プロローグ
「お父様、私はこの人の名を知りました。
彼の名は、愛です!」
「愛!
おお、太陽よ!命よ!永遠よ!光と愛の喜びよ!
この太陽の下で、我らの限りない幸せがある。
皇帝に栄光あれ!栄光あれ!栄光あれ!」
東京のオペラ座。
劇場内に堂々たるソプラノの声と、喜び讃える合唱が響き渡る。
「ブラヴォー!」 「ブラーヴァ!」
割れんばかりの拍手、歓声。世界トップクラスの日本人ソプラノ歌手、歌代美鈴のトゥーランドットは、大成功に終わった。
劇場を包む大歓声を、合唱の一員として出演していた美鈴の娘、花音は、舞台の上から冷めた目で見ていた。
(くだらない。いつになったら終わるのだろう)
花音は音楽が嫌いだった。世界的な音楽家である両親も。世界的なオペラ歌手の母に、父も世界的な指揮者である彼女にとって、音楽はやらなければならない義務のようなものだった。
幼い頃から、当たり前のように声楽、ピアノ、ヴァイオリンにフルート等、数々の楽器を習わされ、常に音楽に囲まれてきた。
昔は何も考えず楽しんでいた花音だったが、学校に通い始め、放課後や休日に楽しく遊ぶ友人達を見て、そして反抗期というものもあり、花音の中に不満が生まれた。
(どうして、私だけこんなことを続けなければいけないの?)
その不満は成長するにつれてどんどん大きくなっていった。しかし、不満を抱えながらも花音が音楽を止めることはなかった。いや、止められなかったのだ。彼女には音楽しかないのだから。
生まれてきた頃から音楽に囲まれて暮らしてきた故か。いや、音楽とは関係ないのかもしれない。不器用で運動も苦手、口下手で友達付き合いも苦手。そして世間知らず。勉強が出来ないわけではないが別に得意な方では無い。容姿もそこそこな長身と色白の肌を持つが、楚々として地味な印象である。唯一耳と、音感は優れていた。
花音にとって音楽は嫌いでも、嫌だから、つまらないからと言ってやめられるようなものでは無くなっていたのだ。
トゥーランドットの公演後、打ち上げもそこそこに1人で
切り上げて1人で帰っていた。家までの帰り道はもう真っ暗。1日中好きでも無い歌を好きでもない人達と一緒に歌い、観客に義理の笑顔を振り撒き続けて花音はくたびれていた。ぼんやりと横断歩道を渡っていると、突然明るい車のライトに照らされ、初めて信号が赤だったことに気づく。
(ぶつかる……っ!)
ギュッと目をつむり、花音は死を覚悟した。
(25年間、短い人生だったけれど……今度生まれ変わるときには、音楽の無い世界に生まれたいなぁ………)
花音の意識は、そこで途切れた。
初投稿です。小説を書くのも初めてです。ゆっくり、少しずつですが頑張ってみたいと思います。よろしくお願いします。