バッドエンド
そして運命の時がやってきた。
「これより、誓いの儀を執り行う」
国王が取り仕切りを行う。
わたしと王子はみんなから見えるようにステージに上った。
心臓がバクバクと音を立てながら、王子と対面する。
これからのストーリーを知っているからこそ恐ろしい。
異議申し立てをするのはヒメノと仲が良い名が知れた貴族が行うのだ。
そしてローラは名探偵並みの推理の前に墓穴を掘ってヒメノの引き立て役になる。
……胃が痛い。
腹痛が襲ってくる。
もう勘弁してほしい。
汗がだらだらと出てきた。
「ローラ、顔色が悪いぞ?」
王子はわたしを気遣ってくれる。
まだ彼はわたしがそのようなことを本当にしているのか確信が持てないのだ。
それが彼の優しさでもあり、甘さでもあった。
ローラは王子にだけはいい顔をしていたので、本性を知られていない。
「大丈夫……です」
せっかくイケメン王子に気に掛けてもらっているのに、バッドエンドにどんどん進んでいる事実のせいで、全く嬉しいと思わない。
どうすればこの状況を打開できるのか、考えても考えても出てこない。
「少し待ってくださいませ!」
とうとうその言葉がやってきた。
みんなが何事かとその声の主を探す。
片側だけをロール髪にしている少女が前に出てきた。
「ミルディン王子、ローラ様、大事な式を止めてしまって申し訳ございません」
主人公であるヒメノの友達で、ローラとほとんど変わらないほどの大貴族、エメラド・アルスハイルだ。
誰にでも分け隔てなく優しい彼女の目は今日ばかりは怒っているようだった。
「どうしたのですか?」
わたしはすっとぼけて聞いてみた。
もしかしたら未来が変わっているかもしれないと淡い期待をしたからだ。
だがすぐに打ち砕かれる。
「ローラ様、わたくしの大事な友人であるヒメノに対して、少々過剰な行為が目立ちます。このーーー」
そういえばそんなことを言ってたな。
前にやったゲームとはいえよく覚えている。
胸がスカッとする最後なので、しっかりセリフを覚えている。
「「エメラド・アルスハイルの友人に手を出すことは許しません」」
そうそう、この流れまでがすごい好きで何回もセーブデータをロードしてみたな。
懐かしい思い出が蘇ってくる。
そしてこの後怒涛の展開が待ち構えており、エンディングまで一直線だ。
自分が死ぬ手前なので、素直に楽しめないのが難点だ。
そこで周りが騒めいているのに気が付いた。
「あ、あれ?」
一体どうしたのか、みんながわたしに恐れ慄いている気がする。
エメラドも顔を少し青くしている。
「ど、どうしてわたくしが言う言葉が分かりましたの?」
それは前に見たのだから、なんて言えるはずもなく、どう返事しようかと考えたところでヒソヒソ声が出てくる。
「やっぱり悪魔と契約したという噂ーー」
「仮にも公爵令嬢に対して失礼だぞ」
「だが、今のを見てしまってたら……」
想像以上に勘繰られている。
このままだと本当にまずい。
バッドエンドを回避するために動かねばならない。
「いや、これはあれです。ただの予測です!」
一回くらい誰だってハモることはある。
たまたま今回だけ起きたのだ。
少しばかり周りの態度も和らいできた気がする。
「皆さん落ち着いてください!」
ヒメノは普段から周りと仲良くしているので、聞き入れる者も多い。
最後の一押しだ。
わたしはこの国の言葉に則り、弁解の後押しをしよう。
その時、主人公のヒメノも喋り始めた。
気付くころにはもう止まらない。
「「ムーンラビットでは笑って流せと言います」」
ムーンラビットとはヒメノの村のことだ。
おおらかな人間が多いので、このような言葉が出来たらしい。
懐かしさが出てくる。
作中で何度も主人公が言うから口癖になった。
思わずニヤけるとまた周りが騒ついた。
「おい、もう言い逃れはできないだろ?」
「せっかくの助け舟があっても気にせず笑う神経は並みの者じゃない」
やってしまった。
わたしは何度同じミスをするのだ。
こうなったらもうわたしは諦めて死のう。
ステージを黙って降りていく。
「おい、ローラ! どこ行くんだ!」
ミルディン王子がわたしを引き止めるが、気にせずヒメノの元へ向かう。
周りが固唾を呑んで見守るなか、ヒメノは少し警戒してわたしを見ていた。
「ごめんなさいね。この婚姻は破棄します」
「え……」
わたしはヒメノに謝ってから、持っている皿を奪い取りその食べ物を全てお腹に入れるのだった。
「なっ、ローラ様やめてください!」
ヒメノはわたしの手を止めようするがそれよりも早く食べる。
すると体が痛くなってきた。
「うぐぐぅ!」
耐えきれない痛みと共に吐血していく。
だがこれでいい。
断頭台で死を待つのと比べれば、こっちの方が精神的にいい。
そしてわたしの意識は途絶えた。
〜〜〜〜〜〜
目を覚ますと、仰向けで寝ていたらしく天蓋ベッドの屋根が見える。
まどろみから醒めたばかりで頭が働かない。
しかし徐々に思い出す。
「助かった……の?」
死んだと思っていたが助けられたらしい。
わたしの体は問題なく動きそうなので、何週間も寝たきりだったわけではないようだ。
しかしあの後どうなったのか全く覚えていない。
「あぁ、助けたとも」
横にいる誰かが声を掛けてきた。
まさかわたしが目を覚ますまで、隣にいてくれたのかと寂しい気持ちが和らぐ。
わたしは顔を横に向けて、その人物を見ると真っ白な肌に、爽やかなイケメン顔を覗かせていた。
刺繍を置いて、わたしのもとへやってくる。
「やぁ、ローラ嬢。目覚めはいかがかな?」
わたしを気遣う紳士は、攻略対象のヴァルコ王子だ。
時がまるで止まった気がした。
彼は特に気にした様子もなく、細い指がわたしの頬を撫でる。
「ミルディンがいなければ僕のものになってくれるんだろ?」
赤い目が私を捕らえて離さない。
とろんとした目を向けて、舌舐めずりをした。
わたしは止まっていた時を動かす。
「キャァァァァア!」
わたしの苦難はまだ終わっていないようだ。