僕が作った乙女ゲームのようだけど、僕が選ぶのはヒロインより婚約者
僕は名家の子息。優秀だ。
5歳の頃から色々父の手伝いをした。
始めは嬉しかった。
でも、そのうち正直疲れてきた。
優秀だからって父上、僕を頼り過ぎだ。
父は僕に難しい仕事を押し付けて隠居して遊びたいらしい。
それ、僕が今したいよ。
9歳。
婚約者が決められた。政略だし、一度会っただけの相手。
見た目はパッとしない子。ちょっと物覚えも悪いかなぁ。
でも自分が優秀だから、他の人を馬鹿にしてはいけないと母上に言われている。
実際その通りで、同年代の子はだいたいぼんやりしていて記憶力も動きも悪いと感じる。
だから婚約者も、こういうものだよね、と思った。
でも僕は、会うたびにどんどん婚約者が好きになった。
あまり深く考えないから嘘もつけなくて、面倒くさい事が嫌いだから明るい。
父から丸投げされる仕事に疲れている僕は、彼女と会うのが毎回物凄く楽しみだった。
なぜなら、彼女は、僕のちょっとしたことに、本気で感心して褒めてくれるのだ。
特に、覚えたての子供だましの手品。
ものすごく簡単なものでも、目を丸くして驚いて喜んでくれる。
「すごいです、スチュアート様! すごい、すごいすごい、天才ですっ!」
「もう一度見る?」
「はい、ぜひぜひ!」
「青くなーれ、はい」
「わぁ! すごいすごい、すごいです、本当にすごいですスチュアート様!」
幸せ。もう本当に幸せ。
癒されるってこういう事だよね。
周囲なんか、次々と「これでもできるだろ」と僕に難しい仕事を回してくる。
だけど婚約者のミリティーヌだけは、簡単な事でも、僕をほめちぎってくれる。しかもお世辞じゃない。目をキラキラさせて喜んでる。
僕、この子と結婚できるのが嬉しい。ミリティーヌで良かった。
ちなみに、ミリティーヌは、優秀な僕にベタ惚れらしい。
やった。
人生の勝ち組だと僕は思った。
***
15歳になった時だ。
子息令息が集団で学ぶ、貴族学院に通う事になった。
制服に着替えて鏡を見た時だ。
「ん・・・?」
鏡に、チラっと、見覚えのない黒髪短髪の背の低い顔が僕に重なった・・・と思った瞬間、僕は色んなことを思い出した。
僕は日本人で、ゲームを作る会社で働いていた。
チームのリーダーだ。
担当していたのは乙女ゲーム、つまり女の子向けのゲーム。
顔の良い男がいっぱい出てきて、女の子が操作するヒロインが彼らと恋に落ちて・・・。
売り上げが給料に直結していたので、ものすごく頑張って働いた。
イラストレーターもイケメンのイラストをたくさん描いてくれた。
ゲームの操作性をデザインするデザイナーも色んな案を出して作り込んでくれた。
プログラマーも、スケジュールと戦いながら少しでも動きの良いものをと頑張ってくれた。
音楽、宣伝・・・。
皆で良いゲームにしようと頑張って、頑張って、頑張って、頑張っていた。
僕の机の上には栄養剤の瓶がいつも並んでいる。捨てても捨てても空き瓶が溜まる。
ハードワーク。気が付けば深夜だったりして。
だけどその甲斐あって、人気が出ていた。
体力的に苦しいけどやりがいがあって、いいチームでいい仕事が出来ていた。
だけど、通勤中に、僕は変なところで躓いてコケた。起き上がろうとして、トラックが・・・。
運転手さん、本当にすみません。本当にすみません、すみません、本当にすみません。
僕はトラックにひかれて死んでしまった。100%僕が悪い。トラックの運転手さんに心から申し訳なくて辛くなる。
いや、そんな罪悪感で一杯になっている場合ではないな。
僕は思わず瞑っていた目を開けた。
「・・・死んで転生か、または病院で寝たきりで夢を見ているか。どちらかな」
そう、僕は、一生懸命作っていた、乙女ゲームの登場人物、イケメンのうちの一人になっていた。
「うーん」
ゲームに転生という話は、マンガにもなっているので読んでいた。
つまり、僕もそれだ。転生か夢かは分からないけど。夢だとしても15年過ごしていたらもう現実と同じ気がする。
つまり僕はこれから、僕たちが渾身の力で作り上げた愛されるヒロインと出会い、攻略される可能性がある。
***
ヒロインの子はすぐに分かった。
アイラさんという名前。
僕は、大人しい眼鏡キャラだ。ちょっと気弱という設定。
アイラさんは僕と仲良くなりたそうだ。
一方、僕もアイラさんに興味深々だった。一生懸命作り上げたヒロインが実際目の前にいるのだから。
アイラさんは、確かに設定した通りの明るく天真爛漫な性格だ。そしてドジっ子。アクシデントが多い。
そして、各種イケメンと常に一緒だ。
そんな風に観察していたら、僕の婚約者がアイラさんに嫉妬した。
本当に子どもみたいな嫌がらせをしかけ始めた。
あ、ゲーム通り、と僕は感心したが、現実となるとやはり良くない。
僕は婚約者のミリティーヌに注意をいれた。
「ミリティ、嫉妬なんてする必要ないんだから、アイラさんに嫌がらせは止めなきゃ。人として問題だよ」
僕に真面目に注意されて、ミリティーヌはすごくボロボロ泣いた。
「もうしない」
そう泣きながら言ったのに、彼女は物覚えがイマイチ悪いので繰り返すのだ。うーん。
だけど僕はミリティーヌを嫌いになれない。僕が好きで嫉妬でしてるんだもんなぁ。
が、やはり人として問題だから注意するし、アイラさんにもフォローが必要だ。
一生懸命、婚約者を宥めて注意し、アイラさんにはお詫び、を何度も繰り返すうちに、アイラさんは僕を好きになったようだった。
最近、謝罪という接点が多すぎたせいだろうか。
でも他の貴族令息みたいに基本放置とか駄目だろう、現実問題。
そもそも、僕たちが作ったゲームのストーリーそのままなので、その意味でも責任も感じる。
本当、嫌がらせイベントとか作ってごめんなさい。ストーリーに必要だったんです。本当にすみません。
そしてある日、アイラさんが思い余ったように僕の胸に飛び込んできて泣いた。ストーリー通り、僕は油断してしまっていた。
それを婚約者が運悪く通りかかって目撃した。走り去った。青い顔をしているはず。
あああっ! これ絶対不味い!
僕の方が蒼白になった。
本当の僕なら気づかずにこのままヒロインとの会話が進むのだ。
が、僕は、聞こえただけの足音が、ミリティーヌのだと知っている。
そういうストーリーにしたんだから。
この後、ミリティーヌは、犯罪レベルの嫌がらせに手を出す。
つまり、ヒロインの本命がこれで決まり、邪魔なライバル役が捕まる事でヒロインと攻略対象者がめでたく両想いでハッピーエンド。
いやいや、嫌だから!
僕は、慌てて、自分の胸で泣くヒロインを引っぺがし、よろめいて地面に座り込んでしまったのを、叫ぶように詫びながら、全力ダッシュで、この場を駆け去った婚約者ミリティーヌを追いかけた。
物凄く、追いかけた。全速力で。
全然追いつかない。捕まらない。ストーリーが変わってしまうから、捕まえるの無理なのかという思いが、何度も頭を過った。
ハイスペックの僕の足から逃げるって相当な体力とスピードが必要なのに、ミリティーヌ、どれだけすごいの。
多分、この世界の不思議な力総動員して、ミリティーヌを逃がしている!
だけど僕はやっとミリティーヌの腕を掴むことに成功した。
ただ、息が切れすぎてすぐ話せない。キツすぎる。どんなハードモードだよ。
とはいえ、絶対放すものか。腕をしっかり握りながら、一生懸命呼吸を整えている。
「なんなの!」
と婚約者のミリティーヌが泣きながら先に言った。
僕はもうしばらく息を整え、やっと言えた。
「すごいね、ミリティ。僕より早く話せるなんて」
「そんな話で誤魔化さないでっ!」
誤魔化してるんじゃなくて、心の底からそう思ったんだけどね。
でも確かにそんな事はどうでも良いよ。
「うん。ごめん。あのね」
僕の人生がかかっている。ミリティーヌの誤解を解かなければ。
僕は息を整えて、言った。
「僕の幸せはミリティと一緒にいることなんだ。僕から離れないで。ミリティは僕の癒しで、ミリティだけだから。見た目がとか声がとか顔とか胸とか脚とか、そんなの関係なく、ミリティしか駄目なんだ。信じられないって言うと思うけど、もう今からミリティの家にいって、今すぐ結婚させてくださいって言っても良い」
「えっ、嘘。本当に?」
さすがにすぐには信じられないみたいだ。
ミリティミリティミリティ、と言う僕に、ミリティーヌは目を丸くして驚いた。
「本当に。真剣に。誠心誠意。あと、さっきのは、あの人が突撃してきて急に泣きだされて僕も驚いた瞬間にミリティが来たから。ミリティが大事だから、男としてどうかと思うけど、あの人放ったらかして、ミリティを全力で追いかけて、今、ここに僕がいるから」
「嘘っ、アイラさんと、いつも一緒にいて仲が良いくせにっ」
それはね、ミリティーヌ。本当に、言わせて欲しい。
「ミリティが迷惑かける分、僕はあの人に、『ごめんなさい、本当にごめんなさい』って毎回菓子折り持って謝りに行ってる。ミリティの嫌がらせが物品破損を伴っている場合は、弁償して鞄とか靴とかノートとか色々新品をお渡ししてる」
「・・・え」
ミリティが驚いて瞬いた。
「ミリティが彼女にちょっかい出さなければ、僕は謝罪に行く必要も無いから、あの人と話すことも、弁償の品物を渡すこともない。だから嫌がらせはもう止めよう」
「えっ。そうなの、うん、分かったわ」
ミリティーヌはあっさりと頷いた。
そっか、弁償だったのね、と呟いている。
自分の嫌がらせが悪かったと理解してくれたようだ。
なんて単純なんだ、ミリティ。
「あっ、私が頭悪いって思ってる顔してる!」
「大丈夫。僕はミリティを大好きだ。僕が頭が良すぎるだけでミリティはそれで良いんだ。それに僕が大好きなミリティは、絶対に皆にも愛される。僕の愛する奥方様だから、将来」
「わぁ!」
ミリティーヌが嬉しそうに頬を染めた。
可愛い。単純。僕の癒し。
「じゃあ、これから、一緒にアイラさんに謝りに行こう」
「えっ、嫌、絶対!」
「でも僕だけが謝罪に行っていたから、周囲がそれを見てミリティに告げ口に行っているんだよ。仲良く2人で話していましたわ、なんてさ。そもそもミリティが嫌がらせをしているんだから、ミリティが謝罪しなくちゃ。僕も一緒に行くから。これから謝罪には2人揃って行こう。そしたら、ミリティだって、僕があの人に会いに行くのは、本当に謝罪しに行ってるんだって分かると思う」
「・・・うん」
しぶしぶ、と言ったように、でも僕の意見に頷くミリティーヌ。
「ねぇ、僕の事、好き? 僕とアイラさんが2人で話すのが嫌だよね?」
「うん。アイラさんとスチュアート様が2人で話すの、嫌よ」
「じゃあ、今から一緒に謝罪に行こう。手を繋いでいこうよ。そしたら行ける?」
「・・・行くわ」
ミリティーヌが気まずそうにしながらも頷いた。
僕が手を出すと、おずおずと手を重ねる。
「ちゃんと謝れたら、手品見せてあげるから」
「えっ、本当?」
「うん。昨日思いついたんだ。一番初めにミリティに見てもらおうと思って、まだ誰にも見せてない」
「わぁ」
ミリティーヌが一気に嬉しそうになる。
こうして。
僕たちは手を繋いで、アイラさんがいる場所に戻った。
アイラさんは、他のイケメンに発見され、彼に慰められているところだった。
あの状態を放置して走り去って本当にごめん。でも僕の生涯が変わるところだったんだ。
ミリティーヌが犯罪に走って捕まったらもうどうにもできない。
僕とミリティーヌは、一緒にアイラさんへの数々の非礼を心から詫びた。
僕の謝罪には、ゲーム制作者としての詫びも含まれていたけど、気づく者はいないだろう。
アイラさんは落ち着いたけれど、最後は、僕と婚約者がずっと手を握っているのを、文句を言いたそうに見つめていた。
僕が恋愛の本命だったのだろう。愛を囁いたことはないんだけどなぁ。
僕は念押しした。
「手を繋いでの謝罪でごめんね。でも、僕が一番大事なのは婚約者のミリティーヌなんだ。それをミリティーヌにも、きみにも示したいと思って」
アイラさんが、悲しそうに別種の涙を流し始めた。
先に彼女を慰めていた貴族令息が、後は任せてもう行ってくれ、と伝えてきたので、僕たちはその場を去った。
彼がアイラさんとハッピーエンドになれば良いんだけど・・・。でも彼にも婚約者がいるのだ。ライバルとして。
僕たちは、非常に罪作りなゲームを作ってしまった。
ゲームだと良いんだけど、現実ではかなり厳しいものがある。
***
結局。
僕とミリティーヌは予定を早め、早々に結婚した。
別に予定通り卒業を待たなくても良いなと思ったのだ。もう相手を決め切っているのだし。
学生なので、学院の教会を貸して貰ってそこでの結婚式になった。
今日も、僕の傍にはミリティーヌがいる。
子どもだましの手品を披露する。
猜疑心の強い人たちなんかはすぐ『その手が怪しい』『その持ち方がおかしい』とか言ってくるのだけど、僕のミリティーヌはそんな人じゃない。ひたすら目を輝かせて驚いて喜ぶ。
「すごい! スチュアート様すごいですわっ!」
「ふふ」
「もう一度! もう一度やってみせてくださいませ!」
「うん。ほら、右手を見ていてね。くるくる・・・パッ!」
「すごい! すごいですわっ!」
何度やっても嬉しそうに目を輝かせる。
可愛い。幸せ。
僕は疲れているから、こういう人が好きなんだ。生涯傍にいて欲しい。
知性とか品とか運動能力とか人脈とか。そんな色々な刺激を妻に求める人もいるだろう。
だけど必要なら自分で身に着ければ良いし、無理なら、友人や部下にそういう能力を持つ人を求めれば良い。
そもそも、全てにおいて、その道の専門家という人がいるんだから、そういう人と交流すれば良い。
ちなみにゲームのヒロイン、アイラさんはちょっと学べばあっという間に吸収できる子だ。未来の王妃にだってなれる。
育成要素のある、能力を高められるヒロインなのだ。
だけど僕は妻にそんな能力の高さを求めない。僕は妻には癒されたい。
一生懸命作ったヒロインのために、適当に作ったライバルキャラのうちの一人。
ゲームでならパッとしないけど、現実では僕はミリティーヌが一番好きだ。
END