新たなルート現る
黒い渦に呑まれたわたしはなんともしれない感覚を味わう。
一体この渦が何なのか分からず、流れに身を任せて落ちていく。
……こんなイベントはあったけ?
わたしの小さな脳味噌で考えてみたが全く思い当たることがない。
どうやらもう普通のヴァルコ王子イベントではなさそうだ。
しばらくすると明かりが見えてきた。
わたしは泳ぐようにそちらへ向かう。
地面が見えたのでゆっくり足を着けた。
壁の材質がヴァルコ王子の城と同じに見えるため、城のどこかへ飛ばされたのかもしれない。
「ようこそ、お越し下さいました、我らが主人であらせられる黒き偉大な聖女様」
「ホワッッと?!」
急に声を掛けられて変な声が出た。
恐る恐る振り返るとそこには黒いローブを纏った十人ほどの集団が片膝を付いてわたしに頭を下げていた。
「えっ、何これ? 怖いんですけど……」
何も分からずわたしの頭は混乱するばかり。
先頭にいる老齢の男性が話し出す。
「貴女様が毒で倒れたと聞いて、我々信者一同は眠れない日が続きました。この場にいない同胞たちの代わりに慎んでお守りできなかったことを謝罪致します」
……あー、あれね。
どうやらローラが属する闇の一味のようだ。
わたしが黒幕だということを忘れていたが、こんなやばい集団にわたしはどのように接すればいいんだろうか。
「えっと、ご苦労様……疲れたでしょうからゆっくり休みなさい」
特に言うこともないのでこの場から居なくなって欲しい。
しかし、信者たちは顔をガバって起こして驚愕の表情を浮かべていた。
……何かおかしなこと言った!?
普通のことを喋っただけだと思っていたが、彼らはそう思っていないようだ。
先ほどからわたしと会話している老齢の男が鼻声で両手を握り締めていた。
「黒き偉大な聖女様にそのようなお言葉を戴けるとは……我々の失敗を怒ることなく逆に労っていただける幸せをどのようにお伝えすれば良いか分かりませぬ」
どんだけ幸せのハードル低いのよ、と彼らのこれまでの人生の過酷さを不憫に思ってしまった。
しかし、わたしは黒幕なんてなりたくないので金輪際会いたくない。
だからここはビシッと言ってやろう。
「ねえ、もうこんなことやめーー」
「そういえばお腹が空いているかと思いお食事を用意しました。汚らしい吸血鬼の食事なんぞ貴女様に合うまいと用意させていただきました」
信者が道を開けるとテーブルの上に美味しそうなパンやステーキ、果物にスープとその他色々な料理が並んでいた。
どれも現実世界に酷似しており、おそらく味も変わらないはずだ。
……いやぁぁん、素敵!
もうお腹が空きすぎて死にそうだったのだ。
先ほど考えていたことをすっかり忘れて席に座って温かいパンを食べる。
一口食べると止まらなくなり、どんどん平らげていく。
「本日はよく食べられますね。いつもは一口、二口で止められるのに」
そんな勿体無いことできるわけがない。
美味しく頬を膨らませながら食べていく。
その時、信者の一人から大きなお腹が鳴った。
音の主は恥ずかしそうにお腹を押さえていた。
「し、失礼しました!」
先ほどからわたしと話している信者が、お腹を鳴らした信者の頭を下げさせて自身と一緒に平伏した。
「この者のせいで貴女さまのお食事中に不快な思いをさせました。どうかわたしからきつく言っておきますゆえ、どうかご勘弁してあげてくださいませ!」
どんだけわたしは恐がられているのよ、と突っ込みたくなる。
しかしわたしだけ美味しいものを食べるのは気が引けるので、パンの入ったバスケットを持っていくことにした。
わたしが近付いたことに気が付いた二人は顔をあげ、ポカーンとわたしが差し出したバスケットを見ていた。
「お腹を空かせているなら食べなさい」
男は恐る恐るバスケットを受け取った。
「ありがとうございます……黒き偉大な聖女様から贈り物が貰える幸せをパンと共に噛みしめたいと思います」
若い声が聞こえた。
まだ青年らしく、一体どうしてこんな組織に入っているのか気になった。
「そういえば、黒き偉大な聖女様のお言葉をぜひ聞きとうございます。どうしてこのような下賤な吸血鬼なんかとーー」
「おやおや、美味しそうな匂いがするなぁ。ローラ嬢はここかな?」
ヴァルコ王子が来てしまった。
「みんな逃げなさい!」
わたしが信者たちに命令すると、黒い渦が現れてみんな退散してしまった。
しっかりお皿なども回収して痕跡を残さないあたり優秀だと思わせる。
みんながいなくなったタイミングで扉が開けられた。
「みーつけた!」
真紅の目がわたしを捉えた。
舌舐めずりをして、あの頭はきっとムフフな想像しているに違いない。
だがわたしもお腹一杯になったことで、頭に血流も回っている。
最初気付かなかったがこの部屋のことをやっと思い出した。
これはルート攻略したからこそ分かる部屋だ。
わたしは扉とは反対方向へと走り出した。
「こんな狭い部屋で逃げてもしょうがないよ」
ヴァルコ王子はもうわたしを捕まえた気になっているだろうが、自分自身はそんなつもりは毛頭ない。
熊の燻製が壁に干してあり、わたしはそれを退かした。
するとそこには壁に小さな窪みと宝箱が入っていた。
わたしをそれを持ち上げ、ヴァルコ王子に見せる。
「止まりなさい!」
これがあればわたしは生き残れる。
ヴァルコ王子は身に覚えがないため怪訝な顔をしていた。
「それがなんだい? いい加減僕のものになってよ、マイハニー」
「お断りよ、わたしを口説きたいなら優しくしなさい!」
宝箱を開けてわたしは中身を取り出した。
吸血鬼の弱点である、銀のナイフを取り出した。
「なっ!?」
彼らは銀製品が苦手なんだ。
触れたら大火傷をするし、もし傷を付けられたら酷い跡が残る。
「どうしてそんな物がこんなところにあるんだ……」
「ふふん、なんででしょうね」
実はここに隠していたのはミルディン王子の護衛騎士であるゼグであり、万が一のために隠した武器だ。
警戒心が強いので、もし王子が大変な目にあっても守れるように隠していたらしい。
ルートの後日談で知る話なので、まずわたしじゃないと気付かないだろう。
「さあ、さあわたしを家に帰しなさい! じゃないと酷い目に遭わせるわよ!」
「貴族令嬢とは思えない言葉だね……」
はは、なんとでも言うがいい。
ヴァルコ王子が頬に汗を流してわたしの動きに警戒している。
このルートは危険が大きすぎるので、家に帰ったほうが幾分マシだろう。
しかし、ヴァルコ王子は徐々に落ち着きを取り戻していった。
「武器を下ろすんだ」
「いやよ、帰して!」
「それはできない相談だ」
「どうしてよ! そんなにわたしの血が欲しいの?」
どうあっても帰す気がないのなら実力行使でいくしかない。
わたしが足を進めると同時に衝撃の事実が発せられる。
「ハニーはもうお尋ね者だ。魔女として、どこの国も匿ってはくれない」
「ほへぇ?」
突然言われたことが理解できない。
しかし聞かなければならない。
「どういうこと?」
ヴァルコ王子はいつになく真剣な顔でわたしに語りかける。
「人間共を皆殺しにするため僕は君を手に入れた。魔女と吸血鬼は手を組んだんだ。そう発表した」
一体わたしは何のルートに入ったのだろう。
全く知らない物語にただ武器を落とすしかなかった。