウチは鮮度で勝負してるんだからよ」

「…………」


 ジェーンは覚悟した。

 ここ数日が限界だろう、と。


「明日はもっと値下げする。新しいご主人に期待しておけ」

「…………ハンス」


 雨漏りする屋根の隙間から、月明かりが漏れていた。ジェーンは月に向かってハンスに祈りを捧げた。




 金三枚──ジェーンはその値段に酷く驚いた。

 今度こそ売られてしまう!

 ジェーンは焦った。既にその気になっている人物が、数人ほどジェーンを窺っていた。


「あっちへ行きなさい!!」


 ジェーンは唾を吐いた。

 客達が驚き立ち去る。


「この野郎!」


 奴隷商人が檻を木槌で強く叩いた。客の手前、ジェーンに手を上げるわけにもいかないからだ。


「ヘヘッ! 売られてやるもんですか……!!」

「小娘が……!」


 と、そこへハンスが現れた。全力で走ってきたのか、酷く疲れ果てた様子であった。


「ハンス……!!」

「すみませんお嬢様……遅くなりました」


 ジェーンの値札を見たハンスは、ポケットから硬貨を取り出した。大小様々な硬貨が入ったポケットは、重みで垂れ下がっていた。


「……あ」

「ハンス?」


 硬貨を数えたハンスに落胆の色が見えた。

 嫌な予感がジェーンの背中に押し寄せた。


「一枚足りません……」


 奴隷商人の顔色を覗うハンス。勿論その顔は横に振られた。


「すみませんお嬢様!!」

「ハンス!!」


 その日、ハンスは戻って来なかった。


 ジェーンはその夜、檻の中でカビたパンと、ほぼ水のスープを美味しそうに飲んだ。既に貴族としてのプライドなんぞ、とうに消え失せていた。


「明日こそは……」


 ジェーンは冷たい檻の中、酷く熟睡した。

 明日こそはハンスが迎えに来てくれる。

 それだけを胸に秘めて。


 ジェーンの檻の上には、中から見えないように【売約済み】の札が小さく揺れていた。





































「……で、そろそろ引き取って欲しいんだが」

「いやあ、すみません。お嬢様のあの顔を見てると面白くて」

「まあ、こっちとしても金貰ってるから別に良いんだけどさ」

「そろそろお嬢様気質も抜けたと思いますので、明日は引き取ります」

「ああ、あの飯を何ら躊躇いなくガツガツ食う奴はもう貴族じゃねぇな」

「では明日──」


「ちょいと待ちな」

「……なんです?」

「バルムウェードの庭師ごときが、その金、どうやって工面した?」

「……報奨金です」

「報奨金だと?」

「ええ。例の宝石盗難事件、実はバルムウェードとゴルドウィンはグルだったんです」

「ほう……」

「バルムウェードは偽物を運び、ゴルドウィンはそれを本物と言う。偽物は奪われ、真相は闇の中。保険金は両家で山分け──予定ではその筈だったんです」

「しかし偽物はすぐに出て来てしまった」

「金の握らせ方が足りなかったのでしょう。事は直ぐに役人の知るところとなりました」

「……お前さんは何故捕まらなかった?」

「私は偽物だと知りませんでしたので……ただ、ゴルドウィン家に運ぶのに、お供をするよう言われただけですから」

「で、襲われるときに聞いてしまったんだな?」

「ええ」


「私は、ずっとお嬢様と二人で暮らしたいと思ってたんですよ。それも、高飛車でもなく、わがままでもない、普通の質素なお嬢様と、ね……」

「怖い奴だ……」

「いえいえ」

読んで頂きましてありがとうございました!!

(*´д`*)

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― 新着の感想 ―
[一言] 世渡り上手な人やなぁ、そして、貴き血脈が残されていくんですね、変な誇り持ちだと、自滅するからなぁ
[一言] よかった…物理的嗜虐趣味のハンスくんは、居ないんだね…? ………ハンスくん、告発とか、してない、よね? いや、してたらしてたで、いい事、だけど、さぁ?
[良い点] 1本とられました。
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