色づく野バラ
キツネの朝は遅い。
寝床にしている木のうろに、太陽の光がしっかりあたる時間まで寝ている。
まぶしくなってもしつこく寝ている。
「そんなに寝ていると、猟師に毛皮をむかれてしまうよ」
キツネは、おしゃべりなコマドリの声でようやく目を覚ました。
彼が来なければいつまでだって眠っていたいが、コマドリの声はぴゅるぴゅると大変にぎやかなので仕方なく起きることにした。
大きく伸びをして、起きたらお腹がへったと歩き出したキツネの背にコマドリが乗った。
「今日は野イチゴが食べごろだね」
「知ってるかい。タヌキくんが泥に落ちて、体の半分がすてきな模様になっているよ」
「オオカミさん家が引っ越しするんだって」
背中でさえずるコマドリに、キツネはそうかい、と返した。
四本の足がさくさくと草を踏む音を聞いて、コマドリはごきげんだ。自分では出せない音だねと言って、キツネの背にゆられていた。
「そうそう。野バラさんは、今日はとびきりきれいだった」
ゆらゆら。乗りごこちのいい背中が止まった。
「どこの野バラさんだね」
コマドリは飛びあがって、ほらほらあちら、とだいだい色の頭で教えた。
「森を抜けたつじに咲いている野バラさんだ。いつもとろけそうに白くてきれいだが、今日はうすべに色に染まっていてね。あれは恋をした色だろうか」
「恋をしていると、野バラさんが言ったのかい」
「いいや。でも、あんなに、とびっきりきれいになったんだ。そりゃあ恋をしたにちがいない」
青い空かな。白い雲かな。それともつじのそばで大きくなってきた、若い杉の木かな。
さて、大きくて立派なしっぽのキツネかもしれない。
コマドリは楽しそうな声でおしゃべりをして、キツネがそうかい、と言ったのを聞いて満足した。
おしゃべりコマドリがどこかへ飛んでいっても、キツネはあっちへうろうろ、こっちへうろうろ、獲物をさがすわけでもなく歩きまわった。
ウサギたちに心配されるほどだった。
日が暮れるころに、ようやく森をぬけたキツネはきょろきょろとあたりをみわたした。
まだまっくらでもないのに、野バラたちの姿が見えない。みどりのつるがトゲトゲしくあるだけだった。
ちかごろずいぶんと背の高くなった杉の木にたずねた。
「野バラさんはどうしたんだい」
「彼女たちなら、ヒトが折っていったよ」
「なんだって」
「窓辺にかざるんじゃないのかなあ」
キツネは、ヒトの家の窓をさがした。ヒトの町は石の道だ。歩きづらい。
それに猟師に見つかったら毛皮をむかれてしまう。大きくて立派なしっぽもちぎられてしまう。
大変だ。けれどさがした。
「ああ、野バラさん」
暗い夜の、ヒトの家の窓辺に、ぽつりと灯ったランプの光に照らされた野バラはうすべに色だった。
彼女は一輪だけで水さしに入れられていた。
「あらキツネさん。こんなところに来ちゃあいけないわ。毛皮をむかれてしまうわ」
「野バラさん。どうしてうすべに色になったんだい」
「わたしは野バラじゃなくなったのよ。彼のバラよ」
ヒトは、トゲで刺したのにあきらめずに野バラを折った。
白い花の中で、うすべに色をした彼女を特別に一輪だけ窓辺に飾ったのだという。
うふふとバラは笑った。
きれいな水に入れてもらっている。きっとおいしいだろう。だけど土ではないから、きっと、すぐに枯れてしまうだろう。
「野バラさん。きれいだね」
「ありがとう」
キツネはヒトに見つからないよう、そうっと森に帰った。つじの若い杉がおかえりと言ってくれたが、しっぽをひとふりしただけで返事はしなかった。
寝床にしている木のうろに横になって、ホウホウと鳴くミミズクの声をいつまでも聞いていた。
キツネの朝は遅い。
今朝は特別に遅くて、だけどコマドリはキツネを起こさなかった。